第66話 響き渡るは
気分が高揚する。
ここずっと落ち気味だった暗い心が、今はほんの少しづつ高ぶって、妙に浮き足立つ。
ギラ、ギラと光る新しい装備を見ては思わず頬が緩みそうになる。
傍から見れば頭のおかしい人に見えるだろう。
けれど今この時は仕方の無いことだと思う。
何せ、人生で初めてのオーダーメイドの装備である。浮かれない方がおかしかった。
陽はまだ高い。朝早くに装備の受け取りをしたから時間はまだ十全にある。「これからどうるのか?」と問われれば答えは一つだ。
新しい装備を手に入れたのなら、それを試してみたくなるのは探索者の性である。
「……ふぅ」
気がつけば歩みは
「探索するのがなんだかすごい久しぶりに感じますね」
「確かにね」
隣のエルフの少女───ルミネはどこか嬉しそうに笑う。それにつられて僕も頬が緩んだ。
おおよそ1週間弱。探索をこんなに長い間しなかったのは初めてかもしれない。
常に深層を攻略する高レベルの探索者ならばこれくらいの
「……」
久方ぶりに立った大迷宮の入口は妙に広く、大きく感じられて、まるで巨人の口のようだ。
入口の先は暗闇で見通すことは叶わない。そんな全てを飲み込んでしまいそうな闇が心のどこかに隠していた不安を掻き立てる。
考えることは沢山ある。やらなければいけないことは沢山ある。生きていくためには大穴へと飛び込み金を稼ぐ必要があった。
けれどここ数日はそんな気も起きず、寧ろ理由をつけて遠ざけるようにここに来るのを拒んでいた。
迷いはまだある。答えは出ないままだ。けれども。
───もう逃げるだけなのはやめなきゃ。
そろそろ自身の心に巣食った違和感に向き合わなければならない。
そう思わせてくれたのは隣にいる少女と、いずれ名匠になる女性が作ってくれた装備のお陰だ。
「行こう」
「はい!」
未だに整理の着いていない心に無理やり喝を入れて再び歩き出す。その足が目指す場所なんてのはわざわざ言葉にする必要も無い。
その日、僕は太流へと飲み込まれる。
・
・
・
「は、ぁっ!!」
暗闇を切り裂く一振の短刀。
魔晄石の淡い光に照らされて瞬く刃は軌跡を描いてモンスターを両断する。
「ぴぎゅぅあ!?」
豚人型モンスター〈プラウドオーク〉は情けない声を上げて地面に斃れた。
そこで一旦の戦闘は締まる。
「流石です、テイクくん」
「ありがとう。ルミネもナイスアシストだったよ」
「えへへ」
軽く周囲の警戒をして、問題なければお互いに今しがたの戦闘での勝利を称え合う。
久しぶりの探索、モンスターとの戦闘ではあるが、それも10回目となれば今までに培った感覚を思い出すには十分だった。
大迷宮第20階層。
様子見と言うことで今日はあまり深くまでは潜らずに、この階層近辺で狩りをすることになった。
「随分と偉くなったな……」
「え?」
ふと、思ったことが口を出て、隣で一息ついていたルミネが首を傾げる。けれど、僕は「なんでもない」と頭を振って誤魔化すように水筒を呷った。
───様子見でとりあえず20階層辺りを探索してるなんて、ちょっと前の僕が聞いたらどんな顔をするだろう?
ありもしないことを考えて、直ぐに吹き飛ばす。
決して慢心してる訳では無かった。けれど、客観的に今の自分の状況を見た時に違和感を感じたのだ。
少し前では想像もつかなかった状況と目の前の景色。
「……」
探索を始めて凡そ3時間。まだ疲れは無い。寧ろ、体の調子はすこぶる良かった。
最初は上手くできるだろうかと不安だったが、いざ始まってみれば呆気ないものだった。まだ少し何処か違和感を感じるがそれでも問題はなかった。
そう思えるのもこの装備のお陰だろう。
「さすがヴィオラさんだ……」
腰に帯びた黒い短刀を撫ぜて僕は赤毛の女性を思い返した。
当然ではあるけれど今まで使ってきた武器の中でこの短刀──〈不屈の黒鐵〉は別格の性能だ。まるで長年扱ってきたかのような手の馴染み具合に、バターを切っているような抵抗感の無さ。
到底、この階層近辺のモンスターで測れる性能では無いことなど重々承知だが、それでもこの短刀が凄いのは十分に分かった。
軽装防具──〈灯火シリーズ〉もやはり素晴らしかった。
ここまでまともな被弾はなく、その耐久性を実際な確認することは無かったが、この防具の真価はそこではない。
圧倒的動きやすさ。その一言に尽きた。
初めて身につけた時にも思ったが、防具を身につけている感覚が全くないのだ。
防具が変な接触をして動きに支障を起こすことも無いし、前の装備より数段も動きやすかった。
改めて新しい装備に感動しているとルミネが口を開いた。
「それにしてもモンスターの亡骸がそのまま置いてあるなんてちょっと違和感がありますね。いつもならテイクくんが手品みたいに消しちゃうのに……どうして急にスキルが使えなくなったんですかね?」
それは困ったような、心配するような、それでいて安堵するようなルミネの声。
以前と同様、彼女にはここに来るまで新しい〈試練〉が出現したことは伝えていた。それに付随してスキル【取捨選択】が使えなくなったことも。
「僕にも分からないことだらけだよ。前みたいに成長限界が来た訳でもないし、本当に唐突だったからね。それにただモンスターを捨てることもできなくなるなんて思ってなかったよ」
「本来は今の状況が普通なんですけど……慣れって不思議ですね」
「ほんとにね」
軽く笑みを零して、その裏で考えるのはスキルのこと。
〈試練〉の特殊制限によるスキル【取捨選択】の一部能力の制限。
文字で見ただけではあまり実感は湧かなかったけれど、いざ蓋を開けてみるとどうだ。〈試練〉には一部と書かれていたが実際、スキルは全く使えなくなっていた。
ステータスやスキルを拾うことは出来なくなると思っていたけど、まさかただモノを捨てることも出来ないとは思わなかった。かろうじて亜空間に収納されたモノの出し入れは可能だったけれど、まあ殆ど変わりはない。
いったい、自身の体にどんな異変が起きて、どんな仕組みでスキルが使えなくなったのか。全く理解できていなかった。
ただ分かるのは〈試練〉をクリアすれば元に戻ると言うだけ。
───いや、別に試練をクリアすればスキルが使えるようになるとは書かれていなかったし、それすらも不確かだな……。
そもそも、〈試練〉をどうやってクリアするかの目処も立っていない。
今回は以前のように確かな指標となるものがある訳では無い。
───揺るがない意志の選択……か。
その言葉がどういう意味なのか、具体的に何を選択すればいいのか。僕には検討がつかなかった。
「ふぅ……」
大きく息を吐いて思考を中断する。
あまり思い詰め過ぎるのもいけない。ましてやここは常に危険が付きまとう大迷宮の中なのだ。のんびりと考え事ばかり……という訳にもいかない。
「そろそろ再開しようか」
「そうですね」
ルミネに目配せをして歩き出そうとする。
その瞬間だった。
「───きゃぁぁぁぁああああっ!!!!」
「「っ!?」」
突如として薄暗い洞窟内に響き渡る悲鳴。それだけで全身は異常事態を察知して身構える。
悲鳴のした方向は僕達のいた場所よりも更に奥に行った所だ。距離にしてそれほど離れていないだろう。
普通、緊急性のある悲鳴を聞けば直ぐにこの場を離れるのが探索者の鉄則だ。決して興味本位で悲鳴の方へ近づいては行けない。ましてや助けようなどもってのほかだ。
けれど僕達は直ぐに次の行動に移ることが出来ない。
「「…………」」
互いに無言で顔を見合せてる。
理由は、今しがた聞こえてきた悲鳴が成熟した人のものではなく、明らかに幼い子供ののものだったから。
「行こう!」
「行きましょう!!」
その違和感に状況の異常性を察して、どちらとでもなく僕達はそう言って悲鳴のした方向へと駆け出していた。
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