第105話 ナイトパレード

 会場を後にして外へ出た頃には、空は真っ暗になっていた。

 あっという間に感じた音楽祭の余韻に浸りながら、僕達は〈セントラルストリート〉を歩いていく。


「ちょっとお腹空きましたね」


「だね。そこの屋台で軽くつまめるものでも買おうか」


「賛成です!」


 食欲をそそる匂いにつられて、串焼きの屋台へと並ぶ。長蛇の列とまでは行かないが屋台は大盛況。数分ほど並んで串焼きを手に入れた。


 適当に買った串焼きを歩きながら食べて僕達は次なる目的地へと向かっていた。


「もう終わっちゃうんですね」


「今年の〈迷宮祭典フェスタ〉も凄かったね」


 すっかりと暗くなり、三日月が登った空を見上げると、刻々と祭りの終わりが迫って来ているのを感じる。


 二日───前夜祭を含めれば三日───に及んだ〈迷宮祭典〉が終わりを迎えようとしている。二日と言う期間は決して長くは無いが、そんなことが気にならないくらい祭りの内容は濃密だった。


 凝縮された二日間を思い返せばどれも楽しい思い出ばかりで、そんな楽しい時間がずっと続けばいいのにと思ってしまう。

 けれど、何事にも必ず終わりは訪れて、新しい日はやって来る。


 ───明日からまた探索を頑張らなきゃな。


 祭りの終わりと同時に休息日も終わって、また大迷宮へと潜る日々が始まる。

 束の間の休息だったけれど、また頑張れる力を与えてくれた素晴らしい時間だった。


 キラキラと宝石のような輝きを放つ街並み。行き交う人々の表情に浮かぶのは楽しげな笑顔だ。僕達もそんな人達につられて自然と笑みになり、最後の最後まで祭りを楽しもうという気持ちになる。


 ぞろぞろと同じ方向に歩いていく人の波。彼らの目的は恐らく全員一致していることだろう。


「やっぱりみんな最後のパレードを見ようと中心に集まってますね」


「このお祭りのメインイベントだからね。このペースだとスタートには間に合わないかも」


「それならもういっそのこと諦めて、ここら辺の空いてるスペースでパレードが通るのを待ちませんか?」


 人の流れに身を任せながらルミネとどうするか作戦会議をする。


 二日に及んだ〈迷宮祭典〉の最後を飾るのは、〈セントラルストリート〉全域を豪華絢爛な山車と楽器隊が闊歩するナイトパレードだ。


 毎年のメインイベントとして有名なのがこのナイトパレードで、そのオープニングはこの〈迷宮祭典〉の集大成と言っても差し支えないほど豪華で綺麗だ。

 このナイトパレードのオープニングを一目見ようとこの都市にやって来る観光客がいるくらいだった。


 そんなパレードのオープニングを見ようと〈セントラルストリート〉の中央広場に向かっていた訳だが、この様子だと辿り着くのは難しそうだ。


 パレード自体はストリート全域を通るので、ここにいればいずれは見ることが出来る。

 けれど一番凄いと言われるオープニングは見ることが出来ない。


「ルミネはオープニング見なくてもいいの?」


「無理してまで見たいとは思いませんかね。それに───テイクくんと一緒にパレードを見れるだけでもう私としては大満足です!」


「そっ、そっか……それじゃあ無理せずにここでパレードが来るのを待とうか」


「はい!」


 思わぬ不意打ちに面を食らってしまうが、何とか持ちこたえて僕達は人の波から外れる。

 妙な圧迫感から解放されれば、後はパレードが来るのをのんびりと待つだけだ。


 意外と僕たちと同じようにパレードのオープニングを諦めた人は多いようで、道の端で屯する人がいる。

 人気のない建物の隙間に何となく視線を向けてみれば、恋人と思わしき男女が何やら甘い雰囲気を醸し出していた。


「っ───!?」


 急いでそちらから視線を外して見ないふりをする。

 祭りとは人の心を解放させる。だから気分が高まってそういうことがあっても不思議ではないだろう。


 ───だとしてもこんなすぐ人がいる所でするか?


 後ろ髪が引かれるように建物の隙間にまたも視線を向けそうになるがグッとこらえる。

 隣の少女にこの光景を見せるわけにはいかない。


 ───もし二人であんなのを見たら、どんな顔をすればいいって言うんだ……。


 さりげなく立ち位置を変えながら隣の少女の方を見遣れば、彼女は全くこちらを気にすることも無く、パレードが来るのを楽しみにしていた。


「わっ!テイクくん!始まりましたよ!」


 安堵のため息を零していると、少し遠くから大きな花火が無数に打ちがる。大きな爆発音の後は壮大な音楽と歓声が木霊するように響く。

 それだけでパレードのオープニングが始まったのだとわかる。


「花火綺麗ですね!」


「うん……」


 打ち上がった花火を見上げて隣の少女はこちらに振り向いた。


 花火の彩り鮮やかな光に照らされた彼女は輝いていて、はにかんだ笑顔が眩しい。

 無意識に花火なんかよりも目の前の少女だけに僕の視線は釘付けだった。


 次第に聞こえてくる音楽の音が近くなる。それと同時に人の数も青天井に増えているような気がした。

 不意に手が何かに掴まれた。


「……?」


 下に視線を落とせばそこには白くて華奢なルミネの手が僕の手をしっかりと掴んでいた。

 流れるように視線を上へと戻せば、そこには耳まで真っ赤にしたルミネがいる。


「人が多くなってきましたし、はぐれたら大変なので───ぜったいに、離さないでくださいね?」


「───うん。わかった」


 気恥しそうに微笑んだルミネを見て、僕は茫然と頷くことしか出来ない。

 走った訳でもないのに、勝手に心臓の鼓動が早くなっていく。どんどんと体が火照って行って、きっと僕の顔も真っ赤になっていることだろう。


 再び花火が打ち上がる。ちょうど真横で煌びやかな山車が通り過ぎる。楽器隊の音楽が鼓膜を叩いていた。

 けれどそんなことに意識が行かないぐらい、僕は隣の少女を見ていた。


「……」


「……」


 不意に視線が重なり合う。

 変わらず彼女の顔は真っ赤で、今にも爆発してしまいそう。


 音符の形を模した白金のイヤリングが微かに揺れる。少女は何かを期待するかのようにその綺麗な瞳で僕を見上げた。


「っ……!」


 また、心臓が跳ね上がる。

 もう周りの音が聞こえないくらい、心臓の音が鼓膜に響いて、どんどんと思考が麻痺している。


「───」


 突然、言葉では言い表せない衝動に駆られる。


 思考とは裏腹に、勝手に体が動いて、してはいけないことをしようとする。

 頭では駄目だと分かっていても、言うことを聞いてはくれない。


 ───どんどんと近づいていく。


 まるで他人事のように、その光景を客観的に見ているような妙な感覚。

 ルミネも特に抵抗する素振りはなく。寧ろ、その身を捧げるように近づいた。


 あと少しで後戻りが出来なくなる距離まで来る。そう判断した瞬間だった。


「「「うわぁあああああああああぁぁぁッ!!?」」」


「「ッ!!」」


 劈くような悲鳴と、花火とはまた違った爆発音で我に返る。

 咄嗟に空を見上げればそこには目を疑う光景が拡がっていた。


 空の上そこにいたのは無数のモンスター。

 月明かりに照らされたそれらは悪魔系のモンスター〈猟奇の悪魔バザール〉。探索者協会が定めたそのモンスターのレベルは4だ。


 ───どうして空にモンスターが?


 そんな疑問が浮かぶが、強制的に情報が上書きされる。


 空を注視すれば、空を舞う〈猟奇の悪魔バザール〉を統率するかのように、一人の黒い外套に身を包んだ人の姿が見えた。

 そいつは大きく手を広げると、頭上に光の玉を打ち込んだ。


「「「うわッ!!」」」


 眩く輝いた光玉は激しく弾けて、散り散りに空に舞う。次第にそれは何かの形───文字を形どった。


 空に浮かび上がった文字はこう読めた。


『このふざけた祭典に終焉を』


 そんな文字が出来上がると、今まで上空で停滞していたモンスター達は急降下してこちらに降ってきた。


 数秒もしないうちに至る所から悲痛な叫びが湧き上がる。

 突如として、祭典は終わりを告げた。

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