第70話 二度目の
淡い光に包まれて次の瞬間、目を開けるとそこは相も変わらず薄暗い洞窟の中だった。
一瞬、何が起きたのか思考が追いつかないが、直ぐに冷静さを取り戻す。
───ここは……?
一見、何も変わっていないように思える。けれども確かにそこは先程まで僕がいた場所ではなかった。
少し観察すれば自分がいる場所に激しい違和感を覚えた。
道の幅、天井の高さ、魔晄石の数や位置、地面の細かい感触の違い……。なるほど、確かに自分はあの
もっと深い階層……それこそ50階層以降でしか出現しないと言われていたレアモンスター〈
スキル【転移】。その効果は自分や近くにいるモノを別の場所へ移動させるというもの。飛ばされる場所は地上か、はたまた上空、水中、地中かはスキルの使い手次第。つまり害悪極まりないスキルなのだ。
最悪なトラップモンスター〈転移鼠〉と言えば知らない探索者は居ない。
どうしてそんなモンスターがあんな上に階層にいたのかは分からない。けど一つ分かることは僕は今、とても危険な状況だということだ。
───飛ばされた場所が水中や地中じゃなくて助かったけど……。
問題はここが大迷宮の何階層なのかだ。スキル【転移】は本当に規則性が皆無なスキルだ。元々いた階層より上に飛ばされるのか、下に飛ばされるのか。最前線である58──今は59か──階層に飛ばされれば即死亡確定。
唯一の救いは今まで人類が到達した階層には転移しないということ。まあこれは確実性のない、噂のようなものだから大して安心要素にはならないのだが……。
「見た感じ今まで来た地形でもないし、まず上の階層はない。なら、確実に26階層よりは下ってことになるか」
今まで行ったことがある階層は〈鉱脈地帯〉である26階層まで。今いる場所はそれより上の階層でみた光景とは一致しなかった。
そうなると困った。基本的に階層の区別の付け方とはそれまでに探索した感覚と、順序を踏んで階層から階層を下ることで把握するのだ。到達した階層がまだそこそこな僕ではいきなり転移されてもそこが何階層かはすぐに判断できない。
───困ったな。
幸い、近くにモンスターの反応は無いから直ぐに襲われて死ぬことは無いだろうが、諸手を挙げて喜べる状況ではない。
「それにルミネも心配だ」
加えて先程の〈ハイランダーコボルト〉との戦闘でルミネとは一時的に別れる形になってしまった。恐らく無事に安全地帯へと逃げてくれたと思うが、彼女は今の僕の状況を知らない。
今のルミネの実力なら一人でも地上へ戻ることはできるだろうけど、いつまでも戻ってこない僕を気にして下手に探し回るなどの行動に出てしまえばその限りでは無い。
状況的にルミネとは直ぐに合流できないだろう。それどころか生きて地上に戻れるかも怪しい。願わくば事態の異常性を察知して、懸命な選択───即刻、地上への帰還を果たして欲しい。
「こればかりは信じるしかないか……」
一度その場に座り込んで荷物の確認をする。
現在地は不明。しかし、確実に初めて訪れるであろう階層。上への階層へと続く道も検討がつかない…………。
───確実に大迷宮の中で数日は過ごすことになる。
そうなってくると大事なのは今持っている荷物だ。
───食料は? 飲水は? ポーションのストックはあとどれくらい残っている? その他の消耗品類はどうだ?
次々と決して大きくは無いカバンの中身を漁って、自分はあとこの大迷宮にどれくらい居られるのかを試算する。
食料と飲水は以外にも余裕がある。【取捨選択】の亜空間にも緊急時用として2週間分の食べ物と水が入れたあった。これなら当分は、生きていくだけなら問題ないだろう。備えあれば憂いなしとはまさにこの事だ。
「心配なのはポーションか……」
決して安価ではない回復ポーションが6本。魔力ポーションは手持ちがない。
先程の〈ハイランダーコボルト〉との戦闘で負った傷を回復するために今から一本ポーションを使うので残りは5本……これじゃあ心許ない。
元々、長時間の探索をするつもりはなかったし、それほど数は持ってきていなかった。亜空間にもストックはないし……こればかりは仕方ない。
───できるだけ戦闘は避けて……被弾も減らさなきゃ。とりあえず辺りにモンスターは……。
軽く辺りを見渡して、スキル【索敵】で更に詳しく深いところまで辺りの警戒をする。数十秒とかからずに辺りの安全を確認できた。とりあえず、直ぐにモンスターに襲われることは無さそうだ。
「ふぅ……」
安堵のため息を零して、【索敵】を切ろうとする。
───状況の整理は一応できた。次はどうするべきか…………っ!!
その直前、脳裏に張りつめた糸が弾かれるような感覚がした。
その感覚はスキル【索敵】が索敵範囲内に生物の反応をキャッチした時のものだ。
「っ……!!」
咄嗟に腰に帯びた〈不屈の黒鐵〉を抜く。モンスターかと警戒を強めるが、どうやら違う。その反応は予想よりも多くて数にして20弱。どうもこちらに近づくのではなく、遠のいている。
───探索者か?いや、それにしては数が多すぎるような……。
疑問が浮かぶが、だがこれは僥倖だ。
もしかしたら大規模な
「よし」
そうと決まれば行動に移すまで早かった。
反応を見失わないように足早に僕は奥へと進み始めた。
【索敵】に引っかかった一団の進む速度は以外に遅い。このまま行けば数分と経たずに追いつくことが出来るだろう。
「……」
少し疲れるが常に【索敵】を張り巡らせて、モンスターの警戒も怠らない。少し足場の悪い道を気にすることなく、進んでいけば直ぐにその後ろ姿を捉えることが出来た。
───これで状況は良くなるはずだ。
そんな淡い希望が脳裏を過ぎるが、直ぐにそれは打ち砕かれることになる。
だんだんと明らかになるその後ろ姿。しかしそれは何故か見覚えがあって、それも本当に直前に見た気がする小さな後ろ姿で───。
「っ……!!」
そこで僕は気がつく。その後ろ姿はさっき小太りな男に連れていかれる一人の子供の背中だということに。
咄嗟に、体は動き出す。
直ぐに子供の背中の奥に趣味の悪い礼服の後ろ姿を捉えられた。
───今度は逃がすか!!
転移したその先にどうしてあの男がいるのか?
そんな疑問が浮かぶが、今はそんなことを悠長に考えている暇は無い。
今度こそあの男を捕らえて、子供たちを助ける。そんな一心で僕は洞窟内を駆け抜けた。
一瞬にして狭い道を抜けて大きな空間へと出る。そこは所謂、
もう目と鼻の先の距離まで詰め寄った僕は、次の一足で男に詰め寄ろうとしたが、それは叶わない。
「なっ……消えた!?」
今まで確かに捉えていたはずの小太りな男と子供たちの姿。しかし、どういう訳か男たちの姿は次の瞬間に綺麗に消えた。
まるでそこから、どこが別の場所へと転移したかのように。
「どうなってるんだ?」
まるで幻覚でも見せられていたような気持ちの悪い感覚に、一瞬で血の気が引いていく。
僕は短刀を手に握ったまま、恐る恐る男がいた場所へと向かう。
別におかしなところはない。至って普通のその場所に頭の中はさらに混乱していく。
スキルの反応もあったし、確かにそこに男と子供たちはいた。けれど急に消えた。それはさっきの自分のように〈誘う
───まさかここにも転移トラップが?
脳裏に一つの可能性が過ぎるが辺りにそれらしきものは見当たらない。〈誘う灰鼠〉どころかスイッチらしきものもない。
ならばどうして男は一瞬にして姿をくらませたのだろうか。
「…………」
その場に立ち止まって思案するが全く検討は付かない。
あの男と遭遇してから、分からないことだらけだった。一つの疑問から膨れ上がるように、次々と意味不明なことが起こる。
───いったいなんだっていうんだ。
思わずそんな愚痴が零れそうになるが既のところで口には出さない。
頭が混乱しすぎている。子供たちは心配だが、少し落ち着く必要があるかもしれない。
そう判断して一旦、その場に腰を下ろそうとしたところで僕はそれに気がついた。
「……え?」
妙に足元が眩しくて、吊られるように視線を下へと向ければそこには青白く発行する魔法陣。それは俗にトラップの発動を示唆するもの。
───っ!!どしうして急に?何か発動の
咄嗟に跳躍してトラップの有効範囲内から逃れようとする。が、僕の行動は少し遅かった。
「くっ………!!」
急激に何かに引きずり込まれる感覚。視界は青白い光に覆い尽くされて妙な浮遊感までやってきた。
この感覚には覚えがある。ついさっきも体験したばかりだった。
「まさか……」
そのまさかであった。
青白い光に飲み込まれた僕の意識はほんの少しだけボヤけたように薄くなる。
そして次に目にした光景はまたしても先ほどいた場所とは別の全く身に覚えのない光景だった。
「…………」
その日、僕は短時間で2度目の転移を体験した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます