第85話 探協長

 目覚めてから一日、地上に戻ってきて二日が経った。僕は今日、治療院を無事に退院した。


 特に体に異常はなく。健康体そのものだったので、僕を診てくれた医者も難色を示すことなく退院を許してくれた。

 治療院を後にする間際、医者や看護師の皆さんに「次は気をつけろよ」と言う痛い視線を向けられたのは気の所為では無いと思う。


 僕も好きで大怪我をしてる訳では無いので、そんな無言の圧力を掛けられても困るのだが……まあ次は気をつけようと心に誓った。


 ちなみに、セラちゃん達はさすがに僕みたいに「次の日に退院!」という訳にもいかず、数日ほど様子を見るらしい。別れの挨拶はしてきたが、隙を見てまた会いに行こうと思っている。


 そんなことが今朝方あり、今僕はルミネと一緒に〈セントラルストリート〉を歩いていた。久方ぶりに歩く通りはいつもと変わらず喧騒に包まれている。


 向かう先は間借りしている宿屋ではなく、探索者協会。何故か僕達は、今から探索者協会で一番偉い、探協長と会うことになっている。


 ───急展開すぎる……。


 今朝、退院する準備をしているとルミネから「探協からお呼び出しです」と伝言があった。

「いったいどうしてこのタイミングで?」と伝言を聞いた時は思ったが、よくよく考えずとも呼び出される原因は明白だった。


 つまりは今回の件に関する事情聴取というわけだ。


 10日も行方不明だった探索者が突然の帰還。それも5人の行方不明だった異種族の子供たちと一緒だった。と来れば呼び出される理由には十分すぎるだろう。


「……」


「〜〜〜」


 いつになく探協へ向かう足が重く感じる。隣のルミネは上機嫌で鼻歌まで歌って、至っていつも通り。これから探協で一番偉い人に会うというのに妙に平静だ。


 道行く人の波を縫って進んでいると、いつの間にか目的地に到着してしまう。


 これまた久しぶりに見たような気がする大きな探協の建物。その大きな入口の前には見慣れた女性が立っていた。

 女性は僕たちに気がつくと、綺麗なお辞儀をして出迎えてくれた。


「お待ちしていました。テイク・ヴァール様」


「お久しぶりです、シリルさん」


 仕事人然として、至って真面目な雰囲気を醸し出すその見慣れた女性とはシリルさんだ。トレードマークである銀縁の丸メガネを人差し指でクイッと押し上げると、彼女はやんわりと表情を崩した。


「本当に久しぶりね、テイクくん。無事で良かったわ」


「ありがとうございます」


「色々とお話したいこともあるけれど……今は仕事中だから我慢しなきゃね」


 クスリと微笑むと、シリルさんは再び表情を引き締めた。そして、よく通る綺麗な声音で続けた。


「〈探協長〉ガイウス・ルイズベルトが部屋でお待ちです。どうぞこちらへ───」


「あ、はい……」


 少し慣れないシリルさんの仕事人モードにぎこちない返事をして、僕達は彼女の後について行った。


 ・

 ・

 ・


 シリルさんに案内されて連れられてきたのは、探索者協会の最上階に位置する部屋だった。以前の、報奨金を受け取った時に案内された部屋も凄かったが、今案内された目の前の扉もすごい迫力だった。


「……」


「……」


 思わず息を飲む。まだ部屋にも入っていないのに異様な緊張感と圧迫感がその場を支配している。

 さすがにルミネも鼻歌を歌っている場合ではないと気がついたのか、表情を強ばらせて僕の服の裾を掴んでいた。


 シリルさんはそんな僕たちの気を知ってか知らずか、一度、間を置いてから扉の部屋をノックしてくれた。


「失礼致します。探協長、テイク・ヴァール様をお連れしました」


「入ってくれ」


 すると扉の奥から重く腹の底から響くような男性の声が聞こえてくる。

 男性の言葉にシリルさんは丁寧に目の前の扉を開けてくれた。


 再び、息を飲む。そのまま部屋の中に入るとその男性は椅子から立ち上がって、僕たちを出迎えてくれた。


「わざわざ出向いて頂き申し訳ない。ほんとうは私自ら訪ねるべきだと言うのに……色々と立て込んでいましてな。どうか許して欲しい」


「いえ、そんな、全然大丈夫……です」


 思わず、声が上擦る。恐怖している訳ではなかった。ただ、目の前の男性の迫力に気圧されてしまったのだ。


〈探協長〉ガイウス・ルイズベルト。この迷宮都市ディメルタルの探索者協会を収める人物だ。まさか自分のような底辺探索者が直接会うことになろうとは思いもしなかった。


 歳の位は50と聞いた事がある。しかし、実際のその人はまだ現役の探索者として活動できるのではと思うほど活力に満ちて若々しかった。


 僕の身長よりも頭2、3個高い体躯に、鎧のように鍛え抜かれた筋肉。鷹を思わせるその双眸は射抜かれただけで子供は大泣きだろう。白髪混じりの黒髪をオールバックにして、仕事人然としてスーツを着込んだその姿はまさにできる大人と言った感じだ。


「立ち話もなんだ。どうぞかけてくれ」


「し、失礼します」


「し、します……!」


 異様に柔らかいソファーにルミネと一緒に座り込んで、その対面にガイウス・ルイズベルトが座った。シリルさんは彼の後ろに控えるようにして直立している。


 どうにも落ち着かない空気に視線を彷徨わせていると、ガイウスさんが口火を切った。


「まずは無事の帰還をおめでとう……と言うべきだな」


「あ、ありがとうございます」


「そして、行方不明として捜索対象となっていた子供たちを見つけ、助け出してくれたことに感謝する」


 真っ直ぐとこちらを見据えたガイウスさんは深く頭を下げてお礼の言葉をくれた。

 さすがに探協長に直接そんなことを言われてしまうと恐縮してしまう。僕は焦って頭を上げるように言った。


「と、当然のことをしただけです!」


「ふむ……普通、これだけの功績を上げれば少しは驕るものだが……殊勝なのだなテイク・ヴァールくん」


「そ、そんなことは……」


 妙な高評価に背筋がむず痒くなる。

 顎を撫でて、値踏みするように僕を見ていたガイウスさんはひとつ咳払いをして続けた。


「さて、地上に戻ってきたばかり、そして退院したばかりで大変申し訳ないのだが、こちらも色々と知りたいことだらけでね。大迷宮の中で何があったのかお話していただけるだろうか?」


「もちろんです」


「感謝する」


 再び頭を下げてお礼を言ったガイウスさんは「それでは───」と質問を思案した。


「聞いた話によると君はあの子供たちを大迷宮の20階層で見つけたとの話だが、これに間違いはないかね?」


「はい。20階層の第3安全地帯で見つけました」


「ふむ。その時、子供たちを攫ったであろう犯行者は?」


「いました。その男は────」


 そこから僕は今回の顛末をこと細かく話た。


 子供たちの発見。それを連れた奇妙な小太りの男───ロディン・グレイブホールのこと。一人で男を追いかけ、2度の転移を経て謎の階層に到達したこと。そこで、セラちゃんを見つけて、助けると決めたこと。嘘偽りなく全てを語った。


 それをガイウスさんは質問することなく、しかし時折、表情を驚かせて静かに聞いてくれた。


「これが今回あったことの全てです」


「ふむ………」


 全てを話し終えて、それを聞き終えたガイウスさんは深いため息を吐いて、瞑目する。そして、ぶつぶつと独り言を始めた。


「20階層に転移鼠インバイター……しかも2度も転移して遺跡のような謎の階層に辿り着く……」


 信じられないと言わんばかりに目頭を抑えて、ガイウスさんは難しそうな顔をする。まあ、ご最もな反応だと思う。僕自身もまだ現実感がない。


「しかも誘拐犯の目的は奴隷売買ではない……と」


「はい。あの男は子供たちを「神の供物」と言っていました」


「全く意味がわからん」


 同意見だ。実際に男の口から聞いても理解ができるはずもない。分かることはとにかく男は大迷宮の奥底に子供たちを連れていこうとしていたことだけだ。


「大迷宮に住まうもの〈ラビリル〉か……いったいあの奥底に何があるんだ……」


 今回の出来事を、男の言っていた言葉を噛み砕けば噛み砕くほど頭の中は混乱していった。


 あの階層はなんだったのか?

 子供たちを供物にする理由は?

 あいつの言う〈神〉とはなんなのか?

 選定者とは?

 選択者とは?


 当事者に話を聞きたいところではあるが、その当事者は僕が殺してしまった。それを咎められることは無いが。やはり、捕えられていればと思ってしまう。


 ───結局、タラレバだ……。


 数分ほど思案して頭を悩ませるが、分かることなど増えはしない。

 そう判断したガイウスさんはこの話を一旦区切る。


「色々と貴重な話が聞けた。本当にありがとう」


「いえ……不確かな情報ばかりですみません」


「そんなことはない。本当に助かる。今回の情報を元にさらに色々と調査を勧められる。後のことは任せてくれ」


「はい、お願いします」


 改めてお礼をされて僕はただ頷くことしか出来ない。しかし、どうやら探協長が聞きたいことは今ので全部らしい。


 ───これでお役御免かな。


 内心、安堵しつつ僕はソファから立ち上がろうとする。するとそれに待ったをかけるようにガイウスさんの言葉は続いた。


「さて、子供たちの救出に、貴重な情報提供……ここまでの功績を上げて、まさか我々が君をタダで帰すとは思うまいね?」


「えっ……あの、どういう……」


「つまり、今回の功績を称えて気持ち程度ではあるが探索者協会から褒賞を出そうという話だよ」


「い、いいんですか?」


「なんで疑問形なんだ。いいに決まっているだろう。そもそも、子供たちの救出には元から依頼として報酬が出る。それにプラスして情報提供料を渡そう」


 全く頭の中になかった「報酬」という言葉に僕はどう反応していいのか分からない。遠慮がちな性分が表に出てきてしまい、素直に喜ぶことも出来なかった。


「素晴らしい仕事には正当な報酬が与えられるのは当然のことだ。気にせず受けっとてくれ。こんなモノしか渡せなくて申し訳ないがね」


「あ、ありがたくいただきます」


「よろしい。それじゃあ報酬は下で受け取ってくれ。シリル、あとは頼んだ」


「畏まりました」


 結局、断わることも出来るはずなく。僕は今回の件の報酬を貰うことになる、そして、それで話は今度こそ終わりだと言うようにガイウスさんは立ち上がった。


「それでは今日は本当にありがとう。さらなる活躍に期待しているよ〈救出者リベレイター〉テイク・ヴァールくん」


 ガイウスさんは頬を綻ばせると握手を求めてきた。

 反射的に差し出された手を掴み取り、固く握手を交わす中、僕は気になったことを質問をしてしまう。


「えっ、その〈救出者〉ってなんですか?」


「知らないのか?今回の件で君は一躍話題の人物、周りの探索者が君のことそう呼んでいるらしい」


「…………」


 ガイウスさんの説明に僕は絶句する。

 つまり、それは探索者間での渾名、はたまた通り名……カッコよく言えば〈二つ名〉と言うことになる。


 ───いや、それにしても安直すぎないか?


 微妙に喜びきれない。〈二つ名〉とはある種の探索者の憧れ。認められたようなものである。自分もいつかはカッコイイ二つ名が付けられることを夢見たものだけど───


「これはどうなんだ?」


 ───想像していたものと少し……いや、かなりズレが生じてしまっていた。


救出者リベレイター……カッコイイです!テイクくんにピッタリですね!」


 しかし、今まで静かにしてくれていた隣のエルフの少女はこの二つ目を偉く気に入ったご様子で、目を輝かせて僕の方を見ていた。


 それがまた僕をなんとも言えない気持ちにさせて、僕はモヤモヤとした気持ちのまま探協長の部屋を後にした。







 ───────────

 テイク・ヴァール

 レベル4→5 Lv up


 体力:1761/1761

 魔力:255/255


 筋力:1986

 耐久:1753

 俊敏:2783

 器用:1348


 ・魔法適正

 不屈の焔


 ・スキル

【取捨選択】【強者打倒】

【鑑定 Lv3】【咆哮 Lv3】【索敵 Lv3】

【短剣術 Lv2】【暴虐 Lv1】

【大地の進撃 Lv1】

【堅城鉄壁】+【鋼鉄 Lv1】=【堅城鋼壁】


 ・称号

 簒奪者 挑戦者 選択者

 ───────────



 最後まで読んでいただきありがとうございます。


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