第57話 事後処理

 名も知らぬ老人に連れられてきたのは〈セントラルストリート〉の中心地にある鍛治工房。


 僕が訪れたことがある〈クロックバック 第二鍛治工房〉と比べるとその鍛治工房は天と地ほど設備に差があり、一瞬そこが鍛治工房だと言うことを忘れてしまいそうなほど綺麗な建物だった。


 それもそのはず、この鍛治工房は名称クロックバックが常日頃から武具を自らの手で打っている〈クロックバック 第一鍛治工房〉。僕達はその建物の奥にあるVIP専用の応接室へと通されていた。


「……」


 夜も遅く、普通の人ならば寝静まっている時間帯なのに遠くから鉄を叩く音や、何かの素材を削る音が聞こえてくる。


 こんな時間帯に騒音を撒き散らして大丈夫なのかと他人事ながら心配になるが、ヴィオラさん曰くこの建物の防音は完璧とのこと。中は今のように少しうるさいが、外への音漏れは特殊な魔法とスキルによって対策済みらしい。


 確かにそう言われればこの工房に来た時、外からの騒音は微塵たりともしなかった。さすがは名匠や一級の鍛冶師達が武器を作る場所。他の工房に比べれて設備投資の質が段違いだ。


 なんて、ことを考えながらVIPルームに通されてから早10分ほどが経つ。

 名も知らぬ老人とヴィオラさんは拘束したアイアンを連れてどこかへと居なくなってしまった。


 今この部屋にいるのは僕とルミネだけで、出されたお茶をちびちびと飲みながら2人が戻ってくるのを待っていた。


「「……」」


 特に僕と彼女の間に会話はなく、室内はとても静かだ。

 何か声をかけようにもルミネは僕と目を合わせようとせずに明後日の方向にそっぽを向いてしまっている。


 諸々なことが重なり、大変ご機嫌ななめな様子の彼女であるが、どういうわけか距離感は近い。


 同じソファーに座っているのだけど、もう肩と肩が触れ合う距離でルミネは僕の隣に座っている。特にソファーの横幅が短いとか狭いとか、そういう話ではなくて彼女が故意に僕の真隣に陣取っているのだ。


 なのに不機嫌。

 まあ今回に関しては僕が全面的に悪いし、お怒りなのもご最もなんだけど、ちょっとこの距離には疑問が残る。

 怒っているはずなのに近くを離れようとしない。乙女心とは複雑だ。


「あ───」


「待たせてすまない」


「─────」


 意を決して隣の少女に声をかけようとするが、それは急に開け放たれた扉と老人の声によって遮られる。


 老人の隣にはヴィオラさんと顔を無数に殴られた満身創痍のアイアン。

 老人とヴィオラさんは僕たちに向かいあって椅子の前まで来る。アイアンは老人の斜め後ろに立って微動だにしない。


 異様な雰囲気に僕とルミネは目を丸くしていると彼らはいっせいに地面に膝を付くと頭を下げた。


「今回はウチのバガ共が貴殿に多大なる迷惑をこうむり、本当に申し訳なかった!!!」


「………え?」


 これからいったい自分は何を言われるのだろうか? と身構えていたところにいきなりの謝罪。僕は何も反応出来ずに呆然とするしかない。


 名も知らぬ老人はその大柄な体をコンパクトに畳んで綺麗な土下座をする。ヴィオラさんとアイアンも同様にだ。


 なぜ僕は謝罪をされているのか、その理由は何となく分かる。しかしどうして目の前の名も知らぬ老人が頭を下げているのかが全く分からない。


 反応に困っていると老人は下げていた頭をあげて言葉を続けた。


「……名前も名乗らずにいきなりこんなことを言われても困るな。

 私の名前は、このバカ共の師匠だ。今回は本当に貴殿には面倒をかけた!!」


「いえいえ、まあ僕も色々と暴走してご迷惑を───って、えぇ!?」


 至って真剣な表情で自身の名を名乗った老人。色々と情報量の多い彼の自己紹介に僕は思わず変な声が出てしまう。


 老人───アイゼンス・クロックバック氏は僕の驚いた反応を気にすることなく再び頭を下げる。


「そしてありがとう。ウチのバガ弟子にお灸を据えてくれて、私のを助けてくれて。本当に、本当にありがとう……!

 本当ならば全て私がやらなければならないことを……貴殿には本当になんとお礼を言っていいか………」


 地面に擦り付けんばかりに頭を下げたクロックバック氏。

 未だに僕は目の前の状況を上手く飲み込むことが出来ていない。まさか目の前の御仁が彼の名匠アイゼンス・クロックバックだとは思いもよらなかった。


 それにクロックバック氏は今なんと言った?

「私の愛する孫娘」とは一体誰のことだ?


 現在、この応接室に娘と呼べる存在は2つ。1人は僕の隣に座っているルミネと、もう1人は依然として頭を下げているヴィオラさんの計2人。まさかアイアンが……と思うがあの見てくれで娘なはずがない。


 そしてこの2人のどちらがクロックバック氏の孫娘なのかは考えるまでもなく───


「ヴィ……ヴィオラさんの名前って…………」


「い、今まで隠しててごめん……改めて自己紹介をさせてほしい。

 私の名前はヴィオラ・クロックバック。名前の通り師匠の───アイゼンス・クロックバックの親族だ」


 ───目の前の赤毛の女性なわけで、彼女は申し訳なさそうに顔を上げるとそう言った。

 まさかのカミングアウトに僕とルミネ、そして何故かアイアンまでもが驚いて言葉を失う。


 今までヴィオラさんのフルネームは聞いたことがなかったし、特に気にもしていなかった。けれどまさか彼女がクロックバック氏の親族だとは思いもよらなかった。


 情報量の多さに困惑することしか出来ない。しかし、いつまでもフリーズしている訳にもいかないのが実情。

 とりあえず僕は何とか言葉を振り絞って依然として頭を下げている彼らに椅子に座るようにしてもらう。


 何とか異様な光景から解放されて、少し脳の情報処理が進んだ。

 深呼吸をして無理やり気を落ち着けていると、椅子に座ったクロックバック氏が話を切り出した。


「改めてクロックバック鍛治工房の代表として感謝をテイク・ヴァール殿。そして私の監督不行届で今回のような不祥事を起こしてしまい、本当に申し訳ない」


「あ、いや……僕は特に……」


「今回問題を起こしたウチのバカ弟子にはしっかりとそれ相応の罰を与えるつもりだ。工房長代理の権利を剥奪して、また一から下っ端として10年間の無償労働を課すつもりだ。もちろんこのバカに協力していた他の鍛冶師達も同様にな。

 表向きに私が取れる罰はこれぐらいのものだ。しかしこれだけの罰で被害者であるテイク殿の気が収まるはずもない。何か責任者である私やこのバカに課したい罰などがあれば遠慮なく言ってくれ。我々はそれを全て受け入れよう」


 狼狽える僕にクロックバック氏は毅然とした態度で今回の後始末やそれに対する罰則の話をした。


 正直、僕としてはクロックバック氏が今言った以上に何か罰を与えようなどの考えなかった。色々と思うところはあったが、一気に頭が冷えてどうでも良くなってしまった。

 とにかくあのアイアンにちゃんとした罰があり、これまでの罪を償う心があるのなら問題は無い。


 そう結論づけて僕は特に何も無いことをクロックバック氏に伝えようとしたところで、ふと大事なことを思い出す。


「あ……」


「ん?なんだろうか、何かあるのならば遠慮なく言って欲しい」


「いや、その……一連の罰則に関しては僕から言うことは何もありません。追加で何かを課すこともないです。でも────」


 しっかりとアイアン達が罪を償うのは良い。しかし、そんなことよりも大事なことがある。


 それは────


「───ヴィオラさんに鍛冶師として十分活動できる環境の保証をしてください。彼女はいつか貴方を超える鍛冶師になる人だ。そんな人がちゃんと実力を評価されないなんてのはおかしい」


「っ!テイク……」


 僕の申し出を聞いてヴィオラさんは驚いた様子でこちらを見る。

 クロックバック氏は瞑目して僕の言葉を聞くと力強く頷いた。


「……わかった。他ならぬ貴殿の頼みだ、ヴィオラには第一鍛治工房の使用を許可しよう。しかし、それだけでいいのか?貴殿には本当に迷惑をかけた。私がこんなことを言うのもおかしな話だが、もっと無理難題な要求をしても……」


「いえ、僕はヴィオラさんが伸び伸びと、なんの柵にも縛られることなく自由に武器を作ってくれるようになるならそれでいいです。それ以外は特に望みません」


「そうか…………うむ、必ずや貴殿の望み通りにしよう」


 クロックバック氏は僕の言葉を聞くと感激したと言わんばかりに椅子から立ち上がり声を大にして言った。


「しかし、それでは私の気が済まない。是非よろしければ私に貴殿の武器を作らせて貰えないだろうか?」


「え?クロックバックさんが僕に武器を……ですか?」


「そうです。貴方のような人徳者はそう居ない。聞けば、このバカは貴方のオーダーメイドを台無しにしたとの話。どうでしょうか、私に貴殿のオーダーメイドナイフを打たせて貰えないでしょうか?」


「ちょ、ちょっと!また土下座しようとしないでください!!」


 再び地面に膝をつけて頭を下げようとするクロックバック氏。

 僕は彼のその行き過ぎた行動を何とか制して、今一度彼の提案をどうするべきか考える。


 まさか、あの名匠クロックバックに「あなたの武器を作らせてください」と頭を下げられる日が来るとは思わなかった。


 世界中の探索者が喉から手が出るほど欲しくても手に入れられることが出来ない名匠の一振。選ばれた者にしか手にすることの出来ないその一振を名匠自ら「作らせてください」と懇願するなんて、一体これはどういう状況なのだろうか?


 夢にも思える状況にもっと驚いて、飛び跳ねるほど喜ぶべきはずなのに、僕の心は意外と平静でいつも通りだ。


「是非お願いします」と即答する場面なのにどうしてか僕の口からその言葉が出ることは無い。


 どうしてなのか? なんてのは考えなくてもわかっている。

 名匠自らのとても光栄な申し出であるけれど、それよりも僕には大事な約束が一つある。


「とてもありがたいお話ですが……ごめんなさい、お断りさせていただきます」


「……理由を聞いても?」


「もう僕は大事な武器を作ってくれる素晴らしい鍛冶師にオーダーメイドの注文をしているんです。あなたが作ってくれる武器もとても魅力的ですけど、それよりも僕には彼女の作る武器の方が輝いて見えます。なのですみませんがそのお話はお断りさせていただきます」


 それはアイゼンス・クロックバックを超える彼女ヴィオラさんに武器を作って貰うこと。もう僕は彼女にオーダーメイドを作ってもらうと決めた。この選択を変えるつもりはない。


 僕の返答を聞いてクロックバック氏は少しのあいだ驚いた表情を作ると、直ぐに大きな声で笑った。


 豪快に笑う彼を見て、さすがに名匠にあんなことを言うのは失礼だったかと内心焦るが、どうやらそういう訳ではなかったらしい。


「そうでしたか!これは要らぬ申し出をしてしまいしたな。申し訳ない」


「いえそんな……」


「そういうことならば、せめて素材だけでも提供させていただけないだろうか?もちろん無償でだ。

 このバカの所為でテイク殿達が集めた素材は全て無くなってしまったのだろう?ならば武器を作る素材は必要だ。是非受け取って欲しい」


「いいんですか?」


「もちろんだとも!あなたは恩人だ、我が工房の全力を持って素晴らしい素材を揃えて見せよう!」


 クロックバック氏はなんとも有難い提案をしてくれるとヴィオラさんの方を見て頭を下げた。


「ヴィオラ!お前にも沢山迷惑をかけた!こんな馬鹿な老いぼれを許してくれとは言わない!だがこれだけは言わせて欲しい───本当にすまなかった!!」


「師───おじいちゃん……ううん。私はおじいちゃんのこと許すよ」


「い、いいのか!?」


「うん。辛いことも沢山あったけど、それでもやっぱり私にとっておじいちゃんは大切な家族だし、それに今まで嫌なことが帳消しになるぐらい素敵な出会いがあったからもういいんだ」


 ヴィオラさんは優しく微笑むと僕の方を真っ直ぐと見つめた。

 まさか僕の方に話が飛んでくるとは思わず、僕はぎこちない笑みを彼女に返すことしか出来ない。それでもヴィオラさんは満足そうに頷く。


「ヴィオラ……そうか、お前にも大切な人ができたんだな────」


 クロックバック氏は目頭に涙を溜めて鼻をグズりとすすると彼女と同じく僕の方を向く。そしてとんでもないことを口走った。


「───テイク殿!貴殿にならば私の大事な孫娘を任せられる。人見知りで、少し武器オタクなところはあるが根はとてもいい子だ。末永くヴィオラをよろしく頼む!!」


「ちょ!いきなり何言ってんだこのアホジジイっ!!」


「なっ!?」


「はぁ!?」


 名匠の発言に場は一気に修羅場と化す。


 祖父の頭を遠慮なく叩く孫娘。何故か僕の方に恨みがましい目線を向けてくるエルフの少女。それに見られて顔をひきつらせることしか出来ない僕。そして完全に空気なバカ弟子。


 こうして一連の流れは収束を迎える。


 ヴィオラさんはこれまでの劣悪な環境から解放されて、鍛冶師としての高みを登り始めるだろう。


 その事に僕は言い表せぬ安堵感と嬉しさを感じた。張り詰めていた体の強ばりから一気に開放されたような感覚。

 最後に問題が解決して良かったと心の底から思う。


 そんな気の緩みからか僕は不意に今までの疲労感がどっと押し寄せてきて、目の前で言い合いをしているヴィオラさん達を尻目に気を失ってしまった。


 全身が妙に気だるくて、体温もいつもより高いような気がする。思い出したかのように訪れる不安感に、ぼーっと薄れる視界の中、僕は一つの無機質な声を聞いた。


『特定の条件を確認。スキル【取捨選択】の一部機能を制限します。続けて試練の挑戦権を獲得。試練に挑戦しますか?』


 視界に久方ぶりに見た半透明の表示が現れるが僕の意識はそれを確認する前に完全に落ちていった。





────────────

ヴィオラ・クロックバック

レベル3


体力:430/430

魔力:90/90


筋力:656

耐久:580

俊敏:436

器用:1089


魔法適正


スキル

【黒鉄の鍛冶 Lv2】【付与 Lv2】


称号

黒鉄の女神

────────────



最後まで読んでいただきありがとうございます。


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