第64話 完成

『〈聖なる覇者〉が未踏の59階層へと到達した』という知らせが地上へと届いた。この吉報に探索者協会や探索者はもちろん、この迷宮都市に住む全ての人々が喜び、賑わせた。


 至る所で〈聖なる覇者〉が成し遂げた偉業を称えるかのようにお祭りのような騒ぎが夜が耽けるまで続いた。


 そんな熱気から冷めやらぬまま陽はまた昇り、本日も快晴。


 まだまだ〈聖なる覇者〉の話題で持ち切りな中、僕はルミネと一緒に〈セントラルストリート〉にある一際大きな鍛治工房へと来ていた。


 そこはこの迷宮都市……いや、世界でも一位、二位の知名度と腕を持った鍛冶師の工房───〈クロックバック第一鍛治工房〉だ。


「新しい武器、楽しみですね!」


「うん、そうだね」


「…………何かありましたかテイクくん?」


「───いや、特に何もないよ」


「そうですか……?」


「うん」


 鍛治工房とは思えないほど綺麗な建物を前にそんなやり取りをしていると、一人の筋骨隆々な老爺が建物から出てくる。


 老爺は僕たちを見ると軽く口元を綻ばせて声を掛けてきた。


「御足労をかけて申し訳ありませんテイク殿。本当ならばこちら側から出向かねばならないところをわざわざ……」


「気にしないでください、クロックバックさん。注文したモノをこちらから取りに来るのが筋ですから」


「お心遣い感謝します……」


 綺麗な角度で勢いよく頭を下げた老爺───アイゼンス・クロックバックさんはいつもの仕事着とは違い、まるで式典にでも出るようなキッチリとしたジャケット姿で僕たちを出迎えてくれた。


 世界最高峰と名高い鍛冶師がわざわざ僕のような底辺探索者の出迎えをしてくれると言うのはとても光栄な事なんだけど、それと同時にそんなに畏まられるとこちらも緊張してしまう。


「やめてください」と言おうにもきっと彼の性格上、それは聞き入れて貰えないだろうし黙ってこの状況を受け入れるしかないんだけど、やっぱりこういうことに慣れていないから落ち着かない。


「ルミネ嬢もよく来てくださいました」


「お、お久しぶりでふ!」


 ほら、ルミネもまさか名匠が出迎えてくれるとは思わなくて珍しくテンパってるじゃないか。

 やっぱり人には人の身の丈にあった対応と言うのが存在するのだ。


 なんてことを考えていると一通り挨拶を終えて満足したクロックバックさんは僕たちを工房の中まで案内してくれる。


 通されたのは以前来た時と同じで、高レベル探索者や貴族が通されるようなVIP専用の応接室だ。


 丁寧にお茶まで用意されて、僕たちがぎこちなくふかふかのソファーに腰掛けたのを見てクロックバックさんは「今回のもう1人の主役を呼んでくる」と言って部屋を後にした。


 紅茶で喉を潤して気を落ち着けていると、数分と経たずに部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」


「……ひ、久しぶりだなテイク、ルミネ」


 部屋に入ってきたのは鮮烈な赤髪が綺麗な女性───ヴィオラさんだ。

 彼女は少し恥ずかしそうに軽く手を上げて挨拶をしてくれる。


「「ヴィオラさん!!」」


 見慣れた顔に僕とルミネは一気に安心感がやってくる。

 クロックバックさんがキッチリとした格好だったので、ヴィオラさんも今日はそうなのかと思ったが彼女はいつも通りの仕事着だ。


 ヴィオラさんは恥ずかしそうに笑うと僕たちの正面に座った。

 挨拶も程々にヴィオラさんは申し訳なそうに口を開いた。


「随分と待たせちゃったな」


「そんなことないです。お疲れ様でしたヴィオラさん」


「お疲れ様でした!」


「うん、ありがとう」


 僕は本当に全く気にしていなかったが彼女の中ではやはり納得ができないのか、今度はぎこちなくはにかむ。


「本当にさ、感謝してもしきれないよ───」


 ヴィオラさんは一度呼吸を整えると言葉を続けた。


「───こんな素敵な日が遅れるなんて思ってなかった。最高の環境で、毎日好きなだけ武器を作ることに集中できる。ちょっと前までなら全然考えられなかったことだよ。それもこれもテイクがウチの店でガラクタ同然に扱われてた私のナイフを見つけてくれたおかげだ」


「そんなことは……ヴィオラさんの実力なら絶対に───」


「───そんなことあるさ」


「……」


「本当に私はテイクにたくさん助けてもらった。初めて会ってから、今日まで世話になりっぱなしで、感謝してもしきれない」


 真剣な眼差しで僕を目を射抜くヴィオラさん。彼女は真剣な表情から一転して、いたずらっ子のように微笑んだ。


「でもやられっぱなしって言うのは私の性分じゃない。だからアンタは覚悟しといたほうがいいよ。今日は鍛冶師ヴィオラ……いや、ヴィオラ・クロックバックが人生で一番魂込めて打った渾身の一振だ」


 ヴィオラさんはそう言うと部屋に入ってきた時から大事そうに抱えていた一つの木箱を僕の前に出した。


 一見、何の変哲もない長方形の木箱だが、中に入っているのは彼女の渾身の一振。

 妙な雰囲気を放つ木箱を前に僕は思わず生唾を飲み込んだ。


 ヴィオラさんの鍛冶師とは思えないほど綺麗な手で木箱の蓋が開けられる。

 木箱の中に入っていたのは一振の漆黒のナイフ。


 デザインはシンプルだ。豪奢な装飾や模様は彫られておらず無骨。真直ぐな片刃で、刀身は普通のナイフと比べれば少し長い。傍から見れば何の面白もないナイフに思われるかもしれないが、僕にはその漆黒の一振が宝石のように見えた。


「……」


 思わず息を飲む。


 反射的に手が木箱のナイフに伸びようとするが既のところで僕は思いとどまる。

 本当に僕なんかがこのナイフに触れていいのか?


 そんな僕の反応を見てヴィオラさんが可笑しそうに笑った。


「なに躊躇ってるのさ。このナイフは正真正銘、テイクのもんだよ。アンタの思ったようにしな」


「……は、はい」


 ヴィオラさんに後押しされて僕は覚悟を決めてナイフを手に取る。


「わぁ……」


 ナイフを持って最初に感じたことは見た目よりも重さがあるということ。しかし、重すぎるという訳ではなく妙にしっくりくる重さだ。そして何度か柄を軽く握って驚く。


「前に使ってた〈不屈の一振〉と同じくらい持ちやすい……いや、それよりも良いかも……」


「ははっ!持ちやすいのなんて当たり前だろ。それはテイクの為に作ったテイクだけの武器なんだよ?」


 僕の素っ頓狂な感想にヴィオラさんはまた笑う。


 普段なら間抜けな自分の発言に恥ずかしさ覚えただろうが、この時ばかりはそんな冷静さも失って僕はヴィオラさんに質問をした。


「……このナイフの名前は?」


「鑑定で見てみたらどうだい?」


「いえ、一番最初はヴィオラさんの口から聞きたいです」


「っ……そ、そうか、それじゃあしょうがないね!!

 そいつの名は────」


 一瞬、言葉が詰まったヴィオラさんに違和感を覚えながらも僕は彼女の言葉を待つ。

 少しの間を置いて彼女は言葉を続けた。


「───不屈の黒鐵ペルセディオスだ」


「ペルセ……ディオス……」


「ああ。素材のメインは黒龍鉄、金剛球、一角獣の黒角……今ウチの工房にある最高の素材を使わせてもらった」


「ひ、一つ使われているだけでも凄い素材を3つも……」


 ヴィオラさんの言葉に僕は絶句するしかない。


 黒龍鉄は深層58階層の〈魔龍〉から取れる素材で、金剛球は38階層の〈鉱脈地帯〉で年に数個しか取れない程のレア鉱石、一角獣の黒角も52階層に生息する〈悪夢の一角獣ナイトメア〉から僅かな確率でしかドロップしない素材だ。


 一つ一つの素材で豪邸が建つほどの金額。そんな素材がこの一つの武器に惜しみなく使われている。

 いったいこのナイフはどれほどの価値があるのだろうか……。


 予想外な情報に僕が放心状態になっているとヴィオラさんはまだ終わらないとばかりにトンデモ発言を続けた。


「驚くのはまだ早いよ。その〈不屈の黒鐵〉には私のスキル【付与】で3つの〈特殊付与エンチャント〉が施されている」


「みっ…………!?」


 それはナイフには3つの〈特殊付与〉ということ。

 彼女はなんでもないことのように言ってのけたが、普通の人が聞けば僕みたいに驚くのが当然の反応だ。


 ただでさえ珍しい〈特殊付与〉。武器に一つでも〈特殊付与〉がされていれば一級の探索者が喉から手が出るほど欲しがるというのに、そんな〈特殊付与〉が3つも施されていると聞かされれば声も出なくなる。


「い、いったいどんな付与が…………」


「それは自分の目で確かめてみな……あっ、凄すぎて気絶するんじゃないよ?」


「それ、冗談になってないですよ」


 本当に楽しそうに笑うヴィオラさんに僕は苦笑を浮かべながら、言われた通り〈不屈の黒鐵〉の鑑定をしてみる。


「鑑定…………っ!?」


 そして目の前に現れた鑑定結果を見て目を見開く。


 ──────────

 不屈の黒鐵ペルセディオス

 耐久値:20000/20000


 ・特殊付与エンチャント

 斬れ味補正(大)

 鋭さ補正(大)

 魔斬


 作成者

 ヴィオラ

 ──────────


 一瞬立ちくらみがしたのは気の所為では無いだろう。これは本当に気絶するほどの性能をしたナイフだ。


 斬れ味と鋭さに補正(大)の2つが付与されてるだけでも凄いと言うのに3つ目に見たことの無い付与がなされているではないか。


 なんだこの〈魔斬〉と言う付与は?


 そんな疑問を抱いているとヴィオラさんは補足するように説明を始めてくれた。


「どうだ、凄いだろ?」


「凄すぎて本当に気が飛びそうでしたよ」


「そりゃあ良かった。それでその3つ目の特殊付与なんだけどね。私も初めて見た付与で、効果を見てみればそれは付与と言うよりもスキルに近いモノなんだよ」


「スキル……ですか?」


「うん。その〈魔斬〉の付与効果は刀身に魔法を纏わせられるってものでさ。加えて敵の魔法を問答無用で無効化できるものなんだ」


「……なんですかそのとんでもな能力は……」


 思わずヴィオラさんの説明を聞いて突っ込んでしまう。確かにこの効果内容では彼女の言いたいことも分かる。


 僕に同意見と言ったようにヴィオラさんはおどけたように肩を竦めた。


「ほんとにね。自分で付与しといてなんだけどこれは少し異常すぎるよ。もう一度付与しろって言われても多分無理だろうね」


「で、ですよね……」


 イマイチ、武器の《特殊付与》がどのような法則でされるのかはさっぱり分からないが、こんなトンデモ付与が自由自在にできてしまえば武器の概念が変わるだろう。


 そんな付与をしてしまうヴィオラさんは相当な鍛治と付与の才能があるということだ。この人にお願いしてやはり正解だった。


 興奮した気持ちを落ち着かせるために一度〈不屈の黒鐵〉を木箱に戻して僕はすっかり冷めてしまった紅茶に口をつける。

 ヴィオラさんも僕と同じように紅茶を飲んで喉を潤す。


 お互いに少しずつ落ち着きを取り戻そうとしていたところで、それに待ったをかけるかのように部屋の扉が開け放たれた。


「待たせて申し訳ない!テイク殿の防具を持ってきましたぞ!!」


 部屋に入ってきたのは一向に戻ってくることのなかったアイゼンス・クロックバックだ。


 彼は布を被せた一つのマネキンのようなモノを担いで部屋に入ってきた。

 それを見て僕は直感する。


「ああ、まだ僕はこの人たちに驚かされることになるのだな」と。

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