第97話 想い人

 忙しなく酒の入ったグラスや大盛りの料理が乗った皿を持って右往左往する店員。

 そこかしこから楽しそうな笑い声やジョッキが激しく重なり合う音が聞こえて、その酒場は雑多な雰囲気であった。


 同じように今日の探索を終えたであろう探索者や、〈迷宮祭典フェスタ〉の設営作業に一区切りをつけた職人たちで賑わう。そこは探索者協会を出て程なくした場所にある大衆酒場〈せせらぎの女主人〉。


 グレンがよく足を運ぶ店であった。


「それじゃあ改めて今日はお疲れ様。乾杯っ!!」


「「乾杯!!」」


 僕とグレンは冷えたエール、ルミネはオレンジジュースで乾杯をする。


 久しぶりに飲み物を飲むような勢いでエールを呷る僕とグレン。そんな僕達を見てルミネが頬をふくらませていた。


「私もお酒が良かったです……」


「くはぁっ!ちょーとまだルミネ嬢に酒は早いな。後一年は我慢だ!」


 そんなルミネをグレンが宥めて、一気にグラスを呷って中身を空にする。


 グレンは即座に近くにいた店員にエールのおかわりを注文して、そんな彼にルミネは恨めしそうな視線を向けていた。


 ───宥めてるようで煽ってる……?


 二人のやり取りを見て苦笑を浮かべていると、次々とグレンおすすめの料理が運び込まれる。


 拳大の腸詰ソーセージに色とりどりの野菜が混ざったサラダ、大きなロブスターの丸焼きなど、大いに美味しそうな匂いを漂わせた料理たちだ。

 注文したものが一通り揃うと、本格的に歓迎会と言う雰囲気が出てきた。


 ルミネの提案によって急遽開催されたグレンの歓迎会はそうして始まった。


「あっ、このサラダ美味しいです」


「だろ?この香草焼きも絶品なんだ」


「本当だ、美味しい……探協の近くにこんなに美味しいお店があるなんて知らなかったなぁ」


「だろだろ?」


 グレンの勧めで僕とルミネは次々と料理に舌鼓を打つ。そのどれもが美味しくて、食べる手が止まらない。


 ちゃんと昼食は取っていたが、やはり体力を必要とする攻略終わりともなれば無意識に体はエネルギーを欲していたらしい。料理を頼みすぎたかと心配していたが、これなら直ぐに全部食べてしまいそうだ。


 そんな予感は的中して、僕とルミネは十分と経たずに料理の殆どを食べてしまった。

 あまりの食いっぷりにグレンは可笑しそうに笑った。


「二人とも凄い勢いだな。まさに食べ盛りって感じだ」


「いや、本当に美味しいです。他に何かおすすめとかありますか?」


「ん?そうだな……あっ、ここは煮付けも美味いんだよ」


「「食べます!!」」


 なんとも魅力的な言葉に僕とルミネは本能のままに食いつく。

 それを見てまたも笑みを零すと、グレンは近くにいた店員を呼び出す。


「あ!レフィア、注文いいか?」


「あっ、グレンさん!いらっしゃいませ!注文ですか?いいですよ!」


「白雪魚の煮付けを頼むよ」


「承りました!少々お待ちくださいね!」


 しかし、何やらグレンはその女性店員と顔なじみのようで、とても親しげだ。


 何なら二人にしか分からないようなアイコンタクトまでして、唯ならぬ関係の様子。

 レフィアと呼ばれた女性店員がテーブルを去っても、グレンはその店員をさりげなく目で追っていた。


 それを我がパーティーの紅一点であるルミネが見逃すはずもなく、今までの食い気を放って興奮気味にグレンに質問をした。


「グレンくん!今の人とはどんな関係なんですか!?もしかしてお付き合いしてる人ですか!!?」


「うぇ!?い、いやいや!そんなんじゃないよ!普通に仲のいい店員さん……」


「本当ですか!?」


「ほんと───」


「本当に!?」


「…………実はちょっと……いや、かなり気になってる……」


 怒濤のルミネの言葉にグレンは照れ臭そうに白状した。聞きたかった答えが聞けたのかルミネは「キャー!」と黄色い声を上げている。


 ルミネも女の子だ。やはり人の色恋には敏感であり、そして興味津々だ。

 彼女は恋する乙女モードになって尋問という名の、事情聴取が始まった。


「お二人の出会いは!?」


「こ、ここの酒場だよ。2年前だったかな?たまたま前の仲間と飲んでる時に知り合った……」


「どっちから声をかけたんですか!?」


「お、俺からだよ。その……ちょっと良いな……って思ったというかなんと言うか……」


「キャー!積極的ですね!それでそれで!?」


 グレンの答えを聞いて更に楽しそうに質問を続けていくルミネ。それにグレンは気恥しそうに酒をちびちびと飲みながら答えていく。


 なんでも二人は仲良くなって、お互い休日プライベートで会って出かけることもあるとのこと。傍から聞いていても、とても良い感じで、付き合うのも時間の問題と言った感じの関係だった。


「告白はしないんですか!?」


 甘酸っぱい話を聞いて我慢が出来なくなったのか、ルミネは鬼気迫る様子で質問した。


「い、いや……探索者なんていつか死ぬかも分からないし……それに最近は色々とあって忙しかったからそんな暇は……」


「何言ってるんですか!いつ死ぬか分からないからその気持ちを伝えるんですよ!?そりゃあ大変だったのは分かりますけど……分かりますけど!!」


 はぐらかすようなグレンの言葉にルミネは説教じみた声音で返した。

 そして、我がパーティーの恋愛番長の勢いは止まらない。


「もうね!二人で何度もお出かけまでして、何度もいい雰囲気で、あんな意味ありげなアイコンタクトをしてたら脈なんて大アリ!告白待ちなんですよ!逆になんで告白してないの?って感じです!!」


 ダァンッ!と叩きつけるように飲みきった木のジョッキをテーブルに置く。

 ルミネはまるで酔ったかのようにグレンに指をさして言った。


 ───ルミネが飲んでるのって酒じゃないよね?


 あまりの出来上がりっぷりに思わず心配になってくる。

 そんな僕の心配をよそにルミネは近くにあったまだ口の着いていないグラスを呷った。


「あっ……」


 それは僕が飲むはずだったエールであり、完全に酒。彼女は意図せず酒を飲んで、更に勢いに乗った。


 ルミネは酒が得意な体質ではなかったのか、一口飲んだだけで耳まで真っ赤にして、呂律も回らなくなった。


「だからですねぇ!あんな短い時間でイチャつけるんなら脈アリなんれすよ!分かりますぅ!?」


「はい……はい……」


 ジョッキの半分を飲んだところでテーブルに項垂れるようにして、グチグチとグレンに繰り返し同じことを言って聞かせていた。

 グレンはグレんで良い感じに酒が回って真面目にルミネの助言を聞いてる。


 いつの間にか場は完全に出来上がってしまっていた。


 ───まさかルミネがこんなにお酒が弱かったなんて……。


 どうして彼女の近くに無造作に酒の入ったジョッキを置いていたんだろう、と後悔したところでもう遅い。

 場の収集はもはや不可能。店内の雑多な雰囲気が二人の酔いを加速させていた。


 どうしたものかと一人冷静に考え込んでいると、ルミネの矛先がグレンから僕に変わった。


「聞いてるんれすかぁ、テイクくん!これはテイクくんにも当て嵌ることなんれすよぉ!?」


「え、えーと……何の話だっけ?」


「だかられすねぇ!テイクくんは今以上に私に構うべきだっていう話れす!!」


 ……はて?果たして今までそんな話だったろうか?と首を傾げるが、考えてみても今のルミネの発言は脈絡がないものだった。


 もう完全に出来上がった彼女に話の前後を合わせるなんて考えは頭から抜け落ちているようで、次から次へと頭で思ったことを口から垂れ流していた。


「さて……」


 勢いよく僕の右腕に絡みついて、グチグチともう言葉にならない声で何かを訴えるルミネをどうしたものかと思案する。


 グレンはルミネの説教から解放されて安心したのか冷めた腸詰ソーセージをもさもさと咀嚼してボーッと虚空を見つめている。


 ───ダメだ。グレンはもう完全に助けならない。


 ならばとルミネに直接、離れてもらうようにお願いしようとするが、いつの間にか彼女は僕の腕にしがみついたまま気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「うーん……テイクくん……」


「……」


 何とも可愛らしい寝言だと思うが色々とまずい。何がまずいとは明確にはしないがとにかくまずかった。


 いよいよどうするべきか、途方に暮れていると何処かのテーブルから悲鳴のような声が聞こえてきた。


「や、やめてください!!」


「いいじゃないか。この後、暇だろ?」


 悲鳴のような───と言うか完全に悲鳴なその声は異様に響いて、一瞬で店内が静かになる。

 その悲鳴で今までボーッとしていたグレンと居眠りしていたルミネは意識を覚醒させる。


 助かったと思いつつも、店内に流れる雰囲気は最悪。無意識に声が聞こえたテーブルを見るとそこには見覚えのある人影が二つ。

 一つは先程、注文を取ってくれたグレンの想い人であるレフィアさん。そしてもう一つは思い出したくもない、昨日僕たちに絡んできたAランクパーティー〈常闇の翔〉のリーダーであるカルナだ。


 どうやらカルナがレフィアの腕を掴んで言いよっている様な形。店内に流れる雰囲気から、カルナのアプローチは失敗に終わったのだろうが……まだ話は終わっていないらしい。


 困り果てて、今にも泣き出してしまいそうなレフィアに下卑た笑みを浮かべるカルナ。

 周りの客はただ呆然と二人のやり取りを見るだけで、仲裁に入ろうとはしない。店主や店員も同様だ。


 そんな中、飛び跳ねるように一人の男が立ち上がった。

 思わぬ物音に店内の視線は一気にそこに集まる。しかし、その男はそれを全く気にせずにいざこざの渦中へと早足で向かった。


「何してるんだカルナ!」


「ああ? ……なんだグレン。テメェには関係ないだろ」


 果たしてその男はさっきまで僕たちのテーブルにいたはずのグレンであった。

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