第68話 強襲
作戦……と呼ぶのもおこがましいけれど打ち合わせた内容はこうだ。
ルミネのスキル【勇気の唄】によって筋力と俊敏を強化。そして、小太りの男が広い空間に出た瞬間に死角から一気に強襲。男と子供たちを分断。僕が男を引き付けて、その間にすかさずルミネが子供たちを保護してできるだけ遠くへと逃げる。
短い時間で捻り出した子供たちを助ける方法はこれだった。
「……」
息を潜めてその瞬間を待ち構える。
スキル【索敵】で一区画先を見通す。あと、200メートルもしないうちにあの男は広い空間へと足を踏み入れる。
その瞬間を狙って少し早く僕は地面を蹴って駆け出した。
既にルミネからの
「っ……!!」
なるべき静かに、しかして出遅れることのないように、〈不屈の黒鐵〉を構えて。
男があと数歩でそこに足を踏み入れる───と、視認すれば更に加速して一気に鎖に繋がれた子供たちを頭上から追い抜く。
ステータスにものを言わせれば壁や天井を駆け上がるのは容易い。
そして僕が天井の頂点へと到達するタイミングと小太りの男が広い空き部屋に入った瞬間が噛み合えば作戦は決行だ。
「───っ!!」
声を押し殺して頭上から直線に勢いよく跳躍。男の手に握られた鎖に焦点を合わせて、構えた〈不屈の黒鐵〉を振り抜く。
タイミングは完璧だ。男はこちらに気づいた様子もなく。無防備に背後を晒している。確実にこの強襲で男の手にある鎖を断ち切ることが出来るだろう────そう思った瞬間だった。
「なんですかその腑抜けた覚悟は?」
「なっ…………!?」
突如、今まで全く気づいた素振りを見せていなかった小太りな男は、その体格には似つかわしくない速度で反転して僕の攻撃を大鞭で受け
まるで最初からそこから来るのがわかっていたかのような男の腹の立つ笑み。その異様な反射速度に驚愕するしかない。
「くっ…………」
強襲は失敗に終わってしまう。
僕はそのまま男の背後へと着地して〈不屈の黒鐵〉を構え直す。
一瞬の攻防。それは鎖に繋がれた子供たちには目で追うことも出来ず。急に知らない男がその場に現れたように見えただろう。
だからか、子供たちは少しの間だけきょとん、と気の抜けた表情をする。そして思い出したかのように騒ぎ出した。
「助けてッ!!」
「殺されちゃう!!」
「死にたくないよっ!!!」
目頭に大量の涙を溜め込み、首輪に繋がった鎖を揺らして助けを求める。
そんな悲痛な叫びを受けて、小太りの男はくつ、くつとその気色の悪い笑みを更に深くした。
まるでこうなるのを望んでいたかのように、待ち構えていたかのように男は余裕ぶって言った。
「いやぁ〜、このルートなら問題ないと思っていたんですけど、油断しちゃいましたね。まさかこんなところで正義感ヅラした
「───こんなところで何をしてるんだ?」
明らかな挑発。それに正直につられるはずもなく僕は男をしっかりと見据えながら質問をした。
「素直に答えると思いますか?」
───そりゃあそうだ。
お決まりな文句が男の口から出てきて僕は内心で頷く。
男は僕が突然現れても慌てた様子もなく。寧ろ、落ち着き払っている。逃げる素振りがなければ、反撃してくる素振りもない。
───さて、ここからどうする?
強襲は失敗。男と子供たちの分断もできていない。後ろからルミネが遅れてこちらに合流しようとしているが、この状況では支援職の彼女にできることは少ない。
目の前の男はこの数の子供たちを
〈試練〉の所為でスキル【取捨選択】は全く使い物にならない。その派生スキルになる【強者打倒】も感覚で使うことが出来ないのは分かっていた。
───考えすぎるな。今できること、持っている手札でこの場を切り抜けるしかないんだ。
互いに牽制し合う中、僕は思考を切り替えて、瞬時にスキル【鑑定】で目の前の男のステータスを読み取る。
まずは戦力差の確認だ。
予想できるレベル差的に全てのステータスを見ることは叶わないだろうが、それでもこの状況だ。できるだけ戦闘に役立つ情報が欲しかった。
焦点を小太りな男に合わせた。
瞬間、目の前に男のステータスが表示されたと思ったが、一向に目の前にそれらしきものは現れない。
「…………?」
───僕とあの男のレベル差がありすぎてステータスを見ることが出来ないのか?
違う。仮にレベル差があったとしてもスキルは目の前に表示される。
───それならスキル【鑑定】も〈試練〉によって使えなくなった?
それも違う。今まで問題なく【鑑定】は発動していた。こんな土壇場でいきなり使えなくなる方がおかしかった。
───それなら…………?
スキルが発動しない焦り、困惑が表情に出ていたのか、小太りな男は僕を見て再び、くつ、くつと楽しそうに笑った。
「手癖……いや、目癖の悪い探索者さんだ。残念ですね、私のステータスが見れなくて。なんで見れないんでしょうね?」
「なっ……!?」
男の言葉で何が起きているのか理解する。
圧倒的なレベル差や、〈試練〉の影響で男のステータスが見えないわけではなかった。
話しはもっと単純で、今まで度外視していた可能性。
「スキルか!」
「ご名答。直ぐに分かりましたねぇ〜」
隠蔽系のスキルによる鑑定拒否だ。
話で聞いたことはあるが、実際にその系統のスキルを持った人間と退治するのは初めてだった。
予想だにしていなかったスキルに驚きを隠せない。
───クソっ。
これで最も重要な手札が潰されてしまった。攻めあぐねていた状況が更に悪化していく。
男のニタニタとした笑顔が僕の神経を逆撫でする。
この際、余計なことなど考えず突っ込む───なんてのは論外だ。
それは蛮勇であり、無謀な行為。けれど臆病になりすぎるのもダメだ。
次の一手はどうする。
そんなことをぐるぐると思考していると、先に動いたのは小太りな男だった。
「さて、なかなかに楽しい余興でした。もう少しあなたと遊んでもいいのですが……生憎、私は見ての通り忙しいのです。ここら辺でお暇させてもらいますね」
「っ!待てッ!!」
次の男の一手は何か?
そう身構えていると僕の虚を衝くようにして男は走り出した。
するり、とまるでそれが当然かのように子供たちを引き連れて僕の真横を通り抜ける。
それは一瞬で、僕は瞬時に何が起きたのか理解できなかった。
即座に小太りな男を追いかけようとするがそれは少し難しくなる。
「私の代わりはこの子達に任せます。せいぜい楽しんでくださいな」
「モンスター!?」
何処から湧いて出てきたのか僕の目の前には男の背中を守るようなモンスター───〈ハイランダーコボルト〉が現れた。
「「「グルゥァアアアアアアッ!!」」」
スキル【索敵】には全く反応がなかった。なのにぽっ、と出現した〈ハイランダーコボルト〉に理解が追いつかない。
急展開に怯んでいると、そのうちに男の後ろ姿は暗闇に飲み込まれてしまった。
「クソっ……!!」
思わず怒りが表に出てしまうが、今は感情に身を任せている場合では無い。
急務としては目の前にいる狼頭人を退けなければいけない。
男を追いかけるのはそれからじゃないと無理そうだ。
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