第101話 少女とのデート1
空に打ち上がる花火。それは〈
無数に打ち放たれた花火を見上げて、その場にいた人たちは一斉に歓声を上げる。
〈セントラルストリート〉を中心にして二日に渡って開催される〈迷宮祭典〉。無数に広がる通りには所狭しと出店や屋台が軒を連ねて、溌剌とした声で客寄せをしている。
時刻は10時20分。
いつも通り、僕は探索者協会の前でエルフの少女が来るのを待っていた。
楽しそうに通りを行き交う人々を眺めながら、妙にソワソワとした気持ちを何とか落ち着けようとする。
しかしどうにもそれは上手くいかなくて、いても立っても居られなくなってくる。
「……」
普段は全く気にすることの無い前髪や、服の襟や裾が皺になっていなかが気なってしまう。もう何度目かになる手直しに、それでも納得できなかった。
───久しぶりに着たけど、変じゃない……よね?
今日はいつも休息日に袖を通しているゆったりとした服装ではなく。僕にしてはオシャレに気を使った一張羅を着込んでいた。
久方ぶりにクローゼットの中から引っ張り出してきたが、慣れない肌触りに違和感がすごい。これなら普段からオシャレに気を使っておくべきだった。
アリシアに「似合う」って言われて買ったはいいけど、客観的に見て「着せられている感」が半端じゃない。
「すぅ……はぁ……」
妙に鼓動が速い心臓を落ち着けるために深呼吸をしてみるが、大して意味は無い。
寧ろ、時間が経つに連れて鼓動が早くなっていく。
僕はいつになく緊張していた。
何故か?
理由は単純。人生初めての「デート」がこれから始まろうとしているからだ。
今まで異性と出かけたことは何度もある。殆どが幼馴染であるアリシアだったが、それこそ今、待ち合わせをしているルミネとだって何度も二人で出かけたことはある。
それなら別に緊張する必要は無いと思うが、それは全く違う。
人とは面倒くさい生き物で、言い方が違ったり、ソレに明確な名前がついてしまうだけで意識してしまうのだ。
つまり、僕は昨日の彼女の一言を物凄く意識していた。
───逆にあの一言で意識しない方が難しいよ……。
昨日の別れ際の彼女とのやり取りを思い出して、僕はまた大きくため息を吐く。
徐に懐から懐中時計を出して、時間を確認してみれば10時30分になろうかと言うところ。
緊張しすぎて30分も前からこうして待ち合わせ場所にいた訳だが、あっという間に待ち合わせ時間になってしまった。
───もう来る頃かな?
今までボーっと辺りを眺めていたが、今度は意識してその少女が居ないか探してみる。
言わずもがな人通りは多く。探索者協会前の広場も僕と同じように待ち合わせの人でごった返している。
───これは、合流するのは簡単じゃないな……。
なんて考えながら視線を右往左往させていると、背後から明るく声がかけられた。
「テイクくん、お待たせしました!!」
「あっ、ルミネ。良かったよ、すんなり合流でき────」
聞き慣れた声に僕は安堵しながら振り返る。しかし、直ぐに目の前に飛び込んできた光景に絶句した。
振り返った先にいたのは間違いなくパーティーメンバーのエルフの少女───ルミネであった。だが、彼女の装いは普段とは全く違った。
言わずもがな、探索に行く時の仰々しい装備じゃなければ、休息日によく見る簡素な服装でもない。
フリルのあしらわれた純白のトップスに、下は紺色のロングスカート。普段ではすることのないメイクもしているのか、薄らと唇に引かれた控えめな色の紅が鮮やかだ。加えて、普段はその綺麗な金糸雀色の長髪を結っているが、今日は流して、サイドには細かな編み込みまで施されている。
思わず見惚れてしまう。
何か言うべきなのだろうけど、在り来りで陳腐な言葉しか思い浮かばない。語彙力のなさが恨めしがった。
それはまさに満開に咲き誇る白百合のようで、周りの人混みに掻き消えることなく目立って見えた。
一段と心臓の鼓動が早くなったのを感じた。それと同時に不安げな彼女の瞳と目が合った。
「あの……テイクくん、どこか変でしょうか?」
僕は慌てて首を横に振って言葉を紡ぐ。
「ぜ、全然!寧ろ物凄く綺麗と言うか、可愛いというか……うん、大丈夫、とっても綺麗だよ」
「っ!!ほ、本当ですか?」
「うん。その髪型も凄く可愛いね」
「あ、ありがとうございます!!」
僕の返答を聞いて目の前の少女は瞬く間に表情を明るくさせる。
そして今度はルミネがじっくりと僕のことを見始めた。
一分ほど、頭から足の先までを舐めるように見た彼女ははにかんで言った。
「テイクくんもそのお洋服、大人っぽくてとても素敵です!似合ってますよ!!」
「あはは、ありがとう」
褒め返されてしまい、照れ隠しに頬をかく。
そんな僕をニコニコと見つめながらルミネは勢いよく僕の手を掴んで引く。
「それじゃあ、今日はいっぱい楽しみましょうね!!」
いつもより破壊力が倍増な気がするルミネの笑顔に、僕はまたしてもドキリとさせながら、彼女に引かれるがまま〈セントラルストリート〉の中へと入る。
こうして僕とルミネの「デート」が始まった。
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様変わりした〈セントラルストリート〉を二人でのんびりと進んでいく。ルミネと〈迷宮祭典〉の散策を始めてから2時間が経とうとしていた。
最初こそ、妙な意識からガチガチに緊張してしまっていたが、いざ祭りを回り始めるとそれは無くなっていた。
時々、隣を歩く少女の可愛らしい仕草にドキリとしてしまうが、それはどうか許して欲しい。というか仕方ないと思う。
「あっ!テイクくん、見てくださいあれ!」
「ん?どれ?」
「ほら、あれですよ!あの変なゴブリンのお面!」
「あー、あれか───っ!?」
今も気がつけばルミネが僕の腕にしっかりと絡みついて、楽しげに変なゴブリンのお面を見て笑っている。
こんな感じで今日のルミネはいつにも増してボディタッチが激しかった。
嫌な訳では断じてない。ないのだが、色々と落ち着かない。何だか普段と違う甘い香りがするし、服の布が柔らかい所為か彼女の感触がダイレクトに伝わってくる。
腕なんて組んでくればもう色々と当たっちゃいけないものが当たって、意識がその異様な柔らかさに向いてしまう。
───む、無心だ。心を無にするんだ……そう、今の僕はさながら歩く地蔵……。
意識を逸らそうとするが、そんな努力も虚しく。逸らそうとすればするほど、腕の感触が鮮明になっていった。
それならば、何とかルミネに離れてもらうように言おうとするが、すぐ隣では上機嫌に鼻歌なんて唄って、楽しそうに腕を組んでいたらそんなこと言えるはずもない。
結局のところ、僕はこの状況を受け入れるしか無かった。
そう諦めかけていると、不意に救いの手が舞い降りてくる。
「そこのお熱いお二人さん。どうだい、的当てでもしてかないかい?見事、的のど真ん中を射止めれば豪華景品だよ」
「え?」
声のした方へと視線を向けるとそこには見覚えのある赤毛の女性───ヴィオラさんが屋台で客引きをしていた。
ルミネはヴィオラさん見つけると僕から離れて彼女のいる出店へと走って近づいていく。
「ヴィオラさん!」
「よう、二人とも」
「こんなところで何をしてるんですか?」
いつも通りのタンクトップ姿の彼女は僕の質問を聞いて、呆れたように言葉を続けた。
「見ての通り店番だよ。毎年、ウチの工房は祭りの設営の他にもこうして色んな場所に出店を出すんだ。んで、ここは的当て屋だ」
「なるほど……」
説明を聞いて出店を見遣れば、ヴィオラさんの背後には無数の的が地面に突き立っていた。仕切るようにテーブルがあって、その上には銀色の投げナイフが4〜6本置いてある。
「これをあの的に当てればいいんですか?」
「そうだ。テイクは探索者だからあの一番小さな的だ」
「なるほど」
テーブルと的の距離は目測で15メートル程。そして身体能力に長けた探索者は狙う的が小さくなるらしい。ヴィオラさんは直径30cmほどの的を指さして笑っている。
「一回いくらですか?」
「2000ベルドだ」
「……高くないですか?」
難易度の割に意外と強気な値段設定に僕は思わず渋い声が出る。しかし、ヴィオラさんは人差し指を立てて力説した。
「これでも良心的な値段設定だよ。言っただろ、豪華景品が貰えるって」
「……何が貰えるんですか?」
「聞いて驚け。見事、的のど真ん中を射抜けば名匠〈クロックバック〉のハンドメイドアクセサリーが貰える。どれも一つ30万ベルドはくだらない逸品物だ」
「なるほど」
彼女の説明を聞いて僕は納得する。
確かにそれほど景品が豪華ならばこの参加料も頷ける。
「ちなみに成功者は?」
「今のところゼロだ」
「……」
何となくそんな気はしていた。
今しがた隣で的当てに挑戦していたルミネも残念ながら失敗していた。
距離と的の大きさ的に難易度は相当だ。加えてこのテーブルに置かれている投げナイフ、一つ一つの重さや長さがバラバラだ。しかも重心も不安定でこれでは真っ直ぐに飛ばすのは至難の業だ。
「……いい商売ですね」
「だろ?」
皮肉のつもりで言ったのだ。
妙に清々しい笑顔を向けるヴィオラさんに僕は引き攣った笑みしか返すことが出来ない。
そんなやり取りをしていると残念そうに肩を落としたルミネが会話に入ってきた
「全然ダメでしたぁ〜……」
「あっはっはっは、残念だっねルミネ」
「うぅ〜、悔しいです……」
「何か欲しい景品でもあったの?」
可愛らしく頬を膨らませて悔しがるルミネに聞くと、彼女はこくりと頷いた。
「このイヤリングが可愛いと思って」
そう言ってルミネは景品が並べられたショーケースに近づいて一つのイヤリングを示した。それは音符の形を模した白金のイヤリングだった。
確かにデザインも可愛らしくて、ルミネが気に入るのも納得の逸品だ。
ルミネは本当にこのイヤリングが欲しかったようで、ショーケースをジーッと見ていた。
そんな彼女を見ていると、横からちょいちょいと小突かれる。
何事かと視線をそちらに向けると、何故かヴィオラさんが無言で的を指さしていた。
「えー……っと……?」
「……」
数秒ほど次の言葉を待ってみるがヴィオラさんは一向に的を指さすばかり。
どうやら彼女は「挑戦しろ」と言いたいらしい。
再び視線をルミネに戻せば彼女はまだショーケースを見ている。そしてまた視線を戻せば的を指さすヴィオラさん。
ならば、一度ぐらいは挑戦しようと言う気になってくる。
僕は無言でお金をヴィオラさんに手渡すと、テーブルに置かれた投げナイフを手に取った。
「まいど」
得意げに一枚の銀貨をコイントスして、ヴィオラさんは僕の目の前からサッと捌けた。
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