第73話 黒獅子
思いのほか、悲鳴の発信源へはすぐにたどり着けた。
たどり着いた先、目の前に飛び込んできた光景はまさに絶体絶命。一人の少女が複数───3体の黒い獅子に追い詰められていた。
今にもその華奢な身体を噛み砕かれようとしている少女は、見るからにこの大迷宮にいるには不自然で、その違和感を加速させるように首輪と手枷が嵌められていた。
考えるまでもなく、その少女があの小太りの男に攫われてきたのだと言うことは分かる。どうして、一人なのかは分からないが……今はそれりも───
「───っ!!」
───助けることが先決だ。
床を這うように駆ける。短刀を逆手に構えて、僕はそいつらの前に躍り出た。
少女に襲いかかろうとする牙を一振で砕く。
「グルゥガァ!?」
情けのない獣の悲鳴が聞こえるが僕はそれを気にせず、背後で尻もちをついてる少女を落ち着かせることに務めた。
「もう、大丈夫だからね」
「えっ…………?」
怖がらせないように微笑むが、少女は恐怖するどころか、何が起きたの分かっていないようで困惑した表情を浮かべた。
───まあ、そうだよね。
最もな少女の反応に納得して、僕は目の前の黒獅子へと視線を戻す。
そこには牙を砕かれ悶絶する1体の黒獅子とそれを心配している2体の黒獅子。
「ブラック・ライオネル、か……」
その黒獅子は大迷宮第39階層に生息するレベル4のモンスター。と、言うことはこの遺跡は39階層以降の階層になるのだろうか。
「鑑定」
分からない。しかし、今はここが何階層か考察している場合では無い。
初めて遭遇するモンスター。僕は無意識にスキルを発動させて、目の前の黒獅子のステータスを見た。
─────────────
ブラック・ライオネル
レベル4
体力:986/986
魔力:150/150
筋力:1150
耐久:956
俊敏:1356
器用:110
・魔法適正
土
・スキル
【疾走 Lv2】【恐怖の牙 Lv2】
・称号
闇の使い魔
─────────────
ステータスの差は歴然。20階層で戦った〈ハイランダーコボルト〉と比べれば大したことは無い。しかし、それでも強いことには変わりない。特に注意するべきはそのスキルだ。
「数で制圧される前に終わらせる!」
睨み合いを辞めて、先に均衡を破ったのは僕だ。一足に黒獅子たちへと飛び出す。
悶絶していた先頭の黒獅子は何とか体勢を建て直して、僕を迎えた。
牙は砕いた。ならば黒獅子の次の攻撃手段はその両足に携えた鋭利な爪だ。
上段から叩きつけるように振り下ろされた黒獅子の右前脚。それを僕は下から迎え撃つ形で〈不屈の黒鐵〉を振り上げた。
「っ!!」
「グルゥガァ!!」
牙と刃がかち合う。鋼の甲高く弾ける音と火花が散った。力の差は互角……とはいかず、今の一合の軍配は僕に上がる。
「グギャァ!?」
黒の短刀は刃こぼれ一つせずに黒獅子の鋭利な爪を切り落とす。この短刀にかかれば例え鋼鉄と謳われる硬さでも難なく斬り伏せることが出来る。
再びの黒獅子の悲鳴に残りの2体の黒獅子はまたも目を開く。しかし、今度は見ているだけでなく、奴らも戦闘へと加勢に来た。
両側面から叩くように散開し、2匹の黒獅子は異様な速度で僕に襲いかかってくる。
ギリギリ目で終える速さ。恐らく、スキル【疾走】で俊敏に補正をかけているのだろう。予想したよりも速いが、けれど、対処できない道理はなかった。
「灯れ」
一言。魔を帯びた力あるその言葉は何かの法則をねじ曲げたかのように、炎を生み出す。右側に炎の壁を出現させて飛びかかってくる1体の黒獅子を拒む。そして左から襲いかかってきていた黒獅子に刃を向けた。
「は、ぁあっ!!」
「グルゥアッ!?」
黒い短刀を横に一薙。それだけで黒獅子のその剛毛に守られた太い首を跳ねることができる。沈痛な雄叫びと、鮮血が飛び散って、視界の端に切り落とされた首が舞う。
───まずは一つ。大丈夫、スキルの加速も見切れた。1体の牙は使い物にならないし、もう1体は火に怯えている。もうこいつらは瓦解している。
「っ………!!」
状況を端的に整理して、勝機を見出す。
戦闘は大詰めだ。あとは迅速に戦意の消え失せている獣どもを屠るだけ。
先ずは炎の壁に阻まれ、その黒艶な毛を焦がしている黒獅子へと接近する。見るからにさっきまでとは様子が違うそいつは僕が接近しても怯んだままで、そのまま無抵抗に身体を真っ二つにされた。
───これで2つ。
床に斃れるそいつから視線を切って残りの1体へと迫る。
先の2体と比べて残りの黒獅子は満身創痍だ。牙を砕かれ、右前脚の爪も失っている。加えて奴は完全に恐怖していた。
「グルゥア!!?」
情けなく。その黒獅子はしっぽを巻いて逃走を図る。しかし、その選択は愚行だ。いや、もうここまで疲弊していてはどう行動しようともそれは命に関わる。
結局、この黒獅子の運命は1つしかない。
「ごめんな」
背後から一閃。黒獅子を真っ二つにする。妙な申し訳なさが込み上げてくるが、すぐにそれを拭う。
「ふぅ……」
短刀に着いた血糊を払えば戦闘は終了する。辺りの警戒をするが他にモンスターの気配は無い。とりあえずの安全を確認して一息。僕は依然として尻もちを着いている女の子の元へと戻った。
そして女の子の前へとしゃがみこんで僕は声をかけた。
「大丈夫?」
「えっ……あ、その……」
しかし返ってきたのは困惑や恐れ、状況の理解が追いついていないような狼狽えた声だった。まだ幼いのだ、状況的に女の子がこうなるのは仕方がない。
僕は務めて優しく怖がらせないように言葉を続けた。
「僕の名前はテイク、探索者だよ。君の名前は?」
「せ……セラ……」
「セラちゃんか、よろしくね」
僕の「探索者」と言う言葉に女の子は明らかに安堵した表情を見せる。そして今まで隠していた顔を見せてくれた。
腰まで伸びた金髪に、湖を思わせる碧眼。幼いながらに顔立ちも整っており、将来は別嬪さんになることだろう。そして、やはりと言うべきかその子は普通の人と違った。
───天翼種か……。
それは異種族の中でも特に珍しい天使の末裔。女の子───セラちゃんの背中には一対の白い翼があった。
本来は純白の綺麗な翼なのだろう。けれど、今はその翼も黒く薄汚れていてた。
それだけで彼女がどれだけ辛い思いをしてここまで来たのかが想像できた。
僕は確認の意味も含めてセラちゃんに質問をする。
「……セラちゃんはここに一人で来たわけじゃないよね?」
「う、うん……」
「変な礼服を来た、小太りの男に攫われてきた……で、あってるかな?」
「…………」
二度目の返事は声に出なかったが、セラちゃんはこくりと頷いた。
───やっぱりそうか。
彼女の返答で確信に変わる。
この階層にあの男もいる。そしてやつに攫われてきた子供たちも。
それならばこれからやるべき事は───。
「あ、あの!!」
「ん?どうしたの?」
無意識に思考を止めて、セラちゃんに意識を向ける。彼女は焦ったような、迷ったような視線を向けて言葉を続けた。
「その……こんなことお願いして迷惑かもしれないですけど……私たちを助けてください!!」
「うん。もちろん」
「本当に勝手で、ワガママなのもわかってます。絶対にこの恩はお返ししますから…………って、いいんですか!?」
僕の返答が以外だったのかセラちゃんは心底驚いた表情をすると詰め寄ってきた。
何とも年齢にそぐわない態度と言葉遣いに違和感を覚える。
──見た目よりもしっかりしてるなぁ。
なんて感想を浮かべながら僕は笑みを返した。
「もちろん。乗り掛かった船だ、このまま放っても置けない。僕がセラちゃんを家まで絶対に帰してあげるね」
「っ……ほ、本当に?」
「うん」
「嘘……じゃないですよね?」
「男に二言はないよ」
「よ、よかった……本当によかった……これで、助かる……」
信じられないと言った様子でその妙に大人びた女の子は泣き出してしまった。それが安心感から来るものだとわかっていても、女の子を……それも幼い子供を泣かせてしまったと思うと心苦しいものがある。
僕は流れる涙を一生懸命に拭っているセラちゃんの頭を優しく撫でて落ち着かせることしか出来なかった。
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