第93話 正規登録
カフェテリアを後にして、僕達は再び総合受付のカウンターへと足を向けていた。
理由は新しく仲間になったグレンさんを含めて、正式にパーティー登録をする為だ。
「ほ、本当にこんなあっさりと決めてしまっていいのか?パーティーの増員なんて普通はもう少し慎重に考えるべき事だぞ?」
先程のカフェテリアでの会話から即決でグレンさんの加入を僕とルミネは決めた。
僕たちの判断にグレンさんはすっかりと丁寧な口調が抜けて、呆気に取られている。
これが普段の彼の調子なのだろう。
「あはは、普通はそうでしょうけど、そもそも僕達はまだ仮パーティーでそんなことを考えるレベルにすら達してないですよ。逆に僕たちのパーティーで本当に良かったんですか?」
「あ、ああ、俺としては願ったり叶ったりなんだが……」
「ならいいじゃないですか」
依然として釈然としない様子のグレンさんに僕は笑って答える。
こんな人材を逃す選択肢など今の僕たちにはない。この5日間、辛抱強く待った甲斐があったというものだ。
なんだかんだで僕達は小一時間ほどカフェテリアで話していた。一時間もすれば先程まで探索者で混みあっていた姿が一気に無くなっていた。
それでも探協内の職員たちは忙しそうにあっちへ行ったり、こっちへ行ったりと忙しそうだ。それもこれも〈
ずんずんと大股で目的地へと向かうルミネを先頭に僕達は特に待つこともせずにカウンターへとたどり着く。
カウンターで出迎えてくれたのは朝の時と打って変わって、眉間に皺を寄せて書類と睨めっこしているシリルさんだ。
「あら、どうやら無事に会えたみたいね」
「はい、お陰様で」
僕達に気がついたシリルさんは即座にニコリと可愛らしい笑みを浮かべる。
そして、グレンさんを見て一枚の用紙をカウンターの上に置いた。
「話の方も上手くいったみたいね。一緒にいるってことは正式にパーティー登録をしに来たんでしょ?」
「はい!そうです!」
「それじゃあこの紙に必要事項を書いてね!」
「分かりました!!」
元気よくルミネが返事をすると、ずいっとカウンターに身を乗せて意気揚々とペンを手に取る。
「私が書いてもいいですか!?」
「あ、書いてくれるの?」
「はい、任せて下さい!」
「それじゃあお願いしようかな」
「はい!」
妙に興奮気味なルミネ。新しく仲間ができたことがそんなに嬉しかったのかな?と張り切っている彼女を見て思いながら、そのまま必要事項の記入を任せる。
「元気な子だな」
「はい。うちのパーティーの元気印です」
楽しそうに用紙に色々と書き込んでいくルミネを後ろで眺めながら、グレンさんの言葉に頷く。
意外と、パーティー登録の用紙には記入事項が多い。全て書き込むまでに数分は時間を要しそうだ。
何となく無言で待っているのも気まづかったので、僕はさっきの話の中で聞きそびれたことを再び質問してみる。
「そういえば、さっきの話で聞きそびれたんですけど、実際のところ他のパーティーから勧誘とかはなかったんですか?」
「えっ、あー……勧誘は、あった……かな」
僕の質問にグレンさんは気まづそうに表情を歪める。歯切れの悪い彼の言葉に僕は言葉を続けた。
「あ、やっぱりあったんですね」
「す、すまない」
「なんで謝るんですか?別にそれ自体は当然のことだと思いますけど……僕が聞きたかったのは、どうしてそのパーティーに入らなかったのかなってことなんですよ。僕達のパーティーに来てくれたことは凄く嬉しいですけど、普通に考えればこんな結成したばかりのパーティーに、他の熟練パーティーからの勧誘を蹴ってまで入ろうとしないですよ」
「確かにテイクさんの言う通り、AランクやBランクのパーティーからの誘いはあった。有難いことに〈常闇の翔〉にいた時の俺を評価してくれる人はたくさんいたよ。でも───」
その時のことを思い出してグレンさんの表情は陰りを見せる。
そして、続けられた彼の言葉に僕は驚いた。
「───勧誘はされたけど結局、誘ってくれたパーティーは全部、俺の加入を拒んだ」
「ど、どうしてですか?」
「それは───」
意味ありげな彼の言葉に僕は続きを待つが、それを遮るように僕達の背後に声が掛けられた。
「ようグレン。今日も次の職場探しか?」
「っ!!」
その妙に威圧感のある声音にグレンさんは肩を大きく震わせると、焦ったように後ろを振り返る。
それに釣られて僕も後ろを向くとそこには一人の男がニタニタと笑を浮かべて立っていた。
その男にグレンさんはもちろん、僕も見覚えがあった。
「カル……ナ……」
金や白など異様に煌びやかな装飾の施された鎧具足を身にまとった伊達男。それは確かにグレンさんを見せしめのようにパーティー〈常闇の翔〉から追放した張本人であった。
カルナと呼ばれた男は威圧的な態度のままグレンさんへと詰め寄った。
「毎日毎日、精が出るなぁ。どうだ?お前みたいな乗っ取り野郎のことを仲間に入れてくれる優しいパーティーはあったか……って、お前誰だ?」
到底、以前の仲間に向けるものでは無い嘲笑的な視線と、侮蔑的な態度。
目の前の男はつらつらと楽しそうに話していると、隣にいた僕にようやく気がついた。
その男のあからさまな態度に僕は吐き気がする。無意識に昔の記憶がフラッシュバックしようとするが、直ぐに霧散していった。
こんな時でもスキルは正常に機能してくれている。
男のあからさまにバカにした視線が僕を射抜くが、それを微塵も気にせずに平然とする。
「僕はグレンさんの新しい仲間です」
「は───?」
迷いのない僕の返答に男は一瞬呆然とするが直ぐに腹を抑えて大爆笑した。
「あははははははっ!おいおいグレン!いつまでも新しいパーティーが見つからないからって、こんなガキのパーティーに入るつもりか?」
「別に、グレンさんが何処のパーティーに入ろうともう貴方には関係ないと思いますけど?」
耳障りな声が耳朶を打つ度にどんどんと体の奥が底冷えしていく。怒りが湧いては、それは酷く落ち着いて降り積もっていく。
「関係ない?ああ、確かにアンタの言う通りだ。だけどな、これは俺の優しさでもあるんだ。世間知らずなお子様に一つ先達者から忠告をしてやろう」
一瞬、男は眉を歪めると直ぐに笑顔を貼り付けて僕に近づいてボソリと耳打ちをした。
「そいつ、人畜無害そうな顔してるけど、実際は人のパーティーを乗っ取って自分のモノにしようとするクソ野郎だぜ?それこそまだ若いアンタみたいなやつは食い物にされる。自分のパーティーが他人に乗っ取られるのは嫌だろ?」
その声は小さすぎて僕にしか聞こえない。
妙な説得力と無意識に受け入れてしまいそうな雰囲気があるその言葉。しかし、即座にそれが何か力を帯びた戯言だと気がつく。
「そうですか。つまりはアレですねそれほど頼りになる兄貴肌ってことですね」
「……は?」
僕は男から距離をとっておどけたように言葉を返した。そんな僕の反応に目の前の男は呆けた顔をする。
そして少し間を置いて、慌てたように再び気持ち悪い声色で僕に詰め寄ってくる。
「お、おい、悪いことは言わない。そいつを仲間に入れるのはやめた方がいいぜ?最初は役に立つかもしれないが、後々ボロが出て使い物にならなくなる。それにあの男はもうあれ以上強くなることなんてない」
何をそんなに焦っているのか、男は僕の肩を掴んで力説してくる。その一言一言が僕は気持ち悪く感じられて、その度に心が冷えたように冷静になっていく。
「聞きましたよ、レベル5で成長限界だってことも。でも、だからなんだって言うんですか?成長限界なんて生きていればいつかは訪れるものです。それにそんな事が気にならないぐらい、グレンさんは強いと思いますし、これから強くなりますよ」
「はっ……馬鹿かアンタ。成長限界が来ればソイツはもう終わり。強くなりようがない」
「
「ッ……!」
目の前の男は無言になると、明らかな敵意を込めて僕を睨んでくる。
何をそんなに躍起になっているのかは知らないが、もうこの男と話すことはなかった。
「あの、もういいですか?ありがた迷惑なご忠告、どうもありがとうございました」
「ッ!お前、本当に後悔するぞ……!」
「それならそれでいいですよ」
「チッ……!!」
投げやりな僕の返答に男は最後の一睨みを聞かせると不機嫌さ全開で踵を返した。
ようやく変なのがいなくなってくれたことに僕は安堵と妙な既視感を覚える。
前にもこんなことがあったなと、記憶を辿っていると隣のグレンさんが何やら落ち込んでいることに気がつく。
「て、テイクさん、すまない。俺の所為で変なことに巻き込んでしまって……」
「気にしないでください。何だかこういうことには慣れているような気がするので」
勢いよく頭を下げて謝るグレンさんに僕は笑顔で頭をあげるように言う。
おずおずと頭を上げたグレンさんは不安に染まった色素の薄いその瞳で僕を見つめる。
「その……今のでやっぱり俺を仲間にするのが嫌になったり……」
「なるわけないじゃないですか。逆にグレンさんがやっぱりやめるって言ってももう逃がしませんからね」
「そ、そうか……」
僕の返答に「ホッ」と安堵のため息を漏らすグレンさん。そんな彼の反応を見るに、恐らく今までパーティーに入ろうとした瞬間に、さっきの男に度々邪魔をされてきたのだろう。
───でもどうしてあの男はわざわざそんなことを?
既に何処かへ消えてしまった男の行動や言動に疑問が尽きない。
無意識に考え込んでいると今まで一生懸命にカウンターでパーティー登録の手続きをしてくれていたルミネがこちらに振り返る。
「パーティー名は〈テイクくん大好きクラブ〉でいいですか!?」
「……」
今まで張り詰めていた嫌な雰囲気を破る彼女の明るい声に僕は心が安らいでいくが、その内容はとても穏やかではなかった。
どう考えてもそのパーティー名はダサすぎるし、どうしてそれでいけると思ったのか。
僕は焦ってカウンターへと駆け寄り、パーティー名を考えた。
そんな僕たちを見てグレンさんは笑っていた。
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