第48話 手応え
カサカサと身の毛がよだつ大量のモンスターが一斉に動く音。加えてコイツらは鳴き声まで気色悪い。
「「「キシャシャシャシャ!!」」」
両手に付いた大きなハサミを鈍い音を立てて鳴らす。それが奴らの威嚇と嘲笑を表す行動だと言うのは探索者の一般常識だった。
数は圧倒的。総勢11体の〈ロック・クラブ〉の群れ。所謂「ハズレ」と呼ばれるコイツらは、モンスターの出現が少ない〈鉱脈地帯〉の数少ないモンスターの1種。
その容姿はゴツゴツとした体に10本の足が両側に生えており、そのうちの2本の足は異様に発達した大きなハサミがある。一言でそいつを言い表すならば「蟹」が一番しっくりとくる。
「ハズレ」と呼ばれる理由はコイツらがレアモンスターの〈クリスタルパレス〉と容姿が酷似していて、よく見間違えられてるため。岩の塊のようなこのモンスターはドロップする素材が岩で一銭にもならない。それ故に「ハズレ」と呼ばれる可哀想なモンスターだ。
しかし「ハズレ」と呼ばれても26階層に出現するモンスターだ。その強さはレベル3と、舐めてかかると痛い目を見る。
僕達は1箇所に集まって簡易的な陣形を組む。
「とりあえず固まりましょう。ルミネは絶対に前に出ないでね」
「わかった」
「はい!」
支援職であるルミネを守るようにして僕とヴィオラさんは武器を構える。
正直に言えば状況は最悪だ。
腐ってもレベル3のモンスター、1個体ならば相手取れたとしてもそれが複数になれば話は変わる。
アイアンの取り巻きであるデルによって
昨日のベスタの一件から嫌な予感はしていたけれど、まさかこんな直接的な行動に彼らが出てくるとは思わなかった。
どうやらヴィオラさんは相当アイツらに邪険に扱われているらしい。
大迷宮の中で起きることは基本的に自己責任。この間のジルベールの件が特殊だっただけで、今回のような大量のモンスターを
特に探協側から
今は恨むよりもこの状況を切り抜けることだけ考える。他のことを考えるのは生き残ってからだ。
「ルミネ、俊敏を強化してくれる?」
「分かりました!」
「ヴィオラさん、僕が特攻して1箇所道を切り開きます。まずはこの包囲から抜けましょう。ルミネをお願いします」
「オーケー」
「それじゃあ行きますッ!!」
簡単に打ち合わせをして僕は一気に〈ロック・クラブ〉の方へと飛び出す。
カチカチとハサミを鳴らしてい躙り寄って来ていた奴らは、飛び出した僕を見て臨戦態勢に入った。
2体の〈ロック・クラブ〉が素早い足さばきで飛び出してくる。
予めて鑑定していたコイツらのステータスはこうだ。
────────────
ロック・クラブ
レベル3
体力:512/512
魔力:30/30
筋力:456
耐久:980
俊敏:789
器用:389
・魔法適正
無し
・スキル
【硬質化 Lv3】
・称号
無し
────────────
耐久値と俊敏が異様に高い。スキルも防御系で攻撃性はあまり無いが面倒臭い相手だ。
あの見た目から分かるように物理攻撃の耐性は相当なもの。ならば選択肢は1つ。
「灯れ!!」
短く言葉を紡ぐ。それと同時に身体の内から何かが抜け出る脱力感が訪れる。
刹那、僕の周りに炎が出現した。その炎は独りでに宙を舞うと眼前の〈ロック・クラブ〉に襲いかかる。
魔法の使用による脱力感に流されることなく。僕は業火に燃やされて苦しむ〈ロック・クラブ〉に斬り掛かる。
「はぁあ!!」
「「キシャ!?」」
熱によって溶かされかけている奴らの硬い外皮は例えスキルを使用していても容易く切断できてしまう。
難なく2体の蟹を葬ると、背後から嫌な足音が聞こえてくる。
「キシャシャシャ!!」
視線をそちらに切れば跳躍して体と同じ大きさをしたハサミをハンマーのように振りかぶる蟹。この距離では【不屈の焔】を使用しても間に合わない。
だけど僕は焦ることなく、冷静にソイツの方に向き直って大声で叫ぶ。
「止まれッ!!」
「────!!?」
突然の大声に襲いかかってきていた〈ロッククラブ〉はその体を硬直させて動かなくなる。
スキル【咆哮】による拘束だ。
無造作に地面に転げ落ちた蟹を一瞥して、僕は裏返しになっている奴の腹を思い切り突き刺す。
「キシ────!!」
「これで3体……!」
表は硬いが裏はそこまででも無い。新たな発見をして僕は次々と襲いかかってくる〈ロック・クラブ〉たちを迎え撃つ。
油断している訳ではない。
けれども僕はコイツらとの戦闘を始めてから確かな手応えを感じていた。
「……やれる!!」
最初こそ、その数の多さと明確な実力が分からないために慎重に立ち回る必要があった。けれど、これなら行ける。コイツらの連携は見事だが問題なく対処できる。
魔法との相性も良い。
一点突破する必要も無いかもしれない。このまま全部、燃やしつくそう。
「燃え滾れ───」
僕の短い詠唱を合図に〈ロッククラブ〉の死体を燃やしていた炎は更に激しく燃え上がる。そして、煌々と燃え滾る炎は次々と他の〈ロック・クラブ〉に燃え移る。
「「「キシャーーーー!?」」」
無数の〈ロック・クラブ〉から奇妙な断末魔が聞こえてきた。
奴らはじたばたと地面をのたうち回り、完全に動きが鈍くなる。
辺り一帯が炎の明かりによって強く照らされる。1度だけの魔法の発動で炎はどんどんと強さを増す。
後はドロドロになった〈ロッククラブ〉を斬り伏せるだけ戦闘は終了する。だけど1体ずつ近づいて斬って回るのも手間だ。そこで僕は妙案を思いつく。
「───爆ぜろ」
一言。ぽつりと放った瞬間、燃えていた〈ロック・クラブ〉が次々と爆発する。
血腥い硝煙と弾けて散った〈ロック・クラブ〉の死体。先程まで辺りを囲んでいた蟹たちは忽然と姿を消して、戦闘は終了する。
「やり過ぎた……かな?」
自分が作り出した残念な光景を見て、僕は呆然としてしまう。
これだけ大規模な爆発を起こしても魔力の減りはたったの20と、コスパが良すぎた。強力な魔法だが、この光景を見て僕は使い方には気をつけようと改めて思った。
「これじゃあバラバラすぎて【取捨選択】が使えないな……」
跡形もない〈ロッククラブ〉だった破片を拾ってゲンナリとする。
何とか綺麗な形で死体が残ってくれた1体の〈ロッククラブ〉を回収して【取捨選択】を使おうとすると、ヴィオラさんとルミネが僕の元まで駆け寄ってくる。
そしてヴィオラさんは気まずそうに僕から目を逸らすと突然頭を下げた。
「その……私の所為で2人を危険なことに巻き込んでごめん……」
「どうしてヴィオラさんが謝るんですか?」
「えっ……いやだって、あの
「それならヴィオラだって被害者じゃないですか。なら謝る必要は無いですよ」
「でも…………」
僕の言葉に納得がいかない様子のヴィオラさん。その気持ちは十分にわかるが、敢えてここはこう言わせてもらった。
無駄な責任感で罪もない彼女が押しつぶされる必要ない。全てはこんなことを引き起こしたデルという男───そしてこの指示をしたアイアンが悪いのだ。
そうと分かっていてもヴィオラさんは変な責任を感じて暗い表情をしたままだった。
今日はこれ以上続けても気まずいし、彼女に変な気を使わせてしまうだけだろう。
「……今日はもうここで探索を切り上げましょう」
「分かりました!」
「えっ……」
僕の提案にルミネは元気よく返事をして、ヴィオラさんは困ったように眉根を下げる。
何か言いたげにしているヴィオラさんを見て僕は言葉を続けた。
「さすがにこの精神状態のまま探索を続けるのは危険です。それに僕もちょっと今の戦闘で予想以上に力を使ってしまったので今日は切り上げます。1日休息日を挟んで、明後日に探索を再開しましょう」
「ご、ごめん……」
「ヴィオラさんの所為じゃないですよ。元々、今日の探索が終わったら休息日を取るつもりでした。なので明日は気にせずゆっくりと休んでください」
「───わかった。ありがとう……」
「はい」
本音を言えば全然今の戦闘で疲れてはいないが、結局この後僕は使い物にならなくなる。
ヴィオラさんからの感謝を受け取って、僕達は上へ戻るための準備を始める。その途中でルミネの元へと寄って耳打ちをする。
「ルミネ、僕は今からスキルを使うからちょっと周りの警戒をお願いしてもいい?」
「……わかりました」
心配そうに僕を見てくるルミネは何も言わずに頷いてくれる。
そうして僕は2人から少し離れた所へと移動してスキル【取捨選択】を発動して、〈ロック・クラブ〉のステータスを拾った。
「っ──────!!!」
予想通り、ステータスを拾った瞬間に全身に異常なまでの激痛と嘔吐感が襲い来るが、僕はそれを何とか声を押し殺して我慢する。
数分にも及ぶ拷問の時間を何とかヴィオラさんに気取られることなくやり過ごして、僕達は地上へと戻るために移動を開始する。
この前のスキルの反動と比べれば、今日のはほんの少しだけマシだったが、それでも僕はどっと疲労を抱えていた。この激痛になれるにはもう暫く時間がかかりそうだった。
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テイク・ヴァール
レベル───
体力:1582/1582
魔力:255/255
筋力:1473
耐久:1649
俊敏:2432
器用:1052
・魔法適正
不屈の焔
・スキル
【取捨選択】【強者打倒】
【鑑定 Lv2】【咆哮 Lv2】【索敵 Lv2】
【短剣術 Lv1】
【鋼の肉体】+【硬質化】=【堅城鉄壁】←NEW
・称号
簒奪者 挑戦者 選択者
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