第74話 情報整理

 天翼種の少女───セラちゃんを助けてから、10分ほど経過した。

 彼女は「助かる」という安心感からか盛大に泣いてしまい。ようやくそれが収まろうとしていた。


「うぐっ……すみません。ご迷惑をかけて………」


「全然迷惑と思ってないよ。気にしないで」


「ありがとうございます……」


 綺麗な布をセラちゃんの目元にあてて優しく涙を拭ってあげる。彼女はとても申し訳ななそうに僕に謝るが、全くもって僕自身はこのことを気にもしていなかった。


 ───寧ろ、この歳であれだけ落ち着いていた方がすごい。普通は今の方が当然の反応だ。


「はい、これ飲んで」


「えっ……いいんですか?」


 呼吸が整ってきたセラちゃんに僕は水筒を手渡す。ここまで満足に水を飲めていなかったのかセラちゃんの呼吸は整ってなおとても浅くて、聞いてるだけで心配になってくる。


「もちろん。常温で申し訳ないけどね」


「ありがとうございます……!!」


 手渡した水筒を勢いよく煽る少女。その姿に本当に限界だったのだと思う。本当に助けるのが間に合って良かった。


 ───さて、これからどうするか。


 たった数秒で私たち水筒の中身を全て飲み干してしまったセラちゃんを眺めながら考える。

 思考を巡らせていくうちにいくつか確認したいことが出来てきたので、セラちゃんに質問をする。


「えっと、この階層にはセラちゃんの他にも攫われてきた子供たちがいるんだよね?」


「え、あ、はい。います。あの変な男がこの遺跡にある小さな部屋に私たちみたいな子供を隔離してます」


「そっか───」


 やはり、ここに彼女がいるということは、あの小太りの男と他に攫われてきた子供たちもいる。だとしたら他の子供たちも助けたい。しかし、問題はその部屋がどこにあるかだ。そもそも、どうして一緒くたに隔離されているはずのセラちゃんが1人でこんなところにいるのだろう。


「───セラちゃんはどうして1人でこの階層にいたの?」


「……逃げ出しました」


「逃げ出した?その隔離されてる部屋にあの男はいないの?見張りとか……?」


「いません。逃げ出すこと自体はどんな子でも出来ると思います。けど───」


 1人でいた理由を聞いて見るがイマイチ要領が掴めない。


 ───なぜあの小太りの男はせっかく攫った子供たちをこんなところで放置したんだ?


 そんな疑問は次に続いたセラちゃんの言葉で晴れる。


「───逃げ出した子供はさっきみたいに変な模様があるモンスターに捕まって殺されるんです」


「っ!!」


「あのモンスターはあの男の人の〈使い魔〉?と呼ばれていました」


 ───なるほど、そういう事か。


 さっき倒した黒獅子ブラック・ライオネル。あいつらはこの階層に生息するモンスターではなく、あの男の使い魔だったのか。そしてその使い魔が子供たちの見張りをしていると……。


「ん、待てよ……」


 そこで僕は20階層で戦った〈ハイランダーコボルト〉の事を思い出す。あのモンスターにも額に黒獅子と同じような模様があった。そして出現したタイミングも不自然で、あの男を守るようにして……。


 ───合点がいった。


 あのハイランダーコボルトも男の使い魔なのだろう。というか、これは確定だ。そうなれば色々と疑問だった謎が解けていく。


「それじゃあ、あの男はセラちゃん達を直接見張っていた訳では無いと……」


「はい」


「どうして男がセラちゃん達をずっと見張っていないのかって、理由は分かる?」


「ごめんなさい……分かんないです。でも、あの人は私たちを部屋に置いたら直ぐにどこかに消えてしまいました」


「そっか……うん、色々と教えてくれてありがとうね」


 申し訳なさそうに謝るセラちゃんの頭を優しく撫でて僕は思案する。


 どうしてか分からないけれどあの男はここで子供たち一旦留置する。それも彼女の口ぶりからかなり長い間だ。その間の見張りは奴の使い魔のモンスター達。


 となると、使い魔を何とか出来れば男の目を盗んで子供たちを助けることが出来る。その使い魔が問題な訳だが、今倒した黒獅子程度ならば1人で問題なく対処できる。またハイランダーコボルトのような高レベルのモンスターが大量に出てきたら厳しいかもしれないが───


「やるしかないか」


 ───悪いことばかりを考えても行動を鈍らせるだけだ。


 新しい情報と手持ちの情報を擦り合わせて整理がある程度終わると、僕の次の行動は決まる。改めて手持ちの荷物の確認をしているとセラちゃんがおずおずと声をかけてきた。


「あの……お兄さん、ごめんなさい。ちょっといいですか?」


「ん?どうしたの?」


「その、ひとつお願い……と言うか、これから助けてもらうのにこんな事を言っちゃダメなのはわかってるんですけど……」


 セラちゃんは手をもじもじと遊ばせて顔を俯かせる。どうにも気を使ってしまいすぎる彼女の、その年齢にそぐわない態度に僕は思わずこんな質問をしてしまう。


「セラちゃんって今いくつだっけ?」


「えっ……私ですか?」


「うん」


「9歳です……けど、それが何か?」


 セラちゃんは質問の意図が汲み取れずに困惑しながらも素直に答えてくれた。それを聞いて僕は務めて優しく言葉を続けた。


「そう、君はまだ子供だ。なら、そんなに気を使わなくていいよ。僕はもう君を助けると決めたんだ。なら何があっても僕は君を守り抜く。だから何か困ったことや、頼みたいことがあるなら遠慮なく言ってよ」


「いいん……ですか?」


「もちろん」


 それでもまだまだセラちゃんは遠慮するように困った表情のままだ。しかし、彼女は僕の目を真っ直ぐに見つめると決心が着いたように言葉を続けた。


「その……他に捕まっている子達も助けて貰えませんか!?」


 いったいどのような無理難題がセラちゃんの口から出てくるのかと思ったが、それはとても彼女の為人が分かるものだった。


「うん、いいよ。と言うか最初からそのつもりだった」


「…………え?」


 なんだかおかしくて僕は少し笑いながらセラちゃんのお願いを了承した。そして、またも彼女は僕の返答に固まってしまう。


 ───本当に優しい子なんだな。


 自分の命が危ない状況で、他人のことも気にかけて、ましてや「助けて欲しい」とお願いする。それは人としてはふつうのことなのだろうけど、この極限状態でできることかと聞かれればそういうものでもない。


 ───これは改めて気合いを入れ直す必要がでてきたな。


 またも泣き出しそうな少女の頭を優しく撫でてながら僕はそう思う。

 そうして僕達の救出作戦が始まる。

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