第76話 遺跡探索

 魔晄石の薄ら明かりに照らされた遺跡。足場の悪い洞窟と比べれば、この階層は探索しやすい部類に入る。けれど、幼い子供にとっては視界が少し悪いだけでだいぶ歩きづらいだろう。


「何があるか分からないからなるべく離れないでね」


「はい……!」


 すぐ隣にいる天翼種の少女───セラちゃんに注意を促すと、彼女はぶらぶらと暇そうにしていた僕の右手をその小さな両手で握ってきた。

 恐らく無意識にしたであろう彼女の行動に僕は驚くこともない。


 ───こっちの方が確実だな。


 別れてしまうリスクを考えればこうして手を繋いでいれば、その心配もない。

 恐怖からカタカタと震えている少女の手を握り直して、先へと進む。


 セラちゃんを助けて、2人でこの階層の探索を始めてから体感で2日経過した。

 今、僕達は他の子供たちが隔離されている部屋を目指していた。


「この分かれ道はどっちか分かる?」


「……多分、右です」


「了解」


 セラちゃんが覚えている範囲で、彼女が来た道を戻っていく。2日も探索を続けていれば、それなりに距離は進むし、彼女の記憶も曖昧なので本当にこの方向に目的の部屋があるのかは分からない。


 しかし、何も考えなしで進むよりは部屋に辿り着ける確率があると信じて、セラちゃんの記憶を頼りに進んでいく。


「……」


 モンスターの反応は今のところない。だが、油断はできない。この2日で何度かあの男の使い魔であろうモンスターの襲撃があった。どのモンスターも額に龍の模様タトゥーがあったから間違いないだろう。


 何度か撃退すれば見張りのモンスター達もセラちゃんを諦めてくれれば良かったのだが、どうやらあの小太りの男は彼女を逃すつもりは無いようだ。


 ───本当に趣味が悪い。


 セラちゃんの話によれば逃げ出した子供は使い魔に殺されて、見せしめとして死体を子供たちのいる部屋へと持ち帰えるらしい。ただでさえ子供の精神では耐えられる状況下では無いのに、それをイタズラに刺激する男の行動。想像するだけで腹が立ってくる。


「大丈夫ですか、お兄さん?」


「えっ、ああ、うん、大丈夫だよ」


 無意識に体に力が入ってしまったのか、セラちゃんはその違和感に気がついて僕の顔を見上げる。直ぐに笑顔を取り繕って誤魔化すが、目の前の少女にはほとんど意味を成さない。


 見た目と年齢にそぐわず、彼女は人の顔色や態度の変化に敏感だ。そして直ぐに気を使って遠慮をするようになってしまう。


 ───子供に気を使わせるなんて何事だ。もっとしっかりしなきゃ。


 今も、不安そうに僕を見つめている少女。自分の不甲斐なさを叱責して、思考を切り替える。


 少し考え事に夢中になって気を散らしているようではいけない。ただでさえ、特殊な状況なのだ。モンスター以外にも気をつけることは沢山ある。


 全く探索慣れしていない子供との探索。歩く速度や、周囲の安全確保はもちろんのこと、心のケアが一番重要だ。

 僕が感情的になればそれだけでセラちゃんを不安にさせてしまう。


 一見、普通の子供よりも大人びて、しっかりしているように見える。しかし、それでもその内は言葉では簡単に言い表せないほど混乱し、恐怖しているだろう。


 ───何か気を紛らわせられる話でもできればいいんだけど……。


 悲しいかな、口下手で言葉の引き出しが極端に少ない僕には何を話せばいいか分からない。だが、何も会話がないというのはやはり精神的に来るものがある。


 依然としてセラちゃんは気を使っているのか僕の方をチラチラと見て、様子を伺っている。

 その視線に耐えきれず、僕は適当に口を開いた。


「セラちゃんは兄弟とかいるの?」


「えっ?兄弟ですか?」


「うん。まだちっちゃいのにしっかりしてるし、弟か妹でもいるのかなぁ〜って」


 一瞬、この状況で家族の話題は不謹慎だったかと思ったが、セラちゃんは気にした様子もなく言葉を返す。


「たくさんいます」


「へぇ、なん人兄弟なの?」


「15人です」


「15……ってかなり多いね」


「はい。と言っても血が繋がってる訳じゃないんですけどね。私、孤児院に住んでるです」


「……」


 彼女の「孤児院」と言う言葉に僕は思わず詰まってしまう。別にそういった事に偏見がある訳では無い。けれどおいそれと他人が触れてはいけない部分だと認識している僕は言葉を失う。


 けれど、セラちゃんはそんな僕を気にせずに優しく微笑んで言葉を続けた。


「本当に手がかかる子達ばかりで、私が毎朝起こしてあげないといつまでも寝てるんですよ?」


「そ、そうなの?」


「はい!それで、寝癖とかも私が直さなかったら放っておく子ばかりで。この前の朝だって───」


 そこから彼女は本当に楽しそうに色々な話を聞かせてくれた。


 朝のお祈りでいつも居眠りする子がいた。ご飯の時はいつも食べ物の取り合いだ。協会の手伝いをしなければおやつが抜きだ。シスターに褒められるのが好きだ。孤児院のシスターや子供たちを本当の家族のように大事に思っている。


「───私が居ないとあの子たちは朝も満足に起きられないんです。だから私はあそこに帰らないとダメなんです」


 本当にその場所が、その人たちが大切なのだと彼女の言葉から伝わってくる。

 自分に言い聞かせるように僕はその少女に言った。


「うん、そうだね。絶対に帰ろう」


「はい!」


 短いやり取り。会話はそこで終わってしまう。けれど、そこに妙な気まずさは無くなっていた。気の所為か、彼女の握る手の力が少し優しくなったような気がする。


 ───絶対に地上に戻ろう。


 少女の話を聞いてそんな思いがさらに強くなった。そのためにはまず、他の子供たちが囚われている部屋を早急に見つけなければ。元々、「助けない」と言う選択はなかったが、これは隣の女の子の願いでもあるのだ。


 ───今、この子達を助けられるのは僕しかいないんだ。


 再確認をする。感覚は研ぎ澄まされて、深く、集中していくのが分かる。


 ───もう、一度たりともあの男にこの子を傷つけさせはしない。


 脳裏によぎるのは腹の立つ笑みを浮かべた小太りの男。それと同時に、スキル【索敵】にモンスターの反応をキャッチした。


「モンスターだ。セラちゃん、そこの陰に隠れて」


「は、はいっ……!」


 咄嗟に繋いだ手を離して、腰に帯びた黒の短刀を構える。

 少し先の闇に映るのはきらりと光る6つの赤い瞳。それはこの2日間で見飽きた光景だ。


 ───ブラック・ライオネルか。


 即座に近づいてきたモンスターの断定をして、一足に飛び出す。

 無駄な時間は掛けない。もうそれらを余裕で相手取るには十分な戦闘回数があった。


 そうして、僕は今日何度目かになる使い魔との戦闘を開始した。

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