第69話 初体験
突如して眼前に出現した、額に龍のような
その数は全部で6体。決して
スキル【鑑定】で一体のハイランダーコボルトのステータスを見る。
今度はしっかりと目の前に表示されたステータスに僕は内心で舌を打つ。
─────────────
ハイランダーコボルト
レベル5
体力:1036/1036
魔力:0/0
筋力:1980
耐久:1685
俊敏:1080
器用:110
・魔法適正
無し
・スキル
【咆哮 Lv3】【刀剣術 Lv2】
・称号
紅の戦士
─────────────
流石は大迷宮第40階層以降で出現するモンスターと言ったところか、その能力値はどれも高い。それが6体ともなればステータスにそれなりに差があったとしても簡単に相手取ることはできないだろう。
「グルルル………!」
ハイランダーコボルトはその手に握った
それに合わせるように僕も短刀を構え直した。
「───」
疑問は尽きない。どうしてこの階層にこんな高レベルのモンスターがいるのか。そもそも、どうしてなんの前触れもなくこいつらが現れたのか。あの小太りな男はいったい何者なのか。
分からないことだらけだ。
それでも時間とは無常に過ぎていき、急かすように行動を迫ってくる。
鑑定を終えて狼頭人たちと睨みあっていると後方から少女の声が飛んできた。
「テイクくん!!」
「ルミネ!」
それは少し遅れて僕まで追いつこうとしていたエルフの少女だ。
少し視線を彼女の方に切って僕は直ぐに声を張り上げた。
「安全地帯まで逃げて!!」
「えっ……?」
今ここで合流するのは不味い。目の前にはレベル5のモンスターが6体。僕一人でも無事に勝てるかわからないこの状況でルミネが合流するのは全滅の危険度が上がる。
幸い、まだ彼女にかけてもらった
目の前の狼頭人たちの
それでもルミネは僕の言った言葉の意味が理解できなかったのか、困惑した表情を見せる。
「な、何言ってるんですかテイクくん?私も一緒に戦います!今、新しい
「今の僕達じゃこの数のモンスターを安全に倒しきれない!僕は大丈夫だからルミネは先に安全地帯に戻って!そこで合流しよう!!」
場の状況は混沌としている。こんな状況でルミネの安全にも気を使いながら戦うのは難しい。彼女はこんな所で死んでいい人では無い。彼女には帰る場所がある。死なせるわけにはいかない。
「そ、そんなこと……絶対に、2人の方が───」
「ルミネ!!」
「っ……」
「お願いだ、逃げて……」
「っ…………ごめんなさい!!」
驚き、困惑、迷い。唇をかみ締めながらルミネは進行方向を変えると一言だけ謝って走り出した。
「ありがとう……ごめんね、ルミネ」
そこで僕は彼女から視線を切って目の前の狼頭人たちへと戻す。
ルミネにはとても辛い選択をさせてしまった。一度、仲間を失っている彼女にはこの選択は酷すぎる。
けれどこの場の最善はこれだ。全員が危険な目に会う必要は無い。絶体絶命の状況下に陥れば誰か一人でも助かろうとするのは当然のことだ。だからこれでいい。死人を出す訳にはいかないんだ。
───このレベル帯のモンスター6体にどこまでできる?
以前よりも数段に強くなった自覚はある。けれど自分一人でできることなんてのは限られている。数とはそれだけで力だ。いくら数値上は勝っていてもそれだけで未知数となる。
「考えるな……!」
無駄な思考を振り払う。奮い立たせるように声を張り上げて僕は一息に飛び出した。
「グルウガッ!!」
それに合わせてハイランダーコボルトたちも向かってくる。
僕と奴らの間には大した間合いは存在しない。一つ瞬きをすれば直ぐにそれらは目前へと迫っている。
「ガウッ!!」
「ふ、っ!!」
一番前に飛び出していたハイランダーコボルトは曲刀を上段から振り下ろしてくる。瞬時に軌道を読み取ってそれを
「く、そっ……!」
全てを避け切ることは出来ない。スキル【堅城鉄壁】の耐久力補正のおかげで深い傷にはならないものの、出血はするし痛い。精神力が削られる。
たった一つの攻防で全方位を囲まれる。このままでは袋叩きにされて
「ウルァァアアっ!!」
「「「グガっ!?」」」
咄嗟にスキル【咆哮】で狼どもの動きを拘束する。けれどそれも長くは続かない。時間にしておよそ2秒と少しばかり。
決して長くは無い。だが、それでも限りなく短い隙を縫って無駄なく動き出す。
「グギャアウッ!?」
「まずは一つ!!」
一番近くにいて、首を刎ねやすかったハイランダーコボルトを一振で絶命に至らせる。
斬られ首元から鮮血が飛び散り、返り血を浴びてしまうが気にしている場合では無い。
力なく斃れていくコボルトの体を「邪魔だ!」と押しのけて、包囲から脱する。
「グゥォオオ!!」
「ウォォォオオオオオン!!!」
ハイランダーコボルトたちは仲間を一人やられて激昂の雄叫びを上げる。
ただの雄叫びのはずなのにそれがスキルの咆哮と似通っていて体が痺れたように感じてしまう。
一難去ってまた一難。コボルトたちは更に動きの速度を上げた。
目では追える。けれどやはり全ては捌ききれない。1対1なら問題なく対処出来るはずだ。けれど完璧な連携で隙なく仕掛けてくる奴らの攻撃は一人ではどうしても無理があった。
「っ……!!」
体の傷が増えていく。致命傷には至らない。しかし、小さな攻撃が積み重なって僕を苦しめる。
「まだだ!!」
「ギャウっ!?」
「ウルガァ!!」
反撃は通る。ダメージになっている。僕の攻撃は無意味では無い。
それでも足りない。一つの攻撃に対して倍以上の反撃が帰ってくるのだ。ダメージレースで勝てるはずがない。
───逃げなきゃ死ぬ。
気配を辿る。もう十分にルミネが安全地帯へと逃げ帰る時間は作れた。ならばこれ以上、こいつらに付き合う必要は無い。
俊敏は圧倒的にこちらが上。この狼たちよりも速く逃げることは不可能では無い。
思考は既に離脱を選んでいた。
───ここでムキになる必要は無い。今の僕じゃここまでだ。
「止まれッッッ!!!」
再びスキル【咆哮】でハイランダーコボルトたちを拘束する。さっきよりも更に拘束時間は短くなっていたが、それでも逃げる準備を整えるには十分だった。
踵を返して一気に地面を駆け出そうとした瞬間、足元に違和感を感じる。
「……は?」
踏み出した一歩。普通ならば硬い地面の感触が返ってくるはずなのに、どうしてかその瞬間に感じたのは「もにゅ」と言う妙に柔らかい感触。
無意識に視線を足元に向けるとそこにはいたのは灰色のネズミのようなモンスター。
そのモンスターは勢いよく僕に踏まれて「ぴぎゅ!」と苦しそうな呻き声をあげた。
「…………」
間抜けなネズミの鳴き声で時が止まる。変な浮遊感と焦燥が全身を駆け巡った。
背後からはハイランダーコボルトたちが迫ってきている。けど、そんなことがどうでもいいと感じるくらいに僕はそのネズミのモンスターに目が奪われた。
───このネズミみたいなモンスター、どこかで見たことがあるような……?
それは探索者協会にあるモンスター図鑑を見ていた時だった気がする。
たまたま休憩時間が被っていたシリルさんにそのモンスターには注意するようにと説明を受けていた。
曰く、そのモンスターは死ぬ間際に近くにいる生物をランダムで大迷宮の何処かに飛ばすのだ。
「
通称、〈転移鼠〉。それはこの大迷宮に存在するトラップ系の中で一番最悪で、死亡率の高い罠である。
そのネズミの正体を思い出したところでもう手遅れだった。踏みつけたネズミは泡を吹いて絶命している。
そして突然、死んだネズミは淡い光を放つと、どんどんとその光を大きくしていって辺りを包み込む。
「くっ……」
咄嗟に目を覆って来るかも分からない衝撃に身構える。
再び、変な浮遊感を感じた。
嫌な予感は、現実となる。
その日、僕は初めての転移を経験した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます