第84話 誓い

 夢を見た。


 無限に続く荒野。視界は灰色の砂嵐で埋め尽くされている。やはりそこは風が強くて、立っているのはやっとだ。


「……」


 その場に立ち尽くして辺りを眺めていれば、次第に砂嵐は晴れていく。だからと言って目の前の景色が息を飲むほど綺麗になるわけでもなく。殺風景だ。


 徐に歩き出す。宛もなく、方角なんて気にせずにただ足を前に出す。

 きっとこうしていれば、また会える気がした。


 そんな予感は的中する。


「……」


 いつの間にか目の前には、その場に座りんこんで何かをしている男の子。

「何をしているのか?」なんて尋ねなくても、少し見遣れば分かる。


 やはり、と言うべきかその男の子は何処かから持ってきた石を一生懸命に、高く積み上げていた。


 一定の高さまで、絶妙なバランスを保ちながら石は積み上がっていく。

 不思議と男の子が石を積み上げる光景は退屈ではなく。石が積み上がる度に見入ってしまう。

 気がつけば僕は男の子の隣に座りんこんで、石が積み上がるのを見ていた。


「……」


 男の子は僕が隣に来ても何も言わずに、黙々と目の前の石に集中している。


 石の塔が一つ、二つ、三つと積み上がったところで少年はその手を止めて僕を見た。

 その瞳はどこか懐かしくて、見覚えがある。前はもう少しはっきりとその顔を見えた気がするけど、今回はどうしてかハッキリとしない。


 目を擦ってもう一度見てみるが視界はボヤけてしまう。「どうしたものか」と困っていると、隣の男の子はポツリと話し始めた。


「思い出した?」


「……うん」


 男の子の質問に僕は反射で答えた。何を思い出したのかは、何となく分かっている。


「もう、忘れないでね?仕方がないことだと思うけど、やっぱり僕も寂しいからさ」


「うん。気をつけるよ」


 頷くと男の子は嬉しそうに笑ったような気がした。聞きたい答えが聞けたのか、男の子は再び石を積み上げ始める。


 コツ、コツ、コツ、と石が積み上がっていく。その度に自分の中にも何かが積み重なる。不思議な気分だった。だけど不快という訳ではなく。寧ろ、それは揺らぎをかき消してくれる。


 不意に、意識がぼうっとする。

 それだけでもうこの夢が終わりなのだと分かった。どんどん意識は微睡んでいく。あと少しもすればこのまま倒れてしまうだろう。


 うつら、うつらと船を漕ぎ始める。

 僕は意識が完全に途切れる前に男の子に声をかけた。


「またね」


「……うん」


 男の子は石を積み上げるのに夢中でこっちを見なかったけど返事をしてくれた。


 ふと、自分がどうして「またね」と言ったのかが不思議に思えた。

 でも、何となく僕はまたここに来る気がしたのだ。


 ・

 ・

 ・


 目が覚める。

 どうにも長い夢を見ていたような気がする。とても鮮明に覚えていたはずなのに、思い出そうとすれば、それは途端に霧散してしまう。


 ───まあ、夢ってのはそんなものか。


 目覚めは悪くない。ならば今しがた見ていた夢は別に悪夢という訳では無いのだろう。特段、思い出す必要性も感じないし、思い出せないのならそれでよかった。


「朝か……」


 体を起こして辺りを見渡す。窓から差し込む光の強さが時間を教えてくれた。


 次に現在地の把握を始める。少し観察をすれば自分がどこにいるのかは分かった。見覚えのある内装に、ベットの質感。そこは間違いなく、もう何度もお世話になっている治療院だった。


 ───もう第二の家みたいな感じだ……。


 思わず苦笑が零れる。

 近くに人の気配はもちろんない。またしても治療院の個室を使っていることに、もう驚きはしなかった。が、誰がこの部屋を自分に宛がったのかは気になった。


 前回はクロックバックさんが気を使ってくれて個室だったが、今回は誰が気を使ってくれたのか……。

 気にはなったが、それはすぐに分かることだろう。次に気になったのは───


「……どれくらい寝てたんだろう?」


 ───自身がどれほどの時間、気を失っていたかだ。大迷宮を出たのが早朝だった。そして間違いでなければ今も朝。と言うことは少なくとも一日以上は寝ていたことになる。


 別に丸一日や二日ぐらい気を失って眠っていても、今更驚きはしないけれど、やはり感覚として勿体無いことをした気分になる。

 それにそれだけ何日も寝込んでいれば起きた最初の瞬間なんて最悪なもんだ。全身気だるくて、酷い怪我を負っていたのなら鈍痛が襲いかかってくるのだ。


「───何ともないな……」


 軽く体を動かして調子を確かめてみる。意外にも体は何ともなかった。気だるくないし、鈍痛が襲いかかってくることもない。至って快調そのものだ。


 ───これも新しく手に入れたスキルのおかげか。


 それと、ルミネとお医者様の治療のおかげ。と付け足してベットから立ち上がって大きく伸びをする。

 歩くことも問題なさそうだったので、人を呼びに部屋を出ようとするとちょうど開こうとした扉が勝手に開く。


「キャッ……!?」


「わっ……!?」


 お互いに扉が開いた先に人がいるとは思わずに驚いた声が出る。

 瞬間、目の前に金糸雀色の長髪が舞った。視線を少し下に向ければそこには体勢を後ろにして倒れそうなエルフの少女。


 咄嗟に僕はその少女の手を掴み取り、落とさないように腰を支えた。


「とと……大丈夫、ルミネ?」


「は、はい……大丈夫……です」


 何とか少女───ルミネが床に倒れるのを阻止して一息つく。そして僕はすぐに謝った。


「ごめんね、いきなり扉を開けちゃって」


「いえ……私も不注意でした……」


 抱きかかえられて呆然とするルミネは目の焦点が僕に合うと、次第に顔を林檎のように赤くさせてしまった。


 ───何か気に触るようなことをしたかな?


 理由を尋ねようとすると彼女は急いで自分の足で立って口を開いた。


「そ、それより、もう体の方は大丈夫なんですか?」


「え、ああうん。見ての通りだよ。またルミネも回復してくれたんだよね」


「はい!」


「いつもありがとうね」


 いつまでも扉の前で話すのもなんなので部屋の中に入り直す。そして僕はベット、ルミネは椅子に座った。


 外に戻ってから僕はすぐに気を失ってしまった。聞きたいことは山ほどある。すぐにルミネと会えたのは運が良かった。

 少し落ち着いて、僕はルミネに質問をした。


「ルミネ、僕たちが外に戻ってからセラちゃん……子供たちがどうなったか分かる?」


「テイクくんが連れ帰った子供たちはこの治療院で一緒に治療を受けて、今はまだ寝ています。全員、命に別状は無いので安心してください」


「そっか……あ、僕ってどれくらい寝てたのかな?」


「大迷宮の入口前で倒れてからちょうど1日です。体の回復も、治療院で本格的に始める頃には殆ど治り始めてたのでお医者様もすぐに退院できるだろうとのことです」


「そっか」


 とりあえずセラちゃん達が無事だと聞けて安心した。


 正直、地上に戻るまでは本当に危険だった。転移結晶で20階層に戻ってからセラちゃん達は一気に体力を失くしてしまった。それは安堵から押し寄せて来た疲労だったのだろう。


 遺跡の階層と違って20階層に戻ってからはモンスターも普通に出てきた。これでさらにセラちゃん達を疲弊させてしまった。地上に戻るまでが本当に長く感じられた。遭遇する敵は大したことなくても、子供たちがいることで油断はできない。


 ───本当に大きな怪我なく戻ってこられて良かった。


 思わず深いため息を吐く。一番聞きたいことは聞けたので、僕は満足した気持ちで他に何か確認しとくことがあっただろうかと考える。すると、ルミネが意を決したように言葉を紡いだ。


「……すみませんでした!!」


「───え?」


 突然の謝罪。僕はその言葉の意味がわからずに首を傾げてしまう。しかし、そんなこと気にせずにルミネは言葉を続けた。


「私、ずっと後悔していたんです。テイクくんにハイランダーコボルトを任せて逃げてしまったことを。あの時はそうするしかないってわかっていてもやっぱり、私はあそこに残るべきだったんです」


「ルミネ……」


「安全地帯に着いてから何度も思いました。私がもっと強ければって、テイクくんに頼りきりじゃダメなんだって……!だから私は決めました!!」


 エルフの少女は声高らかに宣言する。それは、初めて薄暗い穴蔵で出会った時に見た怯えきった少女とはまるで違う───


「私は強くなります!強くなって、テイクくんの隣に堂々と立てる探索者になります!!」


 ───強い意志と、決意の籠った瞳をギラつかせる一人の探索者だ。その誓いの言葉を僕は深く、心に刻み込む。


 今回の探索はお互いに色々と思うことがあった。後悔、屈辱、諦念……様々な苦い思いをした。けれども、それを自覚し、克服しようとする決意をくれた機会であった。


 ───悪いことばかりじゃないんだ。


 今一度、真っ直ぐ少女を見据える。

 それは、自分にも言い聞かせる言葉だ。


「うん!一緒に強くなろう、ルミネ!」


「はい!!」


 固く、握手をする。

 無意識だった。けれど、お互いに迷いなく示し合わせたかのように。


「あはは!やっと言えた!!」


 大輪の華が咲いたかのように彼女は笑う。それは、今まで見た中で一番綺麗で思わず見とれてしまうほどに。


 そんな彼女の頬には一筋の涙も流れて、震えた声で言った。


「本当におかえりなさい……!」


「ただいま、ルミネ」


 そんなやり取りで、僕は本当に帰ってきたのだと実感した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る