第102話 少女とのデート2

「まいど」


 赤毛の女性——―ヴィオラさんは何故か得意げな声音で僕の前からサッと捌ける。視界に移るのは異様に小さい的のみ。

 手に取った投げナイフで何度か素振りをしてみて感覚を確かめる。


 ───これは刃先……逆にこれは柄の方に重心が寄ってる……。


 テーブルに置かれたナイフは合計で5本。つまり、僕に与えられたチャンスはたったの5回だけだ。用意されたナイフは全て形はバラバラで、重さも違っている。これで2000ベルドはやはりぼったくりだと思う。


 ───本当にクリアさせる気がないらしい……。


 意地の悪い店員に半目を向けてみるが、帰ってきたのは清々しいまで笑顔。

 どうやらこの人はこの極悪使用を認めて、開き直っているようだ。


 グチグチと文句を並べても仕方が無いので、試しにナイフを的に投げてみることにする。

 投擲に選んだナイフは最初に手に取った刃先に重心が寄っている物だ。


 軽く振りかぶって鋭くナイフを前に投げようとすると、隣から声をかけられる。


「テイクくんも挑戦するんですか?」


「うん、まあお祭りだしね」


 振りかぶるの解いて隣を見ればそこにはショーケースから帰ってきたルミネがいた。彼女は目を輝かせて言葉を続けた。


「私は的にすら届かなくて全然ダメでしたけど、テイクくんならいけそうな気がします!普段の武器もナイフですし!!」


「うーん……どうかな?いつも使ってる武器はコレよりもう少し刃が長いし、投擲は全然したことないんだよね」


「テイクくんなら大丈夫ですよ!頑張ってくださいね!」


「あんまり期待しないでね?」


 苦笑で言葉を返したが、応援されたからには頑張ってみようと思う。

 改めて僕はナイフを構え直す。


 とりあえず一投目は「投げる」と言う感覚を掴むための確認作業だ。

 ゆっくりとナイフを振りかぶって、しならせるように腕を振る。鞭のように放たれた腕の先からナイフが鋭く飛んだ。


 しかし、やはり重心が偏っているためか進む途中でナイフはクルクルと不規則な回転をしてしまう。


「まあ、そう簡単には行かないよね」


 ナイフは何とか的には届きはしたが、円枠の隅を軽く掠る程度で今のでは豪華景品ゲットとはならない。


「一回目で的に当てるとは、さすがだねテイク」


「凄いです、テイクくん!!」


 二人に褒められるのが少し気恥ずかしく感じながらも僕は二投目のナイフを選ぶ。次は変な方向に刃が曲がった物だ。


 ───狙いは悪くなかった。後は力の加減を調整するだけで良さそうだ。もう少し強くてもいいかな……?


「よっ……!」


 頭の中で改善点を探りながら、先程よりも少し力を加えてナイフを投げる。


 投げられたナイフは一投目と同じようにクルクルと変に回転してしまうが、それでも勢いよく的へと飛んでいって今度は的の端にしっかりと突き刺さった。


「「「おお!!」」」


 それだけで僕の投擲を見ていたギャラリーが湧く。

 思いのほか大きな声に後ろを振り向けば、これまた思いのほか多くの人が僕の挑戦を見物していた。


「やった!二回目で的にちゃんと刺さりましたよ!?テイクくん!これなら行けますよ!!」


 すぐ隣では今しがたの投擲を見てルミネがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいた。

 テーブルを挟んで斜め向かいには悔しげなヴィオラさんの顔。まさか本当に的に当てられるとは思っていなかったらしい。


 そんな顔を見せられると僕も何だか行けそうな気がしてきて、俄然、やる気が湧いてくる。

 背負ったギャラリーの注目は少し気になったが、僕は三投目のナイフを選ぶ。


「ふむ……」


 手に取ったナイフは用意されていた物の中で一番マシと言える出来のナイフだ。

 一番マシということは、一番まともにとんでくれるということ。本来ならば最後の投擲まで取っておいて、残りの二本で感覚の最終調整をするべきなのだが───


「よし、これで決める」


 ───何を血迷ったのか僕は勝負を決めにかかる。


 周りのギャラリーがそうさせたのか、それとも隣で期待してくれているエルフの少女にいい所を見せようとしたのか。

 妙な祭りの高揚感に充てられて、僕はナイフを振りかぶった。


 ───もう少し高めで、勢いはもっと強くても良さそうだ…………。


 二投目で得た感触を元に情報を擦り合わせていく。そして、僕は振りかぶった腕を鋭く振り抜いた。


「よっ………あっ!!」


 ナイフが手を離れる瞬間、激しい感覚のズレが生じる。

 投げるタイミングや角度は完璧であったインパクトのタイミングで力んでしまった。

 これでは途中でナイフに変な力が加わって不規則な変化を起こしてしまう。


 完全にしくじった声を出して、思わず僕は目を逸らした。格好を付けた手前でこの凡ミスは恥ずかしすぎる。

 段々と顔を覆う熱が高くなって行って、耳まで赤くなる感覚がする。


 きっと次に聞こえてくるのは周りの嘲笑だろう、と覚悟をする。

 しかし、予想に反して聞こえてきたのは鋼と鉄がぶつかって砕ける衝撃音と飛び跳ねるように喜ぶ少女の声であった。


「やった!やりましたよ、テイクくん!!」


「「「「うぉぉぉおおおおおっ!!」」」」


 遅れてギャラリーの大歓声が背中を打った。その予想外の反応に僕は急いで目を開けて、ナイフの行方を探す。


 行方を探すでもなく、視界が戻った瞬間に僕はそれを見た。


「………は?」


 視界の先には粉々に砕けた的と壁に突き刺さったナイフ。

 どういう訳か、僕が投げたナイフは鋼で出来た的を粉々に粉砕していた。


「…………」


 ヴィオラさんもまさか的を壊されるとは思っていなかったのか、目の前の光景を見て絶句している。

 後ろのギャラリーからは「すげえ!」だの「やりやがった」と賞賛の声が聞こえてきた。


「凄い!凄いです!!」


 隣のルミネも僕の腕を掴んでブンブンと嬉しそうにはしゃいでいる。


 周りは目の前の結果に僕が挑戦に成功したと思っているようだが、果たしてこれは成功と言っていいのだろうか?


「あの……これってどういう判定になりますか?」


 そんな疑問が浮かんできて、僕は依然として呆けているヴィオラさんに確認をしてみる。

 果たして、悔しそうに歯をかみ締めた彼女が出した結果は───


「〜〜〜〜……持ってけドロボウ!!」


「「「うぉぉぉおおおおおお!!」」」


 ───豪華景品の進呈であった。


 ・

 ・

 ・


 異様な盛り上がりを見せた的当て屋から、僕達はそそくさと豪華景品をいただき。大盛り上がりのギャラリーから逃げるように広場へと来ていた。


〈迷宮祭典〉の為に〈セントラルストリート〉にはいくつもの仮設広場が用意されていた。今僕たちがいるのもその仮説広場の一つだ。


 休憩の為に広場に置かれたベンチの一つに運良く座ることが出来た僕達は一息ついていた。


「あのギャラリーの圧は凄かったなぁ……」


「ふふふっ、ですね。あと、ヴィオラさんの驚いた顔も面白かったです」


「だね」


 改めて先程のことを思い返して、クスクスと二人で笑い合う。

 一頻り笑ったところで、ルミネは落ち着きがない様子で質問をしてきた。


「それで、テイクくんは景品に何を選んだんですか?」


「ん?ああ、これだよ」


 とても気にしたような彼女に僕は特に勿体ぶることも無く、先程貰った景品の箱をポケットから取り出す。

 そしてルミネによく見えるように前に出して箱の蓋を開けた。


「あっ!これって……」


「うん。ルミネがさっきショーケースで見てたイヤリングだよ」


 箱の中に入っていたのは音符の形を模した白金のイヤリング。キラリと輝くそれを見てルミネは驚いていた。


「はい、ルミネ」


「えっ?」


 そんなルミネの手に僕はイヤリングの入った箱を手渡す。突然のことに彼女は状況の理解ができていないのか僕とイヤリングを交互に見ている。


「そのイヤリングはルミネにあげるよ。男の僕が持ってても宝の持ち腐れだしね」


「い、いいんでんすか!?」


「うん、貰ってくれるかな?」


「も、もちろんです!!」


 ルミネは勢いよく頷いくと、嬉しそうにイヤリングの箱を見つめる。そして、意を決したようにイヤリングを取ると自身の耳に下げた。


「ど、どうですかね?似合いますか?」


「うん。とっても似合ってるよ」


「っ〜〜〜、テイクくん、ありがとうございます!」


「どういたしまして」


「えへへ……!」


 手鏡を取り出して自身の耳から下がったイヤリングを見てルミネはとても嬉しそうだ。

 こんなに喜んでもらえると頑張ったかいがあるというものだ。


 ───殆どマグレみたいなものだっけど、運も実力のうちってことで……。


 茫然としていたヴィオラさんを思い返して、内心でそんなことを考える。


「ふう……」


 どっしりとベンチの背もたれに身を預けて空を見上げた。隣では依然としてルミネが嬉しそうにイヤリングを見て笑っている。


 ───しばらくは帰ってこないかな。


 完全にひとりの世界へと入り込んでしまったルミネに僕はそう判断する。

 好きなだけ喜んでもらおう、と考えていると広場の中央が騒がしいことに気がつく。


 視線を声がした方へと向けるとそこにはステージの上でガッツポーズを取る探索者の姿。

 祭典の為に特設された各仮設広場はそれぞれ、催し物のメイン会場として使われることになっている。


 僕達がたまたま休憩している仮設広場は〈パーティーアタック〉のメイン会場だったらしい。

 あの騒ぎようから察するに、初日の予選を勝ち抜いた探索者達を見て盛り上がっているのだろう。


 一日目は予選で、二日目が優勝をかけた本選。例年、パーティーアタックの大まかな流れはこうだ。

 ステージの上に立った探索者パーティーは全部で6組。彼らが明日の本選で鎬を削ることになるのだろう。


 有名パーティーから無名のパーティーまで様々な顔ぶれで、予選は良い感じに番狂わせがあったらしい。


 そんな顔ぶれの中には見覚えのあるパーティーもあった。


「あれは……」


 異様に派手な装飾の鎧具足と妙に自信たっぷりな態度の男。それはグレンの元パーティーメンバーであったカルナだ。


 彼とは以前の酒場での一件から絡まれることは無かったが、まさかこんなところで見かけるとは思わなかった。


 ───相変わらず偉そうな態度だけど……何だか様子が変……かな?


 予選を一位通過したのか、司会にインタビューされて意気揚々とそれに応えているカルナ。だが、彼の様子に少し違和感を覚える。

 どこか気が狂ったような、何か焦っているような雰囲気のカルナ。そんな彼の目は異様に血走っていて、不気味にすら思えた。


「……」


 明確な言葉にはできないが、何となくそんな彼を見て胸騒ぎがする。

 それを誤魔化すかのように僕はステージから視線を切って、隣の少女へと向けた。


 祭典はまだ始まったばかりだ。

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