第63話 いつもの癖とは恐ろしい

 リーシャちゃんに部屋を追い出された僕は宛もなく肉の串焼きを片手に〈セントラルストリート〉を歩いていた。


 時刻はちょうど昼、〈セントラルストリート〉は今日1番の賑わいを見せている。大きな道に連なった様々な出店の商人たちはこの機を逃すまいとハツラツな声で道行く人に声をかけている。


「そこの兄ちゃん!ウチの店を見てってくれ!安くしとくよ!!」


 何度か僕にもそんな声がかけられる。

 しかし僕はそれをやんわりと受け流して宛もなく先へと進んでいく。


 こういうのはまともに相手をするだけ時間の無駄なのは分かりきっている。

「安くしとくよ」と言っといて出店で買うものが安かった試しは無い。こんなので引っかかるのは観光客だけだろう。


「わぁ!こんな綺麗な髪飾りがそんなに安くていいんですか!?」


「おうさ!お嬢ちゃんは可愛いから特別大サービスだ!!」


「わあ!ありがとうございますぅ!」


 なんてことを考えながらまだ暖かい串焼きを頬張っていると、商人の巧みな口車に乗せられた女性の呑気な声がどこかから聞こえてきた。


 ある意味、これも迷宮都市では見慣れた光景だ。


「ご馳走様でした」


 行儀悪く歩きながら食べていた肉の串焼きが串だけになってしまう。

 そこまでお腹が空いていたわけでもなかったので意外と満腹だ。


 癖で所在なさげに手でプラプラと揺れていた串をスキルで捨てようとするが、直ぐに【取捨選択】が使えないことを思い出す。


「……」


 いつも使えたスキルが発動しないことに妙な違和感を覚えて、僕は無言で串を運良く近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。


 何にも拒まれることなくゴミ箱に入った串を見届けて視線を前に戻すと見覚えのある建物が目に入る。


 それはこの迷宮都市でも1位、2位の大きさを誇る探索者協会だった。


「無意識にここに来ちゃうとは……」


 つくづく「癖」とは恐ろしいものだと思いながら、せっかくここまで来たなら少し顔を出してみることにする。


「相変わらず賑わってるな」


 中に入れば外とはまた違った賑わいがそこにあった。今日も探協はたくさんの探索者達でごった返している。


 久しぶりに訪れたからか妙な懐かしさを覚える。

 軽く辺りを見渡して総合受付の横にある掲示板へと向かった。


 日々、様々な情報が集まって更新されていく掲示板。たった一日見なかっただけでも張り出された情報は様変わりして、数日間ここに訪れていなかった僕が見れば全ての情報をしっかりと読み取るのに軽く1時間はかかってしまうだろう。


「……」


 まあ特に今日はすることも無いし、別に用があって探協に来た訳では無いのでじっくりと掲示板を眺めていてもいいのだが、人が集まる掲示板の前にずっといるというのは邪魔でしかない。


 限られた時間で情報を吟味して攻略に役立てるというのも探索者には必要な能力だ。

 なのでそこまで時間をかけずに掲示板に張り出された情報を読み漁っていく。


『28階層で子供の泣き声? 新種のゴースト系モンスターか?』


『今年もこの時期がやってくる! 迷宮都市で最強の探索者パーティーはどこだ!? パーティーアタック開催のお知らせ!』


『依頼:シャークトラウトの牙求む!』


『求人募集:探協カフェテリア〈スティーフ〉でホールスタッフ大募集中! 詳しい内容はお近くの探協職員までお気軽にお声掛けを!!』


「……」


 これといってめぼしい情報は無い。

 強いて言えば「もう〈パーティーアタック〉が開かれる時期なんだなぁ」と思ったぐらいだ。

 まあこれに関しても弱小パーティーの僕には関係のない話なのでどうでもいい話だった。


 大体ではあるが掲示板の情報をざっと読み終えたかなと思っていると、近くで同じように掲示板を見ていた2人組の探索者からこんな話し声が聞こえてきた。


「なあ、この緊急の依頼って今噂になってる人攫いのやつじゃねえか?」


「ん?……ああかもな。最近一気に増えてきたよなこういう


「胸糞悪ぃ話だよな」


 その話に吊られて掲示板の端にある緊急依頼のコーナーへ目を向ければそこには子供の捜索依頼が多く張り出されていた。

 しかもその捜索対象の子供が全部獣人だった。


 いったいどういうことなのだろう?と疑問に思っていると探索者達の声がまだ続いた。


「なんでもその界隈で有名な奴隷商が大規模に人を雇って珍しい種族の子供を攫って他国に売り捌いてるって話だぜ」


「ホントかよ?」


「さあな。衛兵や探協側はこの事件の主犯のシッポを掴もうと必死に調査してるみたいだけどお手上げ状態で真意は不明だとさ。でも噂の中で有力なのはこの話らしい」


「なるほどな……」


 そこで2人組の探索者は話を切り上げて掲示板の前から離れる。


「…………」


 初めて聞く話に僕は思わず驚く。


 そんな物騒な事件が起きていたなんて全く知らなかった。

 彼らの口ぶりからここ1〜2週間での出来事らしいけど、その間は僕も色々なことがあって情報が入ってくることがなかった。


 この迷宮都市はその知名度や大迷宮の存在によって多種多様な人種がひとつに集中している特殊な都市だ。その為、他の地域では見ることの無い珍しい人種も普通にこの都市では生活をしている。


 そういった特性を狙ってこの都市で一稼ぎしようという悪どい考えの輩は少なからずいるが、こういった大規模な事件にまで発展することは珍しい。


 都市の治安を維持するための衛兵や探索者協会、探索者の存在によっ迷宮都市は世界で見てもトップクラスな安全性を誇っているのだ。


 まあ、たまにジルベールのような度をすぎた行動に移る探索者もいるが、そんな輩も直ぐに捕まって大牢獄へと送還される。


 だからこんな大規模な事件に発展すること滅多にないのだが……今回はどうやら相当な手練がこの事件に絡んでいるのだろう。


「はやく解決するといいな……」


 予想外な情報の収穫になんとも言えない気分になりながら僕は一息つく。


 掲示板に集まる人も多くなってきたのでそろそろここから離れようかと考えていると、そんな僕を逃すまいと一つの速報が掲示板に張り出された。


「「「おおっ!!」」」


 僕の他にいた探索者達が張り出された1枚の紙を見て歓声を上げる。

 それにつられて掲示板に背中を向けていた僕も向き直って張り出された紙を見る。


 そこにはでかてがとこう書かれていた。


『Sランクパーティー〈聖なる覇者〉が遂に58階層を突破!階層更新をし、未踏の59階層へと到達!!』


「あ…………」


 思わずそんな声が出た。

 それは喜んで出たのか、はたまた驚いて出たのか、それとも焦りから出てしまったのかは分からない。


 けど、周りで大騒ぎする探索者達とは正反対に僕は静かにただその内容を見て呆然とすることしか出来ない。


 ───アリシアがまた先に進んだ。


 その事実だけが僕の心に突き刺さって、妙な感情が芽生えそうになった。


 この感情をなんと言っただろうか……そう考えそうになって僕は直ぐに目を逸らすように掲示板の前から離れた。


 そしてさらに盛り上がりを増す探索者たちの歓声を背にして探索者協会を後にした。

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