第50話 打ち上げ
空を見上げればまだ陽が高い。普段なら時間的にまだ大迷宮に潜っている時間帯だが、今日は
いつもよりもだいぶ早く探索を切り上げて僕達は地上へと戻ってきていた。
外に出て最初に視界に写った青い空に違和感を覚えていると、少し遅れて大迷宮から出てきた2人の仲間も同じことを思ったようだ。
「なんだか不思議な感じですね……」
「確かに、いつも赤い空が今日はまだ青いな」
エルフの少女と赤毛の女性が仲睦まじく笑い合う。なんとも絵のなる光景に僕は軽く息を飲んで、大きく深呼吸をして気を落ち着ける。
そもそも、どうして僕達はこんな早い時間帯から探索を切り上げて地上に戻ってきたのか?
その理由は、念願のレア素材〈白水晶の渦巻〉を手に入れることができたからだった。正にあれは偶然の出来事、幸運としか言いようがなかった。
警戒心が強く、滅多に人の前に姿を表さない〈クリスタルパレス〉がまさか休憩中にひょっこりと出てくるとは思いもよらない。遠目で見てる分には「またそこら辺の水晶が光ってるな〜」ぐらいの輝きだったのに、それを瞬時に「クリスタルパレスだ!」と判断したヴィオラさんにも驚きだったけれど……とにかく運が良かった。
今回の素材集めで1番手に入れるのが難しく、なんならもう手に入らないだろうと思っていた素材が手に入ってしまった。元々、〈鋼魔鉄〉やその他の細々とした素材は十分に集められていたので、これによって装備に必要な素材が全て手に入った。
これにより、僕達はもう素材集めをする必要がなくなったので今日はキッパリと探索を切り上げることにした。
「本当に弟妹達も連れてきていいんですか?」
「もちろん。そっちの方がルミネも楽しめるでしょ?」
「っ……ありがとうございますテイクくん!それじゃあまた後で!!」
「うん。僕達は一足先にお店の方に行ってるから」
「はい!」
満面の笑顔で家へと走って帰るルミネを見送る僕とヴィオラさん。
計5日間(休息日含む)を無事に、しかも最高の形で終えることができた僕達はせっかく早く探索を切り上げたのだし打ち上げをしようということになった。
家にちびっ子3人組がいるルミネは彼らを連れてくるために一旦家へと迎えに行った。
「それじゃあ行きましょうか」
「あ、ああ」
特に呼び出す人がいない僕とヴィオラさんは一足先に打ち上げ会場である〈セントラルストリート〉の大衆酒場へと向かうことにする。
先程までレア素材が手に入ったことが嬉しすぎてだらしない顔をしていたヴィオラさんだったが、今はどこか緊張したような面持ちで挙動不審だった。
「どうかしましたか?」
「い、いや……誰かと一緒にご飯に行くのが初めてで……その、緊張しているだけだ……」
「……」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに答えるヴィオラさんの破壊力が強すぎて僕はそれ以上何も言えなくなる。
チグハグな空気のまま僕達は〈セントラルストリート〉へと向かった。
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〈セントラルストリート〉にある大衆酒場〈囁きの妖精亭〉に僕達は訪れていた。
人の入は上々、まだ明るい時間帯だがそんなこと関係ないと言わんばかりに屈強な男たちが酒を飲みかわしている。
賑わいを見せる中、一足先に到着した僕達は女性の店員に後で人が他にも来ることを伝えて大人数で座れる席に案内された。
流れで飲み物の注文を聞かれていると意外と早くルミネ達が到着して、僕たちの席へと近づいてくる。
ルミネと一緒にやってきたちびっ子3人組が元気に僕の方へとやってきた。
「久しぶりだなテイク!!」
「うん。久しぶりだねラビ」
「元気にしてたテイクお兄ちゃん?」
「元気だったよ。レビは?」
「て、テイクくん……」
「どうしたのロビ?」
右からラビ、レビ、ロビと順番に僕に話しかけてくる。
なんだかんだで助けて以来、久しぶりに会うラビ達はいつも通り元気そうだ。一人ずつ軽く頭を撫でてあげるとラビ達は嬉しそうに目を細めた。
その可愛らしい姿に癒されつつ僕達は席について、待ちぼうけを食らっていた女性の店員に飲み物と適当につまめるものを注文する。
店員に注文する最中、隣に陣取ったルミネが何かを訴えかけるように僕を見ていたけれど、僕は気付かないふりをする。
そんな羨ましそうな目で見られても困る。さすがに年頃の女の子の頭を無闇矢鱈と撫で回すのは気が引けるよ……。
何とかルミネの視線を掻い潜っていると、直ぐに注文したものが出揃う。
全員でグラスを掲げて何故か僕が音頭を任される。
「それじゃあ今日はめいっぱい楽しみましょう。5日間の素材集めお疲れ様でした……乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
不慣れな温度を取れば打ち上げの開始だ。
グラスに入った冷えたエールを一気に喉に流し込む。炭酸の弾ける刺激と冷えた喉越しが最高だ。味自体は好きでは無いけど、どうしてか最初の一口だけは他の飲み物よりも美味しく感じてしまう。
同じように勢いよくエールを流し込んだヴィオラさんが気持ちよさそうに目を瞑って唸る。
「くぅ〜………っ!!」
「そんなに美味しものでしょうか?ただ苦い飲み物としか思えません……」
僕とヴィオラさんの反応を見て甘いジュースを美味しそうに飲んでいたルミネが不思議そうに小首を傾げる。
彼女はあまりお酒は得意では無いらしい。
「お子様にはこの良さは分からんさ」
「なっ……聞き捨てなりません!私だってこれぐらい余裕ですよ!!」
「あんまり無理すんな〜?」
そんなルミネをヴィオラさんが楽しそうに揶揄う。ある意味、お約束的な光景に僕は思わずクスリと笑ってしまう。
やいのやいの言い合って、勢いよくグラスを煽るルミネ。やはりエールの苦味がダメなようで、渋い顔をして直ぐに甘いジュースに口をつけた。
一連の流れを見てヴィオラさんは大爆笑した。普段ではありえないそのヴィオラさんの反応によくよく彼女の顔を見てみれば、まだ1杯しかグラスを空けていないのに既に顔は真っ赤に染まって出来上がっていた。
「……この人も大概だな…………」
自信アリげにルミネを煽っていた割にはこの人もそこもまでお酒が強い訳では無いらしい。しかも絡み酒とはなかなかタチが悪い。
ケラケラと楽しそうに笑うヴィオラさんを悔しそうに睨むルミネ。なんだか絡まれてるルミネが不憫に思えてきて僕は助け舟を出した。
「ヴィオラさんが鍛冶師になろうと思ったきっかけは何だったんですか?」
「あぁ?理由ぅ〜?」
「はい、理由です」
突拍子のない話題だが、ずっと気になっていたことだ。彼女が鍛冶師を目指そうと思ったルーツはなんなのだろうか。
グイッと僕の方に真っ赤な顔を向けたヴィオラさんは1口グラスを煽ると、ツラツラと話し始めてくれた。
「初めて武器って言うものを見たのは5歳の時だった。たまたま武器を見る機会があってな、その時に見た一振のナイフがすごく綺麗だったのを今でも覚えている───」
彼女は真剣な表情を作り、脳裏に一振のナイフを夢想する。
「───目を奪われるとは正にあのことだ。宝石と見間違うほどにキラキラと輝く銀色の刃に私の心は一瞬で奪われた。そして子供ながらに思ったんだ。「私もこんな素敵なモノを作りたい」ってな───」
当時を懐かしむように語る彼女はとても穏やかな表情をしている。
「───その武器を作ったのが名匠アイゼンス・クロックバックで、私は直ぐに彼の弟子になろうとした。
けど、師匠は鍛治系統のスキルを持っていないと弟子は取らないと言ってさ。私は早く自分にスキルが授からないかと毎日願った。
その願いが通じたのか、私は10歳の時に2つの鍛治スキルを発現させた───」
自然と引き込まれるように僕達は彼女の話に耳を傾けていた。
「────そして私は直ぐに師匠の弟子になった。あの時は本当に嬉しかったよ、やっと夢を叶えられると思ったからさ。
でも現実ってのはそう上手くできてなかった。女である私はこの業界じゃあちょっと異色で、不運なことに変な奴らに目をつけられちまった。色々と理不尽な嫌がらせや、思いも沢山してきた。
耳にタコができるくらい「才能が無い」ってバカにされて、なんど鍛冶師を辞めようと思ったか分からないよ───」
一転してヴィオラさんは穏やかな表情を苦しげなものに変化させる。
「───それでも私は夢を諦めきれなかった……諦められるはずがなかった───」
しかし、彼女の瞳は腐ることなく爛々と光が点っている。
「────私はあの時から決めたんだ。いつか名匠アイゼンス・クロックバックを超える一振をこの手で作ってみせるって。その為ならどんな苦痛も苦難も耐えてみせる」
以前、初めて会った時にヴィオラさんの夢の話しは聞いていた。けど、彼女が鍛冶師を目指そうと思った理由を聞くと更にその信念と覚悟が強く伝わってきた。
そしてやはり、僕はヴィオラさんの話を聞いて既視感を覚える。
才能のある彼女と、悪あがきしか取り柄のない自分を比べるのはおこがましいけれど、やっぱり僕と彼女は似ていると思う。
そんなことを思っていると、素に戻ったヴィオラさんは気恥しそうする。
「とまあそんな感じだ。特段珍しくもない、在り来りな理由だろ…………って、なんで泣いてるんだよルミネ」
「だってぇ……こんな話聞かされたら涙も出てきますよぉ……ヴィオラさん、すごく頑張ってるじゃないですかぁぁぁ!!」
「ははは……ありがとうな」
話を聞いて感極まって大号泣するルミネ。そんな彼女を見てヴィオラさんの表情が柔らかくなる。
依然として大号泣しているルミネは突然立ち上がり宣言した。
「私決めました!どんなことがあろうとも私は死ぬまでヴィオラさんの味方であり続け、応援し続けます!!」
「僕もです」
ルミネの頼もしい発言に僕も便乗する。
今の話を聞いて改めてヴィオラさんを応援したくなった。彼女にはいつか最高の一振を是非作り上げてほしい。
「ルミネ……テイク…………!!」
僕たちの言葉が本当に嬉しかったのか、ヴィオラさんは段々と顔をくしゃりとさせてその瞳には沢山の涙を溜めてしまう。
そして堪えが効かなくなった彼女は沢山の涙を頬に伝わせながら、綺麗に笑って言った。
「ありがとう」
思わず見とれてしまいそうな程に彼女のはにかむ姿は綺麗で可愛らしかった。
陽は落ちて、夜が本格的に始まる。
店内は入った時よりも沢山の人で賑わい、辺りの喧騒がいっそう強くなっていた。
そんな中、テーブルに並んでいた料理を綺麗に食べたちびっ子3人組は、満腹の所為か眠たげに船を漕ぎ始める。それを合図に今日のところはお開きということになった。
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