第71話 遺跡
そこはいつもの
「……」
視界に収まる範囲を少し観察するだけで、その違いにすぐに気がつく。いつもの殺風景な穴蔵ではない。そこには苔むした岩煉瓦の壁に床。等間隔で壁に埋め込まれた魔晄石のカンテラ。
一言で現すのならばそこは遺跡だった。
「……」
状況の理解が追いつかない。
短時間で2度の転移。普通ではありえない確率の体験をして、気がつけばこんな訳の分からないところまで来てしまった。
それに加えて今いる場所は到底、大迷宮の中とは思えなかった。「薄暗い」と言う点は同じだが、そこには天と地ほど差がある。
明らかな人工物。それがどうも僕の感覚を狂わせる。
───こんな階層、聞いたことないぞ。
自分の知識には無い光景にやはり混乱するしかない。
基本的に大迷宮の中というのは〈洞窟〉で固定されている。深層ともなればその限りでは無いが……。
───森や渓谷なんてのは聞いたことはあるけど……。
しかし、〈遺跡〉と言うのは聞いたことがなかった。
もう本当に自分が今、何階層にいるか、なんてことが分からなくなってしまった。
探協に記録されている情報にはない光景。そこは完全に未開の地だった。
───どうする?
辺りにモンスターの反応は無い。加えて小太りの男と子供たちの反応もだ。
モンスターではなく、元々そこに設置してあった転移トラップによってここに来た。
完璧に同じ位置にあったトラップを経由してここに来たが、果たしてあの転移トラップは予めて設定された場所に転移させるものか、それとも完全ランダムで転移させるものなのか……。
───そもそもここは大迷宮の中なのか?
ここまで来るとそれすらも怪しくなってきた。階層の構造的にも理屈で考えるのならここは深層のはずだ。だけど、やっぱりいくら思い返してみても〈遺跡〉の階層なんてのは聞いたことがなかった。
それならばここはまだ誰も到達したことのない、本当の意味での未開の地───未到達階層ということになる。
しかし、それは転移トラップの常識的にありえない話だ。基本的に転移される場所は「人類が到達したことのある階層」というのが常識だ。
───いや、その考えだって確証のないものだ。状況的に未到達階層に転移させられと考えた方がしっくりくる。
どちらにしたって状況は全く変わらない。このまま何もしなければただのたれ死ぬだけだ。
この階層にあの男がいるのならば、探し出して子供たちを助けたい。それに色々と知っていそうなあの男に色々と聞き出したい。だけど、生き残ることが先決だ。子供たちのことは気になるけれど、まずは上を目指そう。
「……行こう」
思考を区切って歩き出す。
そうして僕は不気味な遺跡の探索を開始した。
・
・
・
遺跡の探索をはじめてからどれ程の時間が経過しただろうか。数分か、数十分か、数時間か数日か。時間の感覚が無くなりつつあった。
普段ならば懐中時計で時間を確認するのだが、この階層は磁場が狂っているのか頼みの時計は機能しなくなっていた。
体感にして3時間は歩いたと思う。
───代わり映えのない景色はいつもの事だけど、さすがに生き物の気配が無さすぎる。
無数に続く道をマッピングしながら進んでいるが、今のところ探索者はもちろん、モンスターとの接敵は一度もなかった。スキル【索敵】にも反応は皆無だった。
一見、順調に思えるが、逆にここまで何にも遭遇しないとなると不気味にさえ思えてしまう。大迷宮を探索してきてここまでモンスターと遭遇しなかったのは初めてのことかもしれない。
───それに予想以上にこの階層は入り組んでるし、広いみたいだ。
歩みを進める足をピタリと止めて、もう何度目かも分からない分かれ道に当たる。さっきは二又で、今度は三又。これだけ道の選択を迫られていては道順を書き込んでいる地図がぐちゃぐちゃになっていく。こんなに面倒なのは初めてだ。
「……ダメだダメだ。適当になるな、右だ」
それでもだれること無く。一貫した道の選択をして地道に潰していく。
ここで無闇矢鱈と進んでいては、後々自分の首を絞めるだけだということは分かりきっている。
簡単な地図に道を書き起こして三又の一番右の道を進む。
そろそろ
───これは改めて覚悟を決める必要がありそうだ……。
数時間やそこらで上に続く道を見つけられるとは思っていなかったが、これは数日……下手すれば数週間はこの階層を彷徨うことになりそうだ。それほどまでにこの階層の全貌が掴めず、その広さを実感させられる。
───あまり気負いすぎてもいけない。そろそろ一度休憩をしてもいい頃かもしれないな。
正確な時間は分からないが、結構な時間を探索した感覚はある。まだ、体は問題なかったが無理をする必要なかった。今しがた、長期戦になるかもしれないと覚悟をしたのだ。疲れる前に休むべきだろう。
「……」
道のど真ん中だが、そんなことは気にせず僕はその場に座り込む。鞄の中から水筒を取り出して、必要最低限の水分補給をする。
2週間分の食料と水はあるが、何が起こるかわからない。こういった小休憩でも徹底した管理が必要だ。
「ぷはぁ……生き返る……」
常温だが、久しぶりの水分補給に体の芯から水が染み込んでいく感覚を覚える。無意識に体は疲れていたようで、その感覚を皮切りにどっと倦怠感が襲ってくる。
───それもそうか……。
そもそもの状況が異常的なのだ。
今、都市で問題になってる人攫いの現場を目撃して、その相手に逃げられる。その階層に到底いるはずのないモンスターと戦って、これまたありえないトラップに引っかかって謎の場所へ転移。そしてその飛ばされた場所でも転移をして、明らかに深層と思わしき階層への転移。
これで疲れない人間などいないだろう。やはり一度休憩をとって正解だった。
「……」
何となく無心になりたくてポケットから取り出した懐中時計を見つめる。
何の変哲もない鉄でできた無骨な時計。でも、僕はこの時計を気に入っていた。
これは探索者になった時にアリシアがお祝いでくれた物だった。適当な雑貨屋で買ってもらった時計。かれこれもう6年もこの時計を使っていた。今まで一度もその秒針がズレることは無かったが、ついにそれもこの階層で滅茶苦茶にズレてしまった。
「戻ったら直さないとな……」
クルクルと回り続ける針を見ながら独り言ちる。どうしても上に戻らないと行けない理由がまた一つできた。弱音ばかり言ってなんていられない。
───行くか。
まだ少し重い腰を無理やり持ち上げて立ち上がる。大きく伸びをして気持ちを入れ替えていると、不意にそれが聞こえた。
いやぁああああああああぁぁぁぁッ!!!
悲鳴。それはとても遠くからこだまして届いたものだったが、聞き間違えでも幻聴でもなかった。微かに耳朶を震わせる感覚は本物だ。
「っ!?」
即座に【索敵】を張り巡らせて辺りに生き物の反応がないかを確認する。声が聞こえたのならほんの僅かでも【索敵】は声の発信源をキャッチするはずだ。
「奥か!!」
案の定、本当に微かではあったがスキル【索敵】はその声の発信源の方向を教えてくれた。
かなり離れている。
けれど聞こえてきたのは悲鳴、予想が正しければ幼い女の子のものだった。
───やっぱりあの男もこの階層に来ていたのか?
咄嗟に脳裏によぎるのはあの腹の立つ笑みを浮かべた小太りの男。無意識に体が強ばるが、今は無駄に考えてる暇は無かった。
この階層に攫われた子供たちがいるなら話は別だ。今までの思考を全て消し去って、新しい思考へと切替える。一先ずは───
「助けに行かなきゃ!」
───悲鳴のした方へと全速力で向かうべきだ。
今までの体を蝕んでいた気だるさなど忘れて、僕は声のした方へと走り出した。
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