第51話 逸る気持ち

 大迷宮グレイブホール第23階層。鬱屈とした洞窟へと今日も僕とルミネは潜っていた。


 そこにココ最近で見慣れたはずの赤毛の女性の姿は無い。その事に妙な違和感を僕達は覚えながらも大迷宮の奥へと進む。


 あの楽しかった打ち上げから3日が経った。無事に素材集めが終了したことにより、ヴィオラさんは僕たちの探索に同行することは無くなった。


 彼女は現在進行形で工房に籠り、僕の装備を作ってくれていた。

 話によれば1週間ほどで僕のオーダーメイドは完成するらしく。それまではヴィオラさんから借りたナイフで引き続きその場を凌いでいる。


 まだ3日しか経っていないけど、既に僕は新しい武器が早く完成しないかと気がはやり、ずっと落ち着かないでいた。

 一日ごとに装備の進捗具合を確認したかったけれど、それでヴィオラさんの邪魔をしてはいけないと思って、この暴走しそうな気持ちを何とか抑えていた。


「またオーダーメイドのことを考えてるんですか?」


「……わかる?」


「もちろんです。大迷宮の中にいてもずっと上の空って感じですよ」


「ご、ごめん……」


 そわそわと落ち着かない様子が表に出すぎていたらしく、ルミネは呆れたように溜息を吐く。それに僕は苦笑を返すことしか出来ない。


「気持ちは分からなくもないですけど……そんなに気になるなら一度見に行ったらどうですか?」


「うーん……でもそれでヴィオラさんの気を散らすのも不本意というか……」


「多分ヴィオラさんは喜ぶと思いますけどね」


「そ、そうかな?」


「はい。多分そうですよ」


「…………ルミネ、もしかして機嫌悪い?」


「知りませんっ……!」


 僕の質問にルミネはプイッと顔を逸らす。その声音は明らかに不満が篭っており、ぷっくりと膨らんだ頬が何よりもの証拠だった。


 さすがに探索中に注意散漫というのはいけない。ルミネが不機嫌になるのも当然だ。大迷宮にいる時は何時いかなる時も油断大敵だ。


「ふう……切り替えよう……」


 一旦、オーダーメイドのことは忘れ去り、辺りにモンスターの反応がないかをスキルで確認する。


 今まで23階層は26階層へ向かうまでのただの通り道で、しっかりと探索をしていなかった。素材集めも終わり、装備ができるまで本格的な探索は止めておこうと言うことでじっくりと23階層の探索をしているわけだけど……意外と2人だけの探索ならここら辺が適正な気がしてきた。


 遭遇するモンスターが手強い訳では無い。むしろ、ステータスとレベルが上がって格段に戦いやすくなっている。

 問題なのは安定性なのだ。2人だけのパーティーで探索するには20階層以降は少し難しいところがあった。


 前衛の僕と支援職のルミネ。一見、バランスの取れた組み合わせに思えるが、2人だけだと応用や咄嗟の適応能力が変わってくる。


 20階層以降は当然ながら出現するモンスターのレベルは高いし、群れの連携力も上層とは比べ物にならないくらいにある。

 僕一人で出てきたモンスター全ての相手を出来れば良いけど、実際はそういう訳にはいかない。


 強くなったとは言ってもそれは一個人の力でしかない。できること限られてくる。せめてあと一人、中衛で攻撃とサポートができる仲間が欲しかった。


 そう思うとヴィオラさんは正に適役だった。戦闘力もあって、戦況を見極めるのも上手い。僕が前衛で突っ込んでいる時はルミネのフォローが出来るように、攻め時だと思えば僕と一緒に攻め上げてくれる。完璧な中衛だった。


 あの安定感を覚えてしまうと、2人だけの探索に戻った時にかなり見劣りしてしまう。

 このことに、ルミネは「私が弱いから……」と責任を感じていたけれど実際はそんなことない。


 探索とは役割分担だ。お互いに向き不向きがあってそれを補えるから仲間なのだ。

 ルミネは良くやってくれていた。戦闘中の強化バフに戦闘が終了したあとの回復と常にスキルを使って僕たちが万全の状態で戦えるように務めてくれていた。


 これだけして責任を感じる必要がどこにあるというのか?


 物理的に2人で探索するにはここら辺が限界なのだ。そもそもパーティーの基本人数は3人からがセオリー。それを考えれば僕達は良く2人でこんな深い階層まで無事に辿り着いているし、安定して狩りを出来できている方だ。他の探索者ならこうはいかないだろう。


 そんな僕達も物理的に限界、新しく中衛を任せられる仲間が欲しい。


「でもなぁ……」


 けれど仲間を募るとすると色々と厄介事なことが生まれてくる。


 僕のスキルのこともそうだけれど、基本的に有能な人材というのは既にパーティーを組んでいるもので、そう簡単に人員が見つかる訳でもない。まだパーティーに入っていない新人探索者を仲間に招くのもダメだ。僕たちの今の主戦場は20〜26階層周辺。いきなり新人がそんな下層を探索できるはずがない。


 そう考えるとやはりヴィオラさんはこれ以上ない人員だったわけだ。


「毎日とは言わないからたまになら探索手伝ってくれないかなぁ……無理だろうなぁ……」


 彼女は鍛治職人で武器を作ることに命をかけている。そんな人が時間のかかる探索を軽いノリで手伝えるはずがない。現実的に無理な話だった。


 あーでもない、こーでもないと思考を巡らせていると、可愛らしくそっぽを向いていたルミネが再び僕の方に視線を向けてくる。


「今度は何をブツブツ言ってるんですか?」


「え?ああ、いや、どこかに良い仲間はいないかなぁ〜って……」


「仲間、ですか……」


 僕の返答を聞いてルミネは明らかに表情を曇らせてしまう。

 多分また、「自分が弱いから……」とか「もっと力があれば……」とかネガティブなことを考えているのだろう。


 そんな反応を見て少し考え足らずな発言だったと後悔する。

 何度も言うがルミネが弱いからとかそういう話ではない。物理的な限界の話なのだ。

 けれど彼女は自分の所為だと責任を感じてしまう。支援職特有の考え方だと思う。


「何度も言うけどルミネが足でまといとかそういう話じゃないからね?寧ろルミネ、ここ数日でまた強くなってるよ。もうすぐレベル3なんでしょ?」


「ですが……私は守られているだけで……」


「そんなことないよ。ルミネの強化バフがあるから僕は安心して戦うことができるんだから。仲間の増員は後ろ向けな理由じゃないよ。安全性を考えるならここら辺で必要な事だよ」


「……」


 何とか諭そうとしてみるがルミネは納得のいっていないような渋い表情を作る。


 こればかりは自分の中で何か納得できる答えを見つけるまで何を言ってもダメだろう。戦闘職には戦闘職の、支援職には支援職の、それぞれ特有の悩みがあるということだろう。


 直ぐにどうこうできる話では無いのであまり難しく考えず、気長に進めていこう。

 そう結論づけて、僕たちの会話は途切れる。


 途端に静寂が訪れるが、気にする事はない。パーティーを組み始めて最初の方はこの静寂に気まずさを覚えもしたが、いつの間にか気にならなくなってしまった。


 まあこれだけ一緒に探索をしていれば慣れるのも当然なのだけれど……。


 薄暗い洞窟を2人っきりで歩く。

 今日は本当にモンスターとの接敵が皆無で、いつもよりのんびりとした探索がその後も続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る