第47話 擦り付け

 大迷宮グレイブホール第26階層〈鉱脈地帯〉。中流域に位置するとある採掘ポイントで僕達は本日もせっせとツルハシを硬い岩壁に打ち付けていた。


 岩の砕ける音と金属の甲高い音が延々と耳朶を打ち。そんな音を数時間もずっと聞いていれば気がおかしくもなってくる。それでも僕は不満一つ漏らすことなく、心を無にしてツルハシを振りかぶる。


「…………」


 少し離れた位置で僕と同じようにツルハシを振りかぶるヴィオラさんは、満面の笑みで壁を掘り続けてゴロゴロと転がり落ちてくる鉱石を見ては奇妙な声を上げていた。


「キャー!これは上物の黒魔鉄……こっちは六甲石……こっちは────」


「ほっ……ほっ……!!」


 その横をルミネが軽快な足取りで通り過ぎて、次々と転げ落ちた鉱石を回収していく。


 探索3日目、そして採掘2日目にして完璧なチームワークが僕たちの中には出来つつあった。その甲斐もあって〈鋼魔鉄〉の採取は順調。このままのペースでいけばあと一日で必要量を集めることが出来そうだった。


 予想よりも早い素材の集まり具合に驚きつつも、その反面で「これだけ休まずに採掘をしていれば当然か」とも思えてきてしまう。


 ギシギシと筋肉痛で全身が痛む中、今日もかれこれ2時間ほど壁を掘り続けている。もうここまでいくと筋肉痛とかもどうでも良くなって、なんだか体の調子がすこぶる良くなっていくような気がしてきた。


 完全に気の所為なのだけど、ここで冷静に判断を下してその事実を直視してしまえば僕のメンタルが腐ってしまいそうなので直ぐに考えないことにする。


「……もうひと頑張りっ!」


 自分の武器と防具を作るためにこうしてせっせと素材を集めて、ルミネにまで手伝って貰っているのだからいつまでもダラダラと無駄な事を考えてないで体を動かす。


 何度か思い切りツルハシを地面に打ち付けるとヴィオラさんから「休憩しよう!」と指示が出る。


 辺りを警戒しながら3人で集まり、適当な岩場に腰掛ける。

 この〈鉱脈地帯〉は圧倒的にモンスターとの遭遇率が低いのだが、一応の保険でスキル【索敵】は発動させてある。


 水分補給をして辺りにモンスターの気配がないことを確認して一息着いていると、ヴィオラさんがさっきの採掘で集まった素材を確認しながら口を開いた。


「だいぶ素材も集まってきたな。そろそろこの採掘ポイントも潮時だ」


「そうなんですか?」


 同じく集めた素材の数を確認していたルミネが小首を傾げて質問する。

 ヴィオラさんは視線を鉱石に向けたまま頷いて続けた。


「ああ。昨日と今日で鉱石の出が悪くなってきた。品質も落ちてきてるしここを掘り続けても時間の無駄だ。ずっと壁掘りも飽きてくるし、一旦別の素材を集めよう」


「クリスタルパレスですね?」


「そうだ。採掘中に遭遇できたら良かったがそんなに上手くも行かない。一回重点的にあのヤドカリを探そう。後回しにするのも面倒だ」


「そうですね」


 ヴィオラさんの提案に賛同して僕達は一度、採掘を中断してモンスターの素材を集めることにする。


 10分ほど休憩して26階層の探索を再開する。2時間にも及ぶ重労働によって体はあちこち悲鳴を上げているが、精神的にはだいぶ楽だった。

 また延々とツルハシを壁に打ち付けて「カン、カン」と言う音を聞かなくと思えばこんなのはさして気にすることでもない。


「反応はないですね」


「そうか───」


 辺りを注意深く確認して、スキル【索敵】でもモンスターの反応がないかを確認する。


 今回僕たちが集めようとしているもう一つの素材は、甲殻型モンスター〈クリスタルパレス〉からドロップする〈白水晶の渦巻〉という素材。


〈クリスタルパレス〉はこの〈鉱脈地帯〉でしか出現しない、とても臆病な性格をしたモンスターだ。

 それ故に遭遇確率は極めて低く、レアモンスターとして有名。そんなモンスターから取れる〈白水晶の渦巻〉という素材は26階層までで手に入る素材の中で最も硬いと言われている。様々な武器や防具の素材として重宝されて、人気の素材だ。


 市場で購入しようとすれば凡そ150万メギルは超える価格で取引されて、おいそれと手を出せる素材では無い。そんな超高級素材をヴィオラさんは僕の装備に使うと言って、〈クリスタルパレス〉を是が非でも狩ると言った。


 どうして彼女がここまで意気込んでこの素材を手に入れようとしているのか? 打ち合わせの時点でこの話を聞いていた僕はイマイチ理解できていなかったが、今ならわかる。


「───絶対に狩る……時価150万の素材なんて私みたいな下っ端には回ってこない。なら自力で手に入れるしかない…………」


 少し異常とも思えてしまう素材マニアとしての彼女は一度でいいから高級素材をこの目で拝んで、実際に自分の手で加工したいのだ。


 職人としては普通の思考に思えるが、何故だかヴィオラさんのソレは常軌を逸しているように思える。


「へへ……待ってろよ白水晶の渦巻……」


 何故か口元からだらしなく涎を垂らしているヴィオラさん。そんな彼女を横目で眺めていた僕とルミネはなんとも言えない気持ちになる。


 そんなことがありながらも〈クリスタルパレス〉と遭遇するどころか、モンスターとの接敵もないまま26階層の奥へと順調に進んでしまう。


 やはり〈鉱脈地帯〉と呼ばれるこの階層ではモンスターが著しく少ない。階層の構造や性質的にモンスターが少ないと分かっていても違和感を感じてしまう。


 気が緩まないようしようと思っていても、この状況なら無意識に緩んでしまいがちだ。

 隣を歩いているルミネも「ふわぁ」と可愛らしく欠伸をして、目尻に涙を貯めている。


 それでもそんな僕達とは打って変わって、先行している我らの姉御は違った。

「獲物を絶対に逃がさない」と言う圧倒的な集中力で、目をギラギラとさせて辺りに気を張り巡らせている。


 そんな彼女を見習って、僕は一度深呼吸をして気合いを入れなをそうとする。

 自分の装備を作るためにここまで来ているのだ。なのに僕が半端な気持ちで素材集めをするのは間違っている。


「すぅ……はぁ……」


 1回、2回と深呼吸をして、オマケに頬を思い切り叩く。それだけで目が冴えて、気合いが入ったような気がする。


 改めてスキル【索敵】で辺りの反応を探ろうとしようとしたところで、僕は1つの異変に気がつく。


「─────っ!!」


 全身を駆け巡る嫌な悪寒。

 咄嗟にナイフを収めた鞘に手を添えて、何時でも抜剣できる体勢に入る。


 僕の行動に隣のルミネと前を歩いていたヴィオラさんが気がつく。


「ど、どうかしましたかテイクくん?」


「モンスターか?」


「……はい」


 ヴィオラさんの質問に短く頷く。それだけで2人は表情を引き締めて戦闘態勢に入る。


「数は?」


「10……いや、12。200mほど先です」


「鉱脈地帯でそれだけ大きなモンスターの群れだって?そんなの聞いたことがないぞ……」


 お手製のバトルメイスを構えたヴィオラさんは目を見開いて驚く。


「はい。遭遇しても3〜5が限度です。これはちょっと様子がおかしい……」


 彼女の言葉に同意して僕達はこちらに急接近してくるモンスター達を待ち構える。


 距離的にもう逃げるとか、どこかに隠れてやり過ごすとかができるものでは無い。ここは腹を括って真正面から迎え撃つ。


 他の階層と比べてそこら辺に埋まっている色とりどりの水晶のお陰で視界は明るいが、200mも先までは見通すことは出来ない。けれど、数分と経たずにソイツらは現れた。


「うぉおおおおぉぉおおおおお!!!」


「「「キシャシャシャシャッ!!」」」


 ガサガサと言う奇妙な足音と共に聞こえてきたのは1人の野太い男の絶叫と、モンスターの鳴き声。

 暗がりの先から全力で走ってくるのは一人の男の探索者と11体の甲殻型モンスター。


「た、助けてくれ!!」


 必死な顔で助けを求めてくる男、その男に僕とヴィオラさんは見覚えがあった。それは〈クロックバック 第二鍛治工房〉でアイアンの取り巻きの一人。昨日あったベスタと言う男とはまた別の男だ。


「な、なんでデルが?それにあの大量のロック・クラブは…………」


「考えるのは後です。とりあえず助けましょう!」


 困惑したヴィオラさんの隣並び立ってナイフを構える。


 デルと呼ばれた男は大量の甲殻型モンスター〈ロック・クラブ〉を引き連れて、必死の形相で僕達の方まで走ってくる。

 デルは何とか僕達の方までたどり着く。そして彼と一緒に大量の〈ロック・クラブ〉を迎え撃とうとするが、そう思っていたのは僕達だけのようだった。


 全速力で走ってきたデルは全く速度を落とすことなく、そのまま僕達とすれ違って奥へと走り逃げていく。


「───頼むぜ」


 すれ違いざまに今までの必死な様子から一転して、デルと言う男は悪戯が成功した子供のように汚い笑みを浮かべてそう言った。


 男の言葉を合図のように、今まで男を追いかけていた〈ロック・クラブ〉達は途端に男を追いかけるのを止めると僕達の方へと注意ヘイトを向けてくる。


 そこで僕は理解する───


「っ擦り付けトレインか!!」


 ───僕達はこの男にのだと。


 既に僕達の後方へと走り抜けた男の姿は無く。完全に目の前の〈ロック・クラブ〉の群れを押し付けられた。


 一瞬にして辺りを囲まれた僕達は最悪な置き土産をしたあの男を直ぐに追いかけることも出来ずに、目の前のモンスターを倒すことを余儀なくされた。

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