第91話 望み薄

 太陽が登り始めた頃。外は少し肌寒いが、その寒さが心地よかった。

 大迷宮の入口や探索者協会など主要な建物が集まった〈セントラルストリート〉と比べて、この宿場街はとても静かなものだった。


「はっ、はっ、はっ……」


 朝霧が薄らと通りに満ちる。まだ殆どの人がベットの中で安らかに眠っているであろう時間帯に、僕は外へ出てランニングをしていた。


 耳朶を打つのは自身の呼吸と心臓が脈打つ音。1時間ほど走り続けていればそれなりに疲れて苦しい。体が熱を帯びて吐く息が白くなる。


 普段からこうして早朝にランニングなんてしない。けど、長期間、大迷宮に潜らないとなると体は鈍ってしまうわけで、休息日と言えど適度な運動は必要不可欠だ。


 仲間の募集を始めてから今日で5日目。未だにパーティーへの加入希望者は現れていない。


 ───やっぱり条件が厳しすぎたよなぁ……。


 分かりきっていたことではあったけれど、一抹の希望を抱いていたのも事実。「もしかしたら」と期待してしまうのが人だ。だけど、この5日で、話を聞きに来る人すらいないと言うことは、やはり無理難題だったということだ。


「はぁ……はぁ……」


 宿場街をぐるりと何周かして、部屋を間借りしている宿屋〈赤熊の窼〉へと戻ってきた。呼吸を軽く整えて、宿泊者が使える裏口から自室へと向かう。


 気がつけば時刻は午前8時を回ろうかと言うところ、今日のランニングは2時間ほど走っていたことになる。


「こういうのんびりとした朝もいいもんだな」


 普段ならばもうこの時間には大迷宮にいることが多い。ジルベールにこき使われていた頃なんて、もっと朝早くに起きて様々な雑用をしていたものだ。そう考えると、こんな朝の過ごし方は贅沢に感じられた。


 汗で濡れてしまった服を脱ぐ。そのままシャワー室へと直行。軽めに汗を流してさっぱりとする。


「それより、どうしようかなぁ……」


 休息日お決まりの服に着替えて大きくため息を吐いた。ため息の理由はもちろん仲間集めのことだ。


 今日で募集をかけてから5日目。さすがにこのまま呑気に募集者を待っているわけにもいかない。募集内容に変更を加えてもう少し条件を緩める方がいいだろう。


 そろそろ探索を再開したいと言う気持ちも出てきた。今日、探索者協会に行ってみて誰も希望者がいなければ今の条件はキッパリとあきらめよう。


 ───本当は直ぐに深い階層の探索をしたいけど……まあ、こればかりは仕方がないな。


 時には諦めも肝心。本当は即戦力が欲しかったが、こうなれば一から新人を育てる気持ちで仲間の募集をしよう。


「駆け出しの募集ならきっとすぐに見つかるはずだ」


 方針は固まった。それならば後は行動に出るまでだ。


 ───先当たってまず僕がするべきことは……。


「腹ごしらえだな」


 ちょうどこの時間は下の酒場で朝食が食べられた。それを頂いてから行動に移ることにする。


 部屋を後にして僕は下へと向かった。


 ・

 ・

 ・


 今日も〈セントラルストリート〉は人でごった返している。それは旅人だったり商人だったり、都市に住む住人だったりと様々。しかし、今この〈セントラルストリート〉で一番多いのは、来たる〈迷宮祭典フェスタ〉の準備をしている探協の職員だったり、衛兵、職人たちだろう。


 日に日に、〈迷宮祭典フェスタ〉の中心地となる〈セントラルストリート〉はその様相を変えていく。

 至る所に派手な装飾や提灯、仮説の建物が立てられていっている。


 朝と言えど関係なく〈セントラルストリート〉の喧騒を一層騒がしくさせていた。


 そんな祭り特有の光景を視界の端に捉えつつ、僕はのんびりとした足取りで探索者協会へと向かっていた。


 時刻は9時を少し過ぎたあたり。15分ほど歩けば目的地へとはたどり着く。


「あっ!おはようございます、テイクくん!」


「おはよう、ルミネ」


 入口前でちょうどルミネが僕を見つけて手を振って来た。軽く挨拶をしてそのまま2人で探協の中へと入った。


「今日こそは募集者来てますかね?」


「どうだろうね」


「今日もダメだったらどうするんですか?」


「募集条件を変えることにするよ。本当は即戦力が欲しけど贅沢は行ってられない。そろそろ探索も再開したいしね」


「分かりました!」


 総合受付のカウンターへと向かい、受付待ちの列へと並ぶ。ちょうど朝の混み合う時間ということで他の探索者がそれなりに並んでいた。


 これなら10分ほどで対応してもらえるだろうと、頭の中で試算をしていると妙な視線を感じる。


「今日も見られてますね!」


「だね、やっぱり慣れないなぁ……」


「もっと自信を持ってください!テイクくんは凄いことをしたんですから!」


「だとしてもこう露骨に注目されるのはね……」


 何故か隣で嬉しそうなルミネに僕は苦笑を浮かべる。


 視線の理由は分かっていた。数日ほど前から探協へ訪れる度にこうして周りの探索者から何かと見られることが増えた。


 その理由とは僕がサラちゃん達を大迷宮から連れ帰ったことが原因だ。

「無名の探索者が行方不明になっていた子供たちを単独で救出した」と、あの日のことが広まり、僕は迷宮都市でちょっとした有名人になってしまった。


「お、今日も〈救出者リベレイター〉が来てるじゃん」


「なんでも仲間の募集をしてるらしいぜ」


「まじで!俺、募集してみようかな?」


「お前じゃ無理だよ。条件がレベル4以上の盾役タンク限定だ」


「うぉ、条件厳しいな」


「今まで頭角を出してなかったがこの前の件で一気に注目株だ。レベル5の実力者、〈救出者リベレイター〉は本気で攻略を始めると見たね」


「おお!また新しい高ランクパーティーの誕生か!?」


「かもな」


 その結果、付いた渾名が〈救出者リベレイター〉。全く呼び慣れない所謂二つ名に、背筋がむず痒い。


 近くから聞こえてきた探索者たちの会話に、僕は苦笑を浮かべるしかない。隣のルミネは何故かドヤ顔だ。


 そんなことをしているといつの間にか並んだ列は進んでいって受付の前へとたどり着く。

 受付カウンターで出迎えてくれたのは見慣れた人だった。


「あら、テイクくん。おはよう」


「おはようございます、シリルさん」


 銀縁の丸メガネがトレードマークの女性職員シリルさん。彼女は人懐っこい笑顔で挨拶をしてくれた。


 簡単な挨拶を返すとシリルさんは、僕たちの要件が分かっていたので言葉を続けた。


「募集の件よね?」


「はい、加入希望者は……来てないですよね?」


「ちょうど数分前に来たわよ」


「そうですよね、やっぱり来るわけ───え?今なんて?」


「だから、さっき加入希望の人がカウンターに来たわよ」


「ホントですか!?」


「ええ」


 予想だにしていなかったシリルさんの返答に僕は思わず大きな声が出てしまう。

 あまりにもあっけらかんしているルミネさんに僕は詰め寄るようにして聞いた。


「その人って今どこに……!?」


「貴方たちがここに来ることを伝えたら、「カフェテリアで待ってる」って言ってたわよ」


「ほ、本当に加入希望者だったんですよね?」


「間違いないわよ。良かったわね見つかって」


「は、はい!」


 自分で言うのもなんだが、まさかあの条件で加入希望者が見つかるとは思っていなかった。これは本当に嬉しい話だ。


「多分、あっちはテイクくんのことを知ってるって言ってたからカフェテリアに行けば会えるじゃないかな?」


「分かりました、行ってみます!行こう、ルミネ!!」


「はい!」


「またね〜」


 いてもたってもいられずに僕はルミネと一緒にカフェテリアへと急ぐ。


 僕達の騒ぎように周りにいた探索者達は「何事か」と奇異の視線を向けてくるが、今はそれすらも気にならない。


 併設してあるカフェテリアはまだオープンしたばかりで客入りは少ない。だから件の加入希望者はすぐに見つけられることが出来た。


 向こうも僕たちに気がついたようで、席から立ち上がり僕たちの方を見て軽く会釈した。

 そこで僕とルミネは加入希望者を見て思わず驚いた。

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