第95話 新体制

 グレンさんの元パーティーメンバーであるカルナに、変な絡まれ方をするという一悶着はあったものの、僕達は無事にパーティー登録をすることが出来た。


 もちろん、ルミネが考えたパーティー名は却下となり、無難な名前に落ち着いた。

 そこから一日経って、僕は久方ぶりに大迷宮グレイブホールへと訪れていた。もちろん、ルミネとグレンさんも一緒にだ。


 鬱屈とした殺風景な景色。

 視界は開けているが、薄暗く、耳をすませば異形の化け物たちの息遣いが聞こえてくる。

 肌をピリピリと刺激する感覚。たった数日、訪れなかっただけでその穴蔵は随分と広く、そして物騒に思えた。


 現在地は大迷宮第19階層。その奥も奥であり、もう少しすれば次の階層へと続く道が見えてくる頃だった。


 正式なパーティーを組んで初めての探索。

 探索を始める前に、改めてお互いのスキルや出来ることの確認をして、探索の最中でそれをじっくりと擦り合わせて確認していった。


 戦力的には申し分ない。レベル5の前衛が二人とレベル3の後衛が一人いれば、上層なんて取るに足らない。

 しかし油断することなく。寧ろ慎重すぎるくらいのペースで僕達は探索をしていた。


 それでも異常な速さで僕達はここまで来ていた。この階層に来るまでに要した時間は2時間半。

 階層を経るごとにお互いの勝手が分かってきて、連携に不自然さがなくなっていった。


 ───さすがは元Aランクパーティーの盾役タンクだ。戦闘に全く隙がない。


 今しがた、19階層での最後の戦闘を終えて僕は今日何度目かもう分からないことを思う。


 グレンさんは僕たちの想像を遥かに超えた実力の持ち主であった。

 盾役タンクの仕事である攻撃の防御や注意ヘイト管理は然ることながら、何よりも凄いと思ったのは戦況を見透かしたような的確な指示だ。


 グレンさんはまだ組んで間も無い僕達の戦力を全て知り尽くしたかのように、自然な流れで戦闘の指揮を取ってくれた。

 僕の魔法の効果範囲、ルミネの強化バフの効果時間や切り替え……などなど、常に動き続ける戦況の中で最適解を導き出した。


 そのお陰か、久しぶりの探索だと言うのに変にまごつくことなく。寧ろ今まで一番、疲労と危険が無い探索になっている。


 近くにモンスターの気配がないことをスキル【索敵】で確認してから、僕達はその場で休憩をすることにした。


「お疲れ様です、グレンさん」


「ああ、お疲れ様、テイク。後、さん付けと敬語は必要はやめてくれ」


 ちゃぷん、と音を立てて水筒を呷っていたグレンさんに声をかける。


 仲間になるのだから、お互いに遠慮を無くすために変に畏まった呼び方は止めよう、と言う話になったのだが、僕は無意識に名前の後に「さん」を付けてしまう。


「あはは、すみま……ごめん。なんだかまだ慣れなくて」


「まあ、初めての探索だしそれも仕方ないけど、できれば気軽に接して欲しいかな。俺がそういう畏まった雰囲気とか得意じゃないんだ」


「頑張りま……頑張るよ」


「お願いするよ」


 僕のぎこちない様子を見て、グレンはくつくつ、と可笑しそうに笑う。


 最初に会った時の雰囲気や、その見た目から寡黙で冷静なイメージを抱いていたが、実際のところ、グレンは良い意味でおちゃらけており、そしてお喋りだった。

 兄貴肌と言うのか、とても面倒見が良くて、細かい気遣いをしてくれる。

 それもやりやすさや疲労軽減の理由になっているのだろう。


 彼の為人に感嘆していると、グレンは僕の方をジッとみて呟いた。


「ここまでに何度も思ったけど、テイクは本当に戦い方の幅が広いよな」


「そう……かな?」


「無自覚なのか……異様なスキルの数と言い、自由自在な速攻魔法。テイクだけで探索が成り立つ───現に一人でこの大迷宮から行方不明の子供たちを救出してるわけだし」


 僕の冴えない言葉に、グレンは呆れたように言った。

 彼の中で高評価なのは嬉しいが、僕は自分がそこまで万能だとは思っていない。あの時だって本当にぎりぎりだった。


 結局のところ、大迷宮を一人で探索するなんてのはやはり無理があるし、最初はよくても後々でぼろが出てしまう。それでも僕にあんなことができたのは、一重にスキル【取捨選択】のお陰だ。


「あれは運がよかったというか……」


「何より話を聞いて驚いたのがテイクのスキル【取捨選択】だよ。スキルの進化……だっけ?今まで色々なスキルを見てきたけど、そんな事が起きたスキルは聞いたことがない」


 苦笑いしながらグレンの褒め言葉を躱そうとするが、彼は追い打ちをかけるように言葉を続けた。


 大迷宮の探索を始める前、口頭でお互いに持っているスキルや能力値の確認をした訳だが、例に漏れずスキル【取捨選択】のこともグレンには話した。


 依然としてこのスキルを公言するつもりは無いが、これから仲間になるグレンには迷いなく共有しようと決めた。

 まだ出会って間もないが、僕は彼が信用できる人間だと思った。


「能力値とスキルを持った死んだものならそれを自分のモノにできる……うん、やっぱり規格外すぎる」


「だよね……」


「際限なく、しかも異常な速さで強くなれるなんて、探索者からしてみれば夢のような話だ」


「限界はあるんだけどね……一応」


 興味深そうに僕のスキルの考察をするグレン。彼は思考の海に舵を漕ぎ出して、一人の世界に入り込んでしまう。


 凝り性なところがあるのか、戦闘や探索の最中にも彼は度々、今のように一人の世界に浸ることがあった。

 こうなってしまえば数分から酷いときで十数分は帰ってこないので、僕はグレンをそっとしておくことにする。


「うーん………」


 そして、この休憩中に全く会話に入ってこなかった一人の少女が気になって、隣に座ったルミネに視線を向けてみれば、彼女も何やら考え込んでいるようだった。


 いつになく真剣な面持ちで何かを思案しているルミネに僕は何事かと声をかける。


「何か探索中に気になることでもあった?」


「あっ、いえ……そういう訳ではなくて───」


「なくて?」


「やっぱりパーティー名は〈テイクくん大好きクラブ〉が一番良かったんじゃないかと思って」


「……」


 至って真面目な……いや、いつも以上に真剣な顔で言うルミネに、僕は直ぐに彼女から視線を逸らす。


 ───どうやら踏んではいけない轍を踏んでしまったようだ……。


 彼女の中で、昨日決着が着いたはずのパーティー名の問題はまだ片付いていなかったらしい。いや……よくよく考えずともそうだろう。

 何せ、ルミネはパーティー名が無難なものに決まったあと、それからずっと納得がいかないような顔をしていたのだから。


 口にはしなかったが、その表情は不満そのもので、触れに触れずらかった。

 今日は朝からいつも通りだったので、もうあの件は気にしていないと思っていたが、どうやら違ったらしい。


 ───これ以上、この話題を続けるのはまずい。


 即座にそう判断する。

 もし仮にこの話題を続けて、ルミネが「やっぱりパーティー名を変えましょう!」とか言い始めたらまずい。今度はどんな辱めに近い名前をつけられるか分かったものでは無い。


 ───それだけは阻止しないと!


 僕は勢いよく立ち上がって態とらしく声を上げた。


「そ、そろそろ探索を再開しようか!さ、今日の目的階層の20階層はすぐそこだ!!」


「そうだな」


「……分かりました」


 十分に休んだ感覚はあったのか他の二人は特に意を唱えることはなく、僕の声に応じてくれた。


 隣のエルフの少女がジト目で僕の方を見ているような気がするけれども、僕はそれに気が付かないふりをして歩き出す。


 そうして、僕達は鬱屈とした洞窟内を進んで行った。

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