第92話 加入希望者

 探索者協会に併設してあるカフェテリア。

 ほのかに香るコーヒー豆が煎られた匂いと、窓から差し込む暖かい陽の光が、穏やかな店内に満ちている。


 中に入って店員に「お好きな席にどうぞ」と言われて、ぐるりと当たりを見渡せばその人物はすぐに見つかった。


 店内の奥にある窓際の席。

 朝の時間帯はその席が一番の日当たりで、そこで優雅にコーヒーでも嗜んでいればとても気持ちがいいだろう。


 そんな席に異様に背の高い青年が静かに座っていた。


「テイクくん、あの人って………」


「……」


 隣のルミネが僕の服の裾を引っ張って何かを主張してくる。

 けれど、僕はそれに反応することが出来ずにただ、席に座るその青年の後ろ姿を見ていた。


 時間にして十数秒。僕たちの不自然な間と視線に青年は気がつくと。席を立ってこっちに振り返った。


「はじめまして、テイク・ヴァールさん……ですよね?」


「あ、はい……」


 声をかけられて反射で頷くと、青年は人の良さそうな笑顔を浮かべて僕たちを座っていた席へと誘う。


「どうぞこちらへ、何か飲み物でも?」


「じゃあ、紅茶を……」


「わ、私も同じもので」


 席へと腰を落ち着かせて、ぎこちなく注文をすると正面に座り直した青年は笑顔のまま言葉を続けた。


「掲示板のメンバー募集を見ました。新しいパーティーメンバー……それも、高レベルの盾役タンクの募集でしたよね?」


「は、はい。そうです」


「良かった。シリルさんに話を聞いたらまだメンバー募集をしているって聞いたので……朝からこんなところにすみません。ココ最近、有名人のテイクさんが仲間の募集をしたと聞いて、色々とお話を聞いてみたかったんです。ちょうど俺……私も訳あって前にいたパーティーを抜けてちゃって………あっ!飲み物が来ましたね。どうぞ飲んでください。ここの代金は持ちますので」


「ありがとうございます……」


 促されるままに紅茶に口をつける。

 爽やかなハーブの香りが鼻腔を抜けて、いつの間にか動揺していた気を少し落ち着けてくれる。しかし、それでもまだ動揺は内に燻っていた。


 ───どうして彼が?


 最初に浮かんだのはそんな疑問だった。


 いや、よくよく考えずとも目の前の青年が募集に応募してきた理由はよく分かる。

 それでもすっかりと頭の中から抜け落ちてしまっていた。まさか彼ほどの人物がメンバー募集に応募してくるなんて思いもしなかった。


「って、自分の話したいことばかり話してまともに自己紹介をしてませんでしたね。

 申し遅れました、俺……じゃない、私はグレン・アッシュテンダーと言います。以前は〈常闇の翔〉と言うパーティーで盾役タンクをしてました。レベルは5です。以後、お見知り置きを」


 病的なまでに白い肌に、双眸にかかった灰色の長髪。その髪の隙間から除くのは端正な顔立ちだ。グレンと名乗った青年は恥ずかしそうに頭を下げて自己紹介をした。


 丁寧な彼の自己紹介を聞いて思うことは、やはり「どうして?」と言う疑問であった。


 だってそうだろう。

 片や、この迷宮都市でも有数のAランクパーティーに所属していたグレンさん《彼》がどうして僕たちのような無名のパーティー募集に応募などしてきたのか。


 仮に、ココ最近の功績や噂を聞いて今回のメンバー募集に興味を持ったとしても、やはり彼ほどの人材がここを訪ねてくる理由がさっぱり分からない。


 ───この人のこれまでのキャリアを考えれば、他の高ランクや中堅パーティーがほっとかないはず……。


 探索者としての歴が長く、元高ランクパーティーのレベル5で、戦闘の要所となる盾役タンクを問題なく任せられる実力の持ち主。


 これだけの好条件が揃った探索者がフリーになったと分かれば、他の高ランクパーティーで争奪戦になるだろう。

 なのに、どうして目の前の青年はこんなところでのんびりとコーヒーを飲んで、こんな無名パーティーの募集に応募なんかしてきているのだ。


「あの……どうかしましたか?」


 改めて考えてもやはり状況の理解なんてできるはずもなく。呆けているとグレンさんが不思議そうに首をかしげる。


 その人畜無害な雰囲気に毒気を抜かれて、僕はうだうだと考えることをやめた。

 そもそも、この場は面接のようなものだ。分からないことや疑問に思ったことは素直に聞けばいい。


「いえ……その、こんなことを言うのもなんなんですけど、どうして僕たちのパーティーなのかなぁ〜……と。グレンさんは元Aランクパーティーにいた手練です。それなら例えパーティーを抜けてしまってもすぐに別のパーティーから勧誘とかがありそうなものですけど……?」


「あはは……普通はそう思いますよね……」


 僕の疑問にグレンさんは気まずそうに頬をかいて苦笑する。


 更に踏み込んで質問をしてもいいものかと考え込んでいると、隣のルミネが会話の中に言葉を落とす。


「そもそも、グレンさんはどうしてあんな一方的にパーティーを辞めさせられていたんですか?」


「あー……もしかして見られてました?」


「たまたまですけど……はい、見てました」


「そっかぁ……なんだか恥ずかしいですね」


 ズバッと核心と今まで気になっていたことを聞いたルミネの言葉に、彼の表情は曇る。

 やはり、初対面で聞くには無神経過ぎたかと不安になる。


 しかし、グレンさんは何度か深呼吸をして、腹を括ったかのように前髪の隙間からその色素の薄い双眸で僕たちを見た。


「まあ、こうして俺なんかのために時間を取ってくれた2人には話さないと筋じゃないですよね」


「いや、あの、そんなに無理して話さなくても……その、込み入った話だと思いますし……」


「いえ、聞いてください。どの道、俺に残された選択肢はこれしかないんです……」


 そうして視線を窓の奥にある外へと向けてグレンさんはゆっくりと話し始めた。


「あの時のことを見てたんなら何となくの話の流れは分かりますよね?俺が一方的に仲間に突き放される形でパーティーを追放された」


「はい……」


「まあ色々とあいつ……リーダーのカルナは取り繕ったことを言ってましたけど……要は戦力外通告です」


「戦力外通告……?」


 彼の放たれた言葉の意味がいまいち理解できない。


 そも、レベル5の実力があれば、ある程度の階層は問題なく攻略できる。探索者としては1人前だ。それなのに「戦力外」とは変な話に思えてならない。


 そんな僕の疑問を知ってか知らずか、グレンさんは言葉を続けた。


「レベル5の俺じゃ、51階層……深層を探索するには実力不足だったってことです。

 もちろん俺自身はそんなこと思ってません。確かに深層のモンスターに力負けしていたことは認めますけど、俺には他の事で出来ることがまだ沢山ありました。けど、カルナにとってはそれが目障りだったんでしょうね……」


 自嘲的に放ったグレンさんの言葉には力がない。そんな弱々しい彼の言葉を聞いて僕は考えを改める。


 レベル5の実力者と言えど、深層へと足を踏み入れれば弱者へと成り下がってしまうのだ。


「以前からリーダーのカルナとの仲は良好とは言えませんでした。そういうこともあって今回、こんなことになったんだと思います……」


「でも……〈常闇の翔〉に取ってグレンさんの存在はとても大きかったと思います!盾役タンクって戦闘の要なんですよね?それならそんな重要な人を急にパーティーから追い出すなんておかしいと思います!」


 少し興奮気味にルミネが言った。


 確かに彼女の言う通りだ。

 例え、自力が足りなくても今まで当然のようにいた人間が急にいなくなれパーティー内の連携にズレが生じてしまう。

 やはりこの話にはどこか理不尽さがある。


 そんな僕たちの疑問をやはりグレンさんは首を横に振って否定する。


「俺もそう思っていました。まだ俺にはできることがある、役に立てるって……けど、今のあいつらを見てるとそんな自分の考えも自惚れだったのかな……って。所詮俺はレベル5で成長限界がきた盾役タンクです。片や、あいつらは俺を置いてどんどんと強くなって、今も問題なく最前線を攻略しようとしている。リーダーのカルナなんてつい先日にレベル7になって、勢いに乗っている。やっぱりあいつらに俺はもう本当に必要なくなったんです」


 グレンさんの全てを諦めてしまったような沈んだ表情に言葉が詰まる。


〈成長限界〉、それは生きとし生けるものならば誰もが訪れる現象。残酷ではあるがその伸び代は個人によって千差万別だ。


 ───僕の場合が特殊なだけで、普通なら成長限界ソレは訪れてしまえばもうどうしようもできないことだ。


〈限界突破〉なんて奇跡みたいな事はどれだけ願っても起きないのが当たり前なのだ。


 きっと、目の前の灰人エンバーの青年は様々な絶望をここ数日で体験し、噛み締めた事だろう。

 突然の追放、成長限界、信じたくない現実。それを一言に「分かる」なんて言えない。


 僕と彼とでは境遇が全く違う。だから、そんな簡単な一言で済ませるのは失礼だ。


 ───それでも分かることがある。


 普通、こんな人生のどん底に突き落とされたのならば心が折れてしまっても不思議ではない。それでも目の前の人は立ち上がり、こうして僕たちの元を訪ねてきた。


 それはつまりそういうことだろう。


「でも、そうと分かっていても、何か諦められないことがあるから、こうして探索者を続けようとしているんですよね?」


「……」


 僕の質問にグレンさんは無言で頷く。


 つまりはそういうことだ。

 それまでの道のりや過程、境遇は違えど、この人にはやはりどこか親近感を覚えてしまう。


 どうやらこの人は相当に諦めが悪いらしい。

 どんなに沈んだ表情をしようとも、その瞳の奥には微かに光を放っている。


 傍から見れば「強情だ」と思われるかもしれないけれど、僕はそんな「強情な人」が嫌いでは無い。


 なぜなら僕もその「強情な人」なのだから。


 僕は隣で依然として鼻息を荒くしているルミネを見る。彼女は強い意志の籠った双眸で僕を見つめ返した。

 それだけで、この少女が何を思っているのかは分かった。


 ───満場一致だ。


「お話を聞かせてくれてありがとうございました。是非とも僕たちのパーティーに入って欲しいです。お願いできますか?グレン・アッシュテンダーさん」

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