第103話 プライベートタイム

「ふへへぇ〜」


 思わず気の抜けた笑みが零れてしまう。

 机の上にだらりと体を預けて、私は箱の中の輝くイヤリングを見つめる。


「はぁ……」


 もう何度目になるかも分からないため息。

 無意識に頬が緩んで、彼から貰ったプレゼントを視界に収めてはため息が零れた。


「楽しかったなぁ……」


 本当に今日は最高の一日だった。

 普段とはまた違った彼の服装には終始ドキドキしっぱなしだったし、隣を歩く度に胸がときめいて、一緒に笑い会う度に幸せが溢れた。


 夜も更けて、時刻は気がつけば22時を回ろうかと言うところ。

迷宮祭典フェスタ〉の間、祭りの中心地である〈セントラルストリート〉は夜も眠ること無く、明かりが灯り続いているが、私たちは早々と解散した。


 その理由と言うのも「無闇矢鱈と女の子を夜まで連れ歩くものじゃない」と言う彼の考えだった。


 私としては一日や二日、夜を一緒にしても全く問題はないし。寧ろ、望むところなのだったけれど、優しい彼はそんな暴挙に出ることは無かった。


 少し残念な気持ちもあるけど、それよりも大事にされているのだと思えて、嬉しかった。


 ───好きだなぁ……。


 漠然と思う。

 私の日々は彼との出会いでまさに一変した。

 出会いは本当に偶然だった。けれど今思えばあれは運命だったとすら思えてくる。


「……普通、あそこまでしないよね」


 見ず知らずの人を自分の命も顧みずに助けようとする。それは物語の英雄のようで、誰もが憧れ、考えようとすることだけど、本当に実行できる人はどれだけいるのだろう。

 でも彼は見ず知らずの私を命懸けで助けてくれた。


 それから何度か彼と行動する毎に、私は彼に励まされて、生きていてもいいのだと思えて、前に進むことが出来た。それだけでも彼には感謝が尽きない。


 気がつけば彼の力になりたいと思って、私は彼に惹かれているのだと気がついた。

 この気持ちに気がつくのにはそれほど時間はかからなかった。逆に、あんなことがあって、好きにならない方が難しいと思う。


 そうして彼と二人でパーティーを組んでから加速度的に色々なことが会った。


「色々と心配させられたなぁ……」


 瞬く間に彼は強くなって、色々なトラブルに巻き込まれて、その度に死んじゃうって程にボロボロになって……。

 彼と過ごす日々は毎日が新鮮で、刺激に満ちていた。ちょっと度が過ぎることもあったけれど、今はそれも懐かしく思える。


 大切な夢を叶えるために大迷宮へと潜る彼はどこか焦っていたように思えたけど、そんな焦りも跳ね除けてどんどん先へと進んでいった。


 全速力で追いかけてもその背中に追いつける気がしなくて、今もその背中は遥か前を走っている。それでも諦める気なんて毛頭無い。

 約束をした。「二人で強くなろう」と。その約束だけで私はどこまで頑張れるような気がした。


 月明かりに照らされてイヤリングが光った。

 今日もまた素敵な思い出が増えた。それを思い返すだけで活力が湧いてきて、彼への思いも溢れてくる。


「ふへへ……」


 本当にずるい。

「期待しないでね?」と言っておいて、しっかりと的当てを成功させて、景品を初めから私に渡すつもりでいたのだ。本当の本当にずるいと思う。


 何となく、その箱を彼に見立ててコツンと指で小突く。いつまでも見ていられるけど、そろそろ明日に備えて寝るべきだろう。


 時計を確認すれば23時を既に回っている。

 明日の集合時間は今日に比べれば遅いけれど、女の子は色々と前準備が忙しいのだ。


 今日の服装やメイクだってかなり気合いを入れた。派手過ぎず、ガツガツなりすぎずに、お淑やかさを意識した。

 頑張った甲斐あって、彼の反応はとても良かった。


 あんなに褒められれば嬉しいし、モチベーションも高まる。

 明日は今日よりも彼の胸を激しく撃ち抜くために気合を入れて望むつもりだった。


「ふぁ〜……よし!寝よう」


 立ち上がって大きく伸びをする。

 完全に休むと決めれば体もその気になって、ゆったりと疲れを主張してきた。

 これならベッドに入って数分と経たずに眠れるだろう。


 もう一度大きな欠伸をして、ベッドに入ろうとすると部屋のドアが少し空いてることに気がつく。

 面倒くさがらずにしっかりとドアを閉めようとすると、ドアの隙間から何やら人影が伺えた。


 可愛らしいその陰の正体は私の愛しい妹である三女───ロビだった。

 ロビは眠たそうに瞼を擦ると小首を傾げた


「ルー姉ちゃん、何だか嬉しそうだったね」


「……見てたの?」


「うん」


「どこまで?」


「最初から最後まで」


「そう……」


 妹とは言えプライベートな姿を見られるのは気恥しい。

 今度からしっかりと部屋のドアが閉まっているかを確認しよう。そんなことを胸に刻みつけていると、ロビは続けて言葉を紡いだ。


「今日のデート、楽しかった?」


 決して、揶揄う素振りなんて無い。純粋で無垢なその質問。眠気特有のふなゃりと緩んだロビの笑顔に気恥しなんて吹っ飛んで、素直な気持ちで私は答えた。


「うん。とっても楽しかったよ」


「良かったね」


「うん」


 本当はロビ達は私とお祭りを回りたかったはずだ。けれど、今回のデートの為に私は彼女達に我儘を言ってしまった。


 姉としては有るまじき行為。それでも目の前の大切な家族は私に協力してくれて、応援してくれた。

 それがどれだけ幸せなことなのかを改めて実感する。


「ありがとうね、ロビ」


 気持ちが溢れて言葉が出てきた。

 ロビは頭を振ると緩んだ笑顔で続けた。


「いいよ。その代わり、テイク兄をしっかりとメロメロにしてきてね」


「───ふふっ。ええ、任せておいて」


 私は力強く頷いて、ロビの頭を撫でた。そして、眠気が限界そうな彼女を他の兄妹が眠る部屋へと連れて行く。


 ベットにしっかりと寝かしつけて、シーツをかけてあげれば、順番ずつに三人の頭を優しく撫でてあげる。


 明日は〈迷宮祭典〉二日目だ。

 この内に秘めた気持ちをしっかりと言葉にするつもりはまだない。

 きっと、今焦って思いを告げてもそれは届かないだろうし、彼の邪魔になってしまう。


 それは本望じゃなかった。


 ───私は私のペースでじっくり、ゆっくりとアプローチしていけばいい。


 私は今一度思いを改めてから、明日に備えて眠りについた。

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