第67話 悲鳴の先にて


 早鐘を打つように全身が警告を知らせる。

「早く」「急げ」と鼓動が脈打ち、駆ける脚は距離を伸ばす事にさらに加速して、気がつけばそこへ辿り着いていた。


「はぁ……はぁ────っ!!」


 一見、なんてことの無い安全地帯セーフティポイント。しかし眼前には目を疑う光景が広がっていた。


「そんな……メリー!メリーってば!!?」


「殺さないで!殺さないで!殺さないで!?」


「うわぁぁあああああ!?」


 くたり、と力なく倒れる人影。泣き声や悲鳴、はたまた発狂、様々な声がそこに満ちていた。

 そのどれもがこの大迷宮グレイブホールには似つかわしくない……いや、違和感でしかない幼い子供の声ばかり。


 エルフに狼獣人ライカンスロープ猫人ケットシー兎獣人ラビッツ……。

 そこにはどういう訳か首輪と手枷が付けられた多種多様な子供たちがいた。


 数にしておよそ20人弱。彼らは満身創痍な様子で列を作って大迷宮の中、その先へと進もうとしている。


 ───あの悲鳴は聞き間違えなんかじゃなかった。


 僕達は咄嗟に近くの岩場に身を潜める。

 ルミネは「どうして!?」と訴えるような視線を向けてくるが今は少し我慢して欲しい。


 彼女の言いたいことは十分にわかる。

 本当ならば直ぐにあの子供たちを保護するべきだ。しかし、場の状況はそれほど単純な話でもなかった。


「……」


 のろ、のろと覚束無い足取りで奥へと歩き始めた子供たち。まさかこんな階層まで子供だけで来た訳では無い。目線をもう少し先にやれば別の違和感に気がつく。


 ───あいつか?


 小さな子供たちを先導するのは一人の小太りな男。この男もまた大迷宮の中では似つかわしくない。趣味の悪い紫色の礼服に身を包み、ニコニコと気色の悪い笑みを子供に向けていた。


「さあ!先へ進みましょう!皆さんはこれから神様に会うのです!!」


 その手には対モンスター用の大鞭が握られており、躊躇いなく子供たちへと向けられていた。


「嫌だ!嫌だよぉぉぉおおお!!」


「お家に帰りたい!帰してよ!!」


「うわぁああああん!!」


 阿鼻叫喚とはまさにこの事だろう。

 容赦なく鞭に打たれて泣き叫び、斃れる子供たち。そんな異常な光景に言葉を失う。


 それと同時に脳裏がカッ、と熱くななっていくのを感じた。無意識に全身に力が入ってしまう。


「……あまりここで数を減らしても勿体ないな。では、行きましょう!」


 無惨に斃れた子供はそのまま。小太りな男は笑みを崩さずに、大鞭を持つ手とは別の手に握った鎖を乱暴に引いて先へと進む。


 乱暴に引かれた鎖はもちろん子供たちの首輪と繋がっており、子供たちは抵抗虚しく男に連れていかれた。


「もう少し状況を整理したい。後を追おう」


「……はい!」


 無闇矢鱈と助けに出て上手くいくとは思えない。しかしそのまま見逃す訳にもいかず、僕達は影からその一団を追いかける。


 バレないように後をつける最中で思考する。


 ───そもそも、どうしてこんなところに子供がいるんだ? 

 それもあんなに汚れて、全身傷だらけ、首輪と手枷で拘束されて、鎖で引きずられるように。


 ───それにあの小太りの男は一体何者なんだ?

 あれだけの数の子供をたった一人でこの20階層まで連れてきたというのか? いったいどうやって?


 ギリギリ捉えられる距離で一団を追いかけて思考していく中で僕は違和感を覚える。

 頭の片隅で何かが引っかかる感覚。もうそこまで出かかっているのに寸前で急停止する、そんな違和感……。


 ───薄汚れて、みすぼらしい姿、まるで何処かへ連れていかれる捕虜のよう。しかも子供は子供でもあそこにいるのは全部、エルフや獣人などの特殊な血を持った───所謂、他国では珍しい種族の子供たちばかり……。


「っ!!」


 そこでようやく思い出す。

 それはつい先日、探協でたまたま聞いた話だ。


 曰く。ココ最近、この迷宮都市で子供の人攫いが多発しているという話。狙われるのは子供だけで、しかも他国では珍しい異種族の子供ばかりだと言う。

 噂ではその界隈では有名な奴隷商人が手を引いているとの話だった。


 ───状況は一致している。


 あの小太りの男が雇われなのか、それとも主犯なのかは今はどうでもいい。

 都市の衛兵団や探索者協会ではつかみきれなかった現場に今自分たちは遭遇している。

 それならこれから何をすればいいかなんてのは分かりきっている。


 ───けど……。


 それでも、まだ疑問が浮かぶ。


 探協で聞いた話では、攫われた子供たちは他国へ売り飛ばされているという話だ。

 しかし今いる場所は大迷宮。あの小太りの男はなぜ攫った子供たちをこんなところまで連れてきているのか───その理由が全く分からない。


 あの男が完全に黒なのは間違いない。それなら直ぐにあの男を拘束するべきだが、この異様な状況がそれを躊躇わせる。


 ───たった一人でこの階層まで無傷で子供たちを連れてくる。そんなのレベル5の探索者でも簡単な話じゃない。最低でもレベル6……いや、7はあると見ていい。


 憶測。けれどあながち間違いでもない探索者としての勘。無策で飛び出す訳にも行かない。しかしてこのまま傍観を続けるのも無理がある。


 隣のエルフの少女はもう今すぐにでも飛び出してしまいそうなほど激昂している。

 こんな状況を見せられて冷静でいられる方がおかしな話だ。自分だって今すぐにでもあの子たちを助けたい。


「…………」


 思考をめぐらせる。

 この状況で何をするべきか、どう行動するのが最適なのかを考える。

 けれどこんな時なのに頭は上手く働いてくれない。


 どうするべきなのかは分かっている。

 しかし、心のどこかでそれを拒むように、この期に及んでを思い出して恐怖する。


「───チッ……」


 思わず舌を打つ。


 それはこの状況下で考えるべき、ましてや思い出すことでは無い。

 そもそも今とあの時とでは状況シチュエーションが全く違う。比べるに値しないのだ。


 けれど、


 ───違う。だからそれは今、考えるべきことじゃない。状況は一刻を争うんだ。


 自分の中で答えは決まっている。

 あの悲鳴を聞いて、あの光景を見て、ここまで来てる時点でするべきことなど決まっているのだ。


 ───選択する必要も無い。


 そこで無駄な思考は一切止める。

 考えることを後回しにして、僕は行動に移すことにした。


「……ルミネ、次に広い場所に出たら仕掛けるよ。いつも通り強化バフをお願い」


「はい、分かりました」


 軽く打ち合わせをして息を潜める。

 その瞬間が来るのを今か今かと待ち構え、子供たちの背後へ這い寄る。


 数分と経たずに大きな空間へと抜けた。

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