第61話 奥深くの暗がりで

「いやぁぁぁぁああああああぁぁぁ!!」


 薄暗い洞窟内に複数の悲鳴が木霊する。


 ここが何の変哲もないただの洞窟ならばその悲鳴は異様なモノに聞こえるだろう。しかし、そこが常に死が隣合っている大迷宮グレイブホールであれば特段気にすることでもない。


 そう思える大迷宮の中でも今聞こえてきた悲鳴の様子はおかしかった。その木霊する悲鳴はどれも甲高くて、まるでまだ幼い子供が泣き叫ぶようなものだったのだ。

 事実、その悲鳴は幼い女児のものだった。


 悲鳴は止むどころか更に数と激しさを増していく。


 とても異様で異常な光景だ。

 30人弱集められた幼い子供が安全地帯に監禁されたかのように居た。


 その安全地帯には子供以外の人の気配は無い。子供たちの親は愚か、明らかに成人した人間すら居ない。


 この事実が子供たちの恐怖を助長し、悲鳴に似た泣き声は伝播していく。


 これだけ好き勝手に騒げばいくら広大な大迷宮の中と言えども、探索者の1人や2人が子供たちに気が付きそうなものだが、その気配は全くない。


「誰か助けてよぉぉぉぉおおお!!」


「お家に帰りたいよぉぉおおお!!」


 泣き叫ぶ声は激しさを増す。


 殆どの子供が泣き叫ぶ中、一人の少女だけが静かに地面に座り込んで静かに虚空を見つめていた。


「………」


 周りの子供よりも2つ3つほど年齢が成熟したその少女は周りで泣き叫ぶ子供をあやすでも、励ますでもなく、ただ何かを待つかのようにじっとしている。


 まるで無関心かのように少女が虚空を見つめていると変化が訪れた。


「おやおや、そんなに泣いてどうしたんですか皆さん?」


 それは子供たちよりも何倍も大きな体躯をした大人の男がふらりとその安全地帯に現れたのだ。


 男は優しげな笑みを崩さず、ゆっくりと子供達の元へと歩み寄る。

 これで泣いていた子供たちが落ち着きを取り戻すかと思われた。


「いや!来ないで!もう歩きたくない!!」


「お家に返してよ!!」


 しかし、そんなことは全くなく。寧ろ男の登場によって子供たちは更に泣きじゃくり、場は混乱していく。


「ごめんねぇ〜。それはちょっとおじさんに言われても困るんだ」


 男は笑み崩すことなく眉根を少し提げて困った声を出す。

 そして、男は子供たちの元まで来ると近くにいた狼獣人ライカンスロープの子供の頭を優しく撫でた。


「ホントにごめんねぇ〜……でも少しうるさいから静かにしようねぇ〜」


「ひっ……やだ────」


 頭を撫でられた狼獣人の子供は男の手を拒もうとするが、どういう訳か子供は少しも体を動かすことが出来ず。


 次の瞬間には────


「あっ……」


 ───子供の首はぐるりと一回転をして、すぐに力なく地面へと倒れてしまった。


 一連の流れを見ていた子供たちは直ぐにその狼獣人の子供が男の手によって殺されたのだと悟る。


 湧き上がるような恐怖が子供たちの内を支配して、咄嗟に悲鳴を上げようとしたが子供たちは本能で直感した。

「ここで大きな声をあげようものならば次に殺されるのは自分だ」と。


「「「……………」」」


 だから、子供たちは恐怖で叫びたい気持ちを必死に我慢して口を噤む。


「うん、静かになってくれてありがとう。それじゃあ休憩はここら辺にして先へと進もうか!」


 男は抱えていた狼獣人の子供を静かに地面に寝かせると満面の笑みを浮かべた。

 そして、笑みを崩さないまま近くの岩に巻き付けていた鎖を取って歩き出す。


 異様に長い鎖はジャラジャラと地面に引き摺られて一定の距離まで伸びるとピンッと張る。


「ほら、行くよ。皆はこれからに会うんだ」


 その鎖がいったい何と繋がっているのかと聞かれれば、答えは子供たちに付けられた手枷。


 まるで囚われた奴隷のように子供たちは男が持った鎖に引かれて歩くことを強要される。いや、間違いなく子供たちは平和な日常から一転して、目の前の男の所為で囚われの身になっていた。


 子供たちは心の内で「助けて」と肉親または不特定多数の誰かに願う。しかし、その願いが叶うことは無い。


 きっと子供たちの親は血眼になって愛しの我が子を探し回っていることだろう。けれどもそんな努力も虚しく。子供たちは目の前の男は愚か、この大迷宮から逃げることは出来ない。


 そこは大迷宮ではあるが殆どの探索者、もしくは探索者協会の職員でも認知していない〈未開領域〉。


 この階層に足を踏み入れた時点で子供たちの運命は決定づけられた。

 それが希望か絶望かなんてのは言うまでもないだろう。


 無機質な鎖の音だけが階層内に響き渡る。

 子供たちは息を殺してこれから自分の身に何が起きるのかと恐怖する。


 殆どの子供が死んだように歩いていく中、ただ一人、先程まで虚空を見つめていた少女の瞳にはまだ確かな光が残っていた。

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