第65話 灯火シリーズ
「お待たせて申し訳ない!テイク殿の防具を持ってきましたぞ!!」
快活な声で部屋に入ってきたのは一向に戻ってくる気配のなかったアイゼンス・クロックバックだ。
てっきりヴィオラさんと一緒に戻ってくるとばかり思っていた彼は随分と間を置いて、まるでタイミングを見計らったかのように現れた。
そんな彼は布を被せた一つのマネキンのようなモノを担いでおり、それを見て僕は直感する。
今しがたヴィオラさんが持ってきた〈不屈の黒鐵〉だけでも、もうここ数日分驚いたというのに、僕はまだこれから彼が持ってきてくれたモノを見て度肝を抜くことになるのだろうと。
予感と言うよりも確実に訪れるであろう事象に僕は一度深呼吸をして覚悟を改める。
そんな僕の心境を知ってか知らずか、妙にテンションの高いクロックバックさんは言葉を続ける。
「ささ!テイク殿、驚き疲れているところ申し訳ないですが、まだ私の孫娘が丹精込めてる作った防具があります。是非ご覧あれ!」
「ちょっと爺ちゃん!年甲斐もなくそんなはしゃがないでよ!恥ずかしいでしょ!?」
「何を言っとるかヴィオラ!お前が初めて作ったオーダーメイド防具のお披露目だぞ、落ち着けと言う方が無理だ!!」
ヴィオラさんがクロックバックさんに怒鳴るが彼は「そんなこと知らん!」と言わんばかりに反論すると、間髪入れずに部屋の真ん中に追い出さマネキンの布を勢いよく取る。
ハラりと勢いよく白い布がはだけて次の瞬間に視界に入ったの綺麗な銀色だった。
「っ!!」
今までの弛緩した場の雰囲気から一転して、ソレの登場によって空気が引き締まる。
その防具は今しがた見た漆黒の一振と同様にシンプルなデザインをしていた。
種類で言えば動きやすさに重点を置いた軽装防具。胸に肩と腕の関節部を守るプレート、そして篭手、後は膝と脛を守るためのグリーブ。
無駄な装飾は施されず、実用性をつきとめた造り。しかし、単調という訳ではなく、無駄を省いた故の洗練さがある。
透き通るような銀を基調としてアクセントとして赤と黒の線模様が入っている。
こんな素晴らしい防具を僕は今まで見たことがなかった。
まるで僕のために造られたような……いや、実際この防具はオーダーメイドで僕のために造られたものなのだけど、それにしてもここまで僕の感性に突き刺さるモノが作れるだろうか。
「……」
「き、気に入らなかったか?」
呆然と防具を見つめていた僕にヴィオラさんは不安気に尋ねてくる。
感動しすぎて言葉を失っていた。
僕は正面に入ったヴィオラの顔を見て正気に戻る。
「あ、いや、そういう訳じゃなくて……本当に最高です」
「そっ、そうか……」
僕の言葉にヴィオラさんは一瞬にして表情を安堵の色に染める。
そんな彼女に質問をする。
「この防具に名前はあるんですか?」
「コイツの名前は灯火……正確には〈灯火シリーズ〉だね」
「灯火……」
「素材は金剛球をベースに急所の箇所には〈エルダーゴーレム〉の骨格と金剛球を混ぜた超硬金属を使ってる」
「またとんでもない素材を……」
これまた58階層に生息している〈エルダーゴーレム〉の骨格が使われているとは……この防具も凄い価値のあるモノだ。
そう思っているとヴィオラさんはまだ説明があると言葉を続けた。
「コイツには素材の都合で付与は付けられなかったんだけど、それでも素材が良いから十分な性能だと思うよ。簡単に壊れないのは当たり前だけど、火炎耐性と雷耐性が付いてる」
「十分すぎますよ……」
一つの装備に耐性が二つも付いてるのは普通の事じゃない。使われる素材で反発しあって耐性効果は上手く付くことがないと聞いたことがある。
ヴィオラさんは本当に凄い仕事をやってのけているのだ。
「……あの、着けてみてもいいですか?」
「当然だよ。この防具はテイクの為に作ったんだ」
「あ、ありがとうございます!」
ずっと眺めているだけでは我慢できず、思わず僕は防具に手を伸ばして各部位ごとに装備していく。
まずは胸当から装備したが、一番大きな防御面積があり防具の中でも最重量のはずなのに、装備した時に感じたのはまるで布の服を来ているような感覚だった。
機動力重視の軽装防具と言えどこの軽さは異常だと思う。本当に装備している感覚がないし、体を動く度に防具が不和を起こす違和感がない。こんな防具は初めてだ。
「───」
内心驚きつつも順番に防具を装備していく。そして全部を装備し終わって正面を向くといつの間に用意されたのか姿見鏡に写った自分を見つめる。
「わあ……」
マネキンに飾られているのを見るのと、実際に装備している自分を見るのとではやはり感覚は違う。
まるで鏡に写っているのが自分ではないかのような精悍さだ。馬子にも衣装とはこのことを言うのだろう。
感極まって僕はヴィオラさんに詰め寄る。
「凄いですヴィオラさん!この装備、凄く気に入りました!!」
「そ、そうか?」
「はい!サイズもピッタリだし、違和感もない!軽すぎてびっくりです!!」
「まあ、テイクのオーダー通りに作ったからな。でも……喜んでくれたなら頑張ったかいがあるよ」
少し頬を赤らめながら顔を背けるヴィオラさん。
そこで僕は自分の行動に気がつく。
「あっ……ごめんなさい」
「いや、大丈夫……ぶ」
咄嗟に詰めた距離を元に戻して頭を冷やす。
出来上がった装備に興奮してちょっとはしゃいでしまった。
少し落ち着こう。素晴らしい装備が手に入ったけど喜んでばかりもいられない。
……さて、この装備はいったい───。
「えっと、お代の方はおいくらほどになりますかね?さすがにこんな高価な素材が使われていて、最初の話通り300万ベルドという訳にはいかないです」
「いや、お代はいりません」
しかし僕の質問に答えたのはクロックバックさんで、彼から放たれた言葉は耳を疑うものだった。
「……え?」
「お忘れですか?今回のオーダーメイドに使われる素材や制作料は全ては私の工房で持つという話ではありませんでしたか」
「………あ」
続けられたクロックバックさんの言葉で僕は思い出す。
そう言えばクロックバックさんが前にそんな提案をしてくれて、僕は彼の厚意に甘えてそれを受け入れたのだった。
オーダーメイドの出来に気を取られて忘れてしまっていた。
しかし、それを思い出しだからといって手放しでこの装備を貰うのは僕には気が引けた。
これらの装備は全て一級の探索者でも喉から手が出るほどモノだ。それを僕みたいな底辺探索者が────。
「遠慮せずに受け取ってくれ、テイク」
僕の思考を読み取ったかのようにヴィオラさんが言う。
「……ヴィオラさん」
「これはテイクの為に作った、テイクの為の装備だ。それにお代のことも気にしなくていい。テイクは何も気にせずに受け取るだけでいいんだ」
「…………分かりました。有難くこのナイフと防具はいただきます」
僕はこれ以上なにも言わずに素直に頷く。
改めて僕はヴィオラさんを見て頭を下げた。
「こんな素晴らしい装備を作って頂きありがとうございました。大切に使わせて頂きます」
「ああ、思う存分その装備を使って活躍してくれ」
「はい!!」
ヴィオラの言葉に僕は勢いよく返事をする。そんな僕を見て彼女は本当に嬉しそうに破顔した。
こうして僕は新しい武器と防具を手に入れた。
とても今の僕にはもったいない装備の数々だが、いつかこんな装備たちに見劣りしない素晴らしい探索者になろう。
工房を後にする直前に僕はそう覚悟を改めた。
そして別れ際にヴィオラさんが僕に声を掛けて引き止めた。
「さ、最低でも週に一回は装備を見せに来い。私はアフターケアまで完璧だからな、メンテナンスは任せな」
「はい、よろしくお願いします!」
「そ、それと───」
「はい?」
「───たまには素材集めも手伝ってくれ……」
「ええ、また一緒に探索しましょう!!」
恥ずかしそうに目を逸らして言ったヴィオラさんに僕は満面の笑みでそう答えて工房を後にした。
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