第60話 言い訳
目を覚ましてから、医者に体の検査をしてもらい。言い渡された結果は2日間の入院だった。
この診断に僕は少しの疑問と安心感を覚えつつ大人しく従った。
正直、3日間寝込んだと思えないほど体の具合は良かったし、入院する必要はないと勝手に思っていたのだが、どうやらそういう訳にもいかないらしい。
医者の目から見ても僕の健康状態はすこぶる良くて、診察結果を見て驚いていた。この結果なら入院する必要はやはり無いとのことだったが、職業柄「様子見」と言う体で2日の入院となった。
入院中は前回とは違ってとても平穏に過ごせた。今回は個室の部屋と言うことで相部屋の時とは比べ物にならないぐらい快適だった。やはり周りに他人がいるというのは無意識に「落ち着かない」と感じてストレスになってしまうのだと実感した。
そして特に問題もなく2日の入院生活を終えて本日、僕は退院と相成った。
「それではお大事に」
「5日間お世話になりました」
治療院の出入口で僕を担当してくれた医者の老爺と看護師の女性に挨拶をして外へと出る。
「退院おめでとございます、テイクくん!」
「今回も色々とありがとうねルミネ」
「いえいえ、テイクくんのお世話なら喜んでやりますよ!」
「──ほんとありがとね……」
この2日間、またもルミネのお世話になってしまい、仕舞いには退院の出迎えまで来てもらってしまった。
最初はお世話も出迎えも「必要ない」と言ったのだけど、彼女は頑なに「やります」と言って僕のサポートをしてくれた。
色々と心配をかけて、あまつさえまたも長期間探索ができていない状況を作ってしまった。なのに献身的にサポートをしてくれたルミネには本当に頭が上がらない。
今度、何かお礼をしなければ……。
「それで、これからどうしますか?」
「……えっ?」
なんてことを考えていると隣のルミネが可愛らしく小首を傾げてこちらを見てくる。
漠然と何か良いお礼が無いものかと治療院の前で考えていて、これからどうするかなんてのは全く決まっていない。
というか、今日のところはこのまま解散しようと思っていたのだけれど────
「退院してすぐですけど大迷宮に行きますか?」
───どうやら彼女はそう思っていなかったようだ。
ルミネの問に僕は直ぐに返事をできない。
「…………」
「テイクくん?」
口篭る僕の姿を予想していなかったのかルミネは眉根を歪めた。
本当なら直ぐにでも大迷宮での探索を再開するべきなのだろう。
今回の入院でまた探索ができず、期間が空いたし、ルミネもそろそろ生活費を稼ぐ為に大迷宮に潜りたいはずだ。
だけど、それでも今のこの精神状態で僕は大迷宮を探索できる自信がなかった。
アイアンの一件から僕の中に明らかな迷いが生まれた。
一時は納得した、した気でいたいたけれど考えれば考えるほど心の整理が付かず、僕は僕自身の行動や選択に疑問を覚えた。
こんな不安定な状態で無理やり大迷宮を探索してもルミネに迷惑を更に掛けてしまうかもしれない。そう考えると直ぐに探索を再会しようと言う気にはならず───。
僕は自身の中に生じた問題から目をそらすように言い訳を考えた。
「……もう少し探索は休みにしようと思ってるんだ」
「やっぱりまだ体調が本調子じゃないんですか?」
「いや、そういう訳じゃなくて───」
歯切れの悪い僕の言葉にルミネは心配そうに僕の身を案じてくれる。
そんな反応に僕の胸は一瞬にして握りつぶされるような苦しさを覚える。
罪悪感に苛まれながらも僕は言葉を続けた。
「───僕の武器ができるまで探索を再開するのは待とうと思うんだ。あと3日もすれば頼んだオーダーメイドができるんでしょ?」
入院中ルミネから聞いた話では、ヴィオラさんはあの一件から直ぐにクロックバックの第一工房に移動になり、潤沢な素材の支援を受けて僕のオーダーメイド品の作成に取り掛かってくれているらしい。
そして更に話を聞けばその完成も間近との話。今までヴィオラさんから借りていたあのナイフは入院と同時に返してしまったし、今の僕はモンスターと戦う武器の持ち合わせが無いことになる。
タイミング的にもまた適当な武器を買うのは変だし、そうするぐらいなら武器が完成するのを待った方が傍から見ても不思議ではない。探索を再開しない言い訳的にも不自然ではないだろう。
「あっ、なるほど。確かにそっちの方がいいですね」
「いいかな?」
「はい!大丈夫ですよ!」
「ごめんね……」
「謝ることじゃないですよ」
理由を聞いて納得したルミネ。そんな彼女を見て僕の中の罪悪感は加速していく。
朗らかに笑うルミネを上手く見ることが出来ず、視線を変に逸らしてしまった。
そんな僕の反応を気にした様子もなく、ルミネは一歩前に出て振り返るとこんなことを聞いてきた。
「それじゃあ今日含めてあと4日はお休みってことですよね?」
「……うん。そういうことになるね」
「ならテイクくんはこの後は暇ってことですよね?」
「そう……なるね」
「ならこれから一緒に食事でもどうですか?」
「……えっ?」
時刻はちょうど昼前、時間的にルミネのこの提案は別に突拍子のない不自然なものではなかったが、僕は思わず気の抜けた声を出してしまう。
そして彼女からのお誘いを受けるべきかどうかで少し考え込んでしまう。
正直、今日のところは直ぐにでも自分の宿に帰って色々と気持ちの整理やこれからの事を考えたかった。しかし、今回の入院の件や今の言い訳のことを考えると彼女のお誘いを無下にもできないわけで───
「……そうだね。ルミネには色々とお世話になったし、僕の奢りでどこか食べに行こうか」
───結果として僕の選択肢にはルミネの誘いを受ける他なかった。
「ホントですか!?実は最近新しくできたお店があって、そこに行きたいと思ってたんです!」
「それじゃあそこに行こうか」
「はい!!」
僕の色良い返事にルミネは花が咲いたような笑顔になると、僕の手を引っ張る。
それに逆らうことなく僕は彼女に手を引かれながら今日もたくさんの人で賑わっているセントラルストリートへと入っていく。
楽しそうに鼻歌を歌うルミネを見て、少し胸の内に燻っていたモノが軽くなった気がした。
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