第104話 音楽祭

 本日も快晴。

 二日目に突入した〈迷宮祭典フェスタ〉は今日もたくさんの人で賑わっていた。

 二日目……つまり祭りは最終日ということであり、今日は様々な特設会場や広場で催し物が盛りだくさんだ。


 昨日と同じように僕は探索者協会の前でルミネが来るのを待っていた。

 一日目は祭り全体の散策で、二日目の今日はルミネのすすめで、とある催し物を見るつもりだった。


「確か15時から開場だっけ……?」


 時刻を確認すれば針は14時15分を指している。今日の集合時間は14時30分と、昨日と比べるとだいぶ遅い。

 一日目で祭りの大部分は満喫したので、今日はゆっくりと集まろうと言うことになったのだ。


 時計から視線を外して前へと戻す。

 楽しげな笑顔を浮かべながら通りを行き交う人々を眺めながら、脈拍の調子を伺う。


「すぅ……はぁ……」


 昨日と比べれば変に緊張はしてはいない。少し心臓の鼓動が早いような気がするが、これなら許容範囲で、祭りの高揚感や周りの雰囲気で気持ちが高ぶっているのだとも取れる。


 なんて自己判断をしていると待ち人が洗われた。そのエルフの少女はこちらの姿を視認すると、可愛らしく手を振って駆け寄ってくる。


「ごめんなさい、お待たせしちゃいましたか?」


「ううん。僕も今来たところだし、約束の時間よりも十分も早いから全然大丈夫だよ」


「それなら良かったです」


 ホッと安堵の息を吐いて目の前の少女───ルミネは若干乱れてしまった服装を正す。


 今日の彼女の装いは昨日とまた違っていた。黒のシャツトップスに白のカーディガンを羽織って、下は黒のロングスカート。アイテムは肩掛けのトートバッグと昨日とは打って変わってカジュアルな服装だ。


 また普段とは違った彼女の姿に内心で度肝を抜かれてしまうが、今日は何とか耐えることが出来た。


 平静を装いながら改めてルミネの服装をざっと見渡してみると、とあることに気がつく。


「それ……早速付けてくれたんだね」


「はい!お気に入りなので!」


「それは良かった」


 両耳にキラリと光る音符の形を模したイヤリング。ルミネはくるりと回ってイヤリングを揺らすと可憐に微笑んで見せた。


 そんな彼女に笑みを返して僕達は歩き出す。

 今日の目的地はルミネが把握してくれているので、彼女に先導される形だ。


 向かう先はここから歩いて15分ほどしたところにある第三特設会場。そこは今回の祭りの為に作られた会場の中で3番目の大きさを誇っていた。


「音楽祭……だったっけ?ルミネは誰が気になってるの?」


 そんな会場で行われるイベントは様々な音楽に精通した著名人を呼んで行われる音楽祭だった。


「そうですねぇ……今回の音楽祭も有名な楽士団や吟遊詩人、語部が参加するんですけど、その中でも私が好きなのは吟遊詩人の〈夜の唄〉って人ですね」


「夜の唄……ごめん、あんまりそういうのに詳しくないからピンと来ないんだけど、結構有名な人なの?」


 聞き覚えのない名前に僕が首を傾げているとルミネが懇切丁寧に説明を始めてくれた。


「そりゃあもう!音楽好きで彼女を知らない人はいませんよ。有名な唄で言うと『遥か遠く、昔の穴蔵』ですかね」


「あっ、それは聞いたことある。確かまだ大迷宮が見つかった頃の事を題材にした唄だよね?」


「ですです!この唄は〈夜の唄〉が作ったモノなんですよ」


「へぇ〜、そうだったんだ」


 思わぬ話に僕は感心する。

 詩曲『遥か遠く、昔の穴蔵』は子供の頃によく酒場にいた吟遊詩人から聞いた唄だった。


「唄の内容は確か───」


「大迷宮の中から一人の子供が見つかって、その子供が外の世界に触れて様々な体験をするって言う話です」


「そうそう、そんな感じの話だ。さすがルミネ、ファンなだけあるね」


「えへへ……」


 ルミネの補足を聞いて軽く唄の内容が思い出せた。


 その〈夜の唄〉と言う人が今日の音楽祭で『遥か遠く、昔の穴蔵』を唄うとは限らないが、それでも知っている唄を作った人が出るというのは何だか楽しみだ。


 先程よりも期待感を膨らませて僕達は会場へと急いだ。


 ・

 ・

 ・


「……すごい人だね」


「ですね……席が取れて良かったです」


 予想以上の人の数に気圧されながら僕達は何とか取れた席に腰を落ち着かせる。


 第三特設会場へと辿り着いて僕たちを待ち構えていたのは人の波だった。

 会場から溢れんばかりの人達は全員が音楽祭を鑑賞しに来た人達で、その全員がこの会場に入ることは不可能だった。


 結果、限られた席は抽選という形で争奪戦となり、僕達は運良く二人分の席を勝ち取ることが出来た。


 今も会場の外では少しでも漏れ出る音楽を聞こうと躍起になっている人達でごった返している事だろう。

 そう思うと、ここに座れるのが誇らしくて、ちょっと優越感を感じていたりする。


 それもこれもルミネの強運のおかげなのだけれど。


「楽しみですね!!」


「これだけ大人気なら期待が高まるよね」


 幕の降りたステージを見つめながらこれから始まる催し物に期待感が高まる。


 会場内はガヤガヤと騒がしく、誰もがこれから始まる音楽の数々を今か今かと待ち構えている。そして、その時は唐突に訪れた。


「っ!!」


「わぁっ!!」


 響き渡るファンファーレ。

 それだけで今までの騒がしさは鳴りを潜めて、その音だけに集中する。


 ファンファーレが始まったと同時に幕は上がり、ステージには総勢50人、さまざまな楽器を奏でる楽士団が登場した。

 拍手が沸き起こって、会場は一気に盛り上がる。


 ステージの最前で指揮棒を振る指揮者の指示で、楽士達は色とりどりの音色を奏で、壮大で流麗な一つの音を作り上げていく。

 鼓膜に響く音の圧は大迫力。煩いという訳ではなく、ただただ音に聞き惚れる。


 そんな楽士団たちの演奏から音楽祭は始まった。


「綺麗……」


 スポットライトに照らされたステージの上で、輝くように多種多様な音楽を披露する音楽家達に、隣の少女は目を輝かせる。


 自然と体は楽しげに音に揺られて、あっという間に時間は過ぎていった。

 会場に入った時に貰ったパンフレットで出演者の一覧を確認する。気がつけば残る奏者は一人、大トリを務めるのはさっき話にでてきた〈夜の唄〉だ。


 賑やかだったステージから一転、青暗い光に照らされたその場に一人の女性が現れた。


「「「うわぁああああああぁぁぁ!!」」」


 瞬間、会場は今までで一番の盛り上がりを見せる。


 黒と青のドレスに身を包んだその女性は神秘的な雰囲気を纏っていた。

 彼女が口元に人差し指を当てるだけで、大盛り上がりだった会場は一瞬で静まり返る。


 ステージの真ん中に用意された椅子にゆったりと腰掛けて、その女性───〈夜の唄〉は純白なハープを構える。


 彼女のその素顔は黒いベールに隠されて何一つ見えない。唯一、口元だけが顕になっており、妙な艶やかさを放つ。


 そして、唄が始まった。


『今は遠く昔、地の底から現れた穴蔵にその子はいた───』


 静かにハープが奏でられ、その音に唄が交わる。

 不思議な感覚だった。

 唄を「聞いている」と言う感覚ではなく、自然と耳に「入ってくる」感覚。


『───その子はなんのイタズラか外に掬い上げられ、知ってしまった───』


 ステージから目が離せられない。呼吸も忘れて彼女の口から走る唄を一言一句聞き逃さない。


『───自分のいた世界がどれだけ不遇だったのか、どうして自分たちだけずっと下に閉じ込められていたのか───』


 ハープの音が、彼女の唄声がどこまでも響き渡る。


『───その子は決める。解き放とう、と。これは遥か遠く、昔の物語。始まりはまだ続いている───穴蔵の奥底で』


「「「うわぁああああああぁぁぁ!!」」」


 気がつけば再び拍手が沸き起こっていた。遅れて僕も拍手をする。

 一瞬の出来事だっかのように、唄は終わってしまっていた。


「凄い……本当に凄い……」


 不意に隣に座っていたルミネの方へと視線を向ければ、彼女は目元に涙を浮かべていた。

 彼女が泣いてしまう気持ちは凄く分かる。それほどに、今の唄は素晴らしかった。


 椅子から立ち上がり黒と青のドレスに身を包んだ女性は綺麗なお辞儀をする。そして、役目を終えたと言わんばかりに歓声に答えることも無く静かにステージを後にした。


 彼女がステージを去った後も歓声は鳴りやまない。そうして、最高潮を迎えたまま音楽祭の幕は再び降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る