第82話 放心状態
通路のど真ん中で、警戒なんて微塵もせずに座り込んでいた。
天翼種の少女───セラちゃんは依然として僕の胸に顔を埋めて鼻を啜っていた。
最初に比べればだいぶ落ち着いたけど、まだ恐怖や安心感など、心の整理が着けられていないのだろう。
恐らく、もうこの階層でモンスターに襲われることは無いだろうし、好きなだけ泣いて貰って構わない。
───さて、これからどうするか。
優しくセラちゃんの背中を叩いて、なるべく落ち着けるようにあやしながら考える。
あの男から子供たちを助けることは出来た。不甲斐ない結果になってしまったが、今の僕にはこれが限界だったとも思う。
まあ、そこら辺の反省は今は後にして、ここからどうやって地上に戻るかだ。
───もう殆ど手持ちの食料や道具は使い切った。上に戻る手がかりも見つかっていない。
普通に考えれば絶望的な状況だ。
この階層の全容も未だに分からないままだし、本当にどうやって上に戻ろう。
問題はそれだけじゃない。
〈蒼き絶望の巨人〉とあの小太りの男との戦闘で僕の体力は限界に来ていた。
少し無理を───いや、かなり無理をした自覚はある。
戦闘中は考えなしだったが、さすがに【強者打倒】の連続使用は自殺行為だ。今も全身が痛くて、立って歩くことができるか少し不安だ。それでも意識を保っていられるのはあの巨人から拾ったスキル【自然治癒】のお陰だろう。
───そういえば、今回の〈試練〉の成功報酬って何だったんだろう?
ふと、胸の中で踞るセラちゃんを見ながら考える。
結局ここまで報酬の確認や、ステータスの変化を確認することなく来てしまった。そんな暇もなかった訳だが、一段落ついた今は別だ。
───せっかくだし確認してみるか。
思い立ったが吉日。僕はすぐに試練の報酬を確認することにした。意識を少し集中させれば目の前には見慣れた表示が現れた。
──────────
報酬の受け取りが可能です。
報酬を受け取りますか?
──────────
「受け取る」
『選択を確認。試練をクリアしたことにより、成功報酬が与えられます。
報酬として〈能力値の解放権〉を獲得しました。〈能力値の解放〉を実行しますか?』
「はい」
『選択を確認。能力値の解放を実行します…………成功しました』
無機質な声は淡々と確認をしてきて、すぐに2度目の成功報酬の受け取りは終了する。
さすがに今回は前回のような特別な報酬はないだろうと、思っていると無機質な声は言葉を続けた。
『〈選定者〉の討伐に成功した為、スキル【取捨選択】より特別報酬が与えられます。報酬を受け取りますか?』
「また追加で何かくれるのか……って選定者の討伐?」
耳馴染みのない単語に首を傾げる。内容から察するに、今回は試練関係の追加報酬じゃなくて、その〈選定者〉を倒したから特別報酬が貰えるってことか?
───選定者……たしか、あの男がそれだって言っていたな……。
思い返してみれば、あの男の言動は色々とおかしかった。子供たちを攫ってきた動機もそうだし、俺のステータスを見て急に態度が変わったり……。
「とりあえず、貰えるなら貰っとこう。受け取る」
『選択を確認。特別報酬としてスキル【精神耐性】を獲得しました』
僕の選択に無機質な声はすぐに返事を返した。
「おお、今回はスキルか」
前回は魔法で今回はスキル。この【取捨選択】から貰える特別報酬というのは報酬がかなり豪華に思える。
今回手に入れたのは単純なスキルに思えるが、その実、とても希少なスキルだ。耐性系のスキルは発現確認が少ないし、持っているだけでその耐性に無敵になる。
───この【精神耐性】はいったいどんな効果なんだろう?
気になって、今手に入れたばかりのスキルの効果を確認する。
────────
【精神耐性】
・効果
精神の乱れが抑えられる。
痛みや苦痛にも強い耐性がつく。
────────
───単純な説明だけど、かなり良いスキルだ。特に痛みや苦痛に強い耐性がつくのはありがたい。
今のこのボロボロな状況にピッタリなスキルだった。確かにスキルの獲得をした瞬間に感じる痛みが和らいだ。これなら動くぐらいなら問題ない。
この耐性がどこまで効果を発揮するのかは分からないが、もし【取捨選択】を使った時に生じる苦痛にも適用ならかなり有難いスキルだ。
「ふぅ……ひとまずこんなもんかな……」
新しいスキルの確認を終えて一息つく。軽くステータスの確認をしてみたが、以前確認した時と数値で見れば大した変化はなかった。
スキル【強者打倒】の連続使用で〈蒼き絶望の巨人〉で拾ったステータスは差し引きほぼトントン……ちょっとお釣りが来るくらいだったし、見た目だけの成果は全スキルのレベルアップと新しいスキルの獲得ぐらいだ。
───ぐらい……って言っても十分すぎるんだけどね……。
「あはは……」
随分と贅沢な思考になったものだ、と自嘲的な笑いが零れる。
一人で空笑いをしていると、今まで僕の胸に顔を埋めていたセラちゃんが僕を見上げる。
「……お兄さん?」
「あ、だいぶ落ち着いた?」
「はい……ありがとうござました」
「うん、全然いいよ」
僕の質問に彼女は頬を恥ずかしそうに染めて頷く。そんな姿に僕の手は無意識に彼女の頭を撫でてしまう。
───そろそろ前の部屋で待たせている子供たちを迎えに行くか。
一頻り頭を撫でて満足したところで、僕とセラちゃんは立ち上がる。彼女は少し名残惜しそうにこちらを見ていたような気がするけど、直ぐにいつもの真面目な様子に戻る。
───まだまだ甘えたいお年頃だもんね。
「よし、それじゃあ帰ろうか」
「はい!」
一生懸命我慢するセラちゃんを微笑ましく思いながら僕らは待たせている子供たちの元へと歩き出す。
ここからあの部屋まではそれほど離れていないしすぐにたどり着くだろう、と考えているとセラちゃんはすぐに足を止めてとある場所を見つめていた。
「セラちゃん、どうしたの?何かあった?」
「あ、お兄さん、あの青く光ってるのってなんでしょうか?」
「青く光ってる……?」
セラちゃんが指さす方向を注視すれば、そこはあの男が死んだ場所。灰が小山のように溜まっているところだった。
よくよく見てみると確かに彼女の言う通り、灰の中に何かが埋まっている。
人が死んで残った灰を漁るのはどうかと思ったが、どうせあの男のものなのだしということで無造作にその埋まってるものを取り出す。
「これは……」
「蒼い……宝石?」
灰の中から出てきたのは蒼く透き通った宝石の玉。見るからにお値打ちなモノに見えるその玉は、灰の中から出てきたということはあの男の持ち物だったのだろう。
───燃えずにこれだけ形を保っていたのか。
男の形見である宝石。何となく、あの男がただの宝石を趣味で持っているとも思えなくて、僕はその蒼い玉を鑑定してみる。
「鑑定」
するとその宝石はこの状況で僕が一番欲していたものだった。
──────
転移結晶(記憶型)
・効果
魔力を流すことで記憶した場所へと転移することができる。
・記憶場所
──────
「これがあれば帰れる!!」
「え!帰れるんですか!?」
「うん!」
思わず出た僕の大声にセラちゃんは更に驚いて大きな声を出す。
どうして男がこんな高価なアイテムを持っているのか?と疑問に思うが、すぐに今までの行動を考えれば納得できる部分もある。
男はこの転移結晶を使ってさらった子供をこの階層まで連れてきていたのだろう。
───結局、ここが何階層なのかは分からないままだけど、これで男の移動方法は納得出来た。
疑問や謎は深まりばかりではあるが、それは今ここですぐに考えるべきことでは無い。
帰れる手段を見つけたのならば、僕がすることは決まっている。
「行こう、セラちゃん!」
「はい、お兄さん!!」
そう、最初からやることは一つだけだ。
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