第46話 素材集め
ヴィオラさんを交えての探索は今日で2日目。ようやく目的の階層である〈鉱脈地帯〉へとたどり着いた。
いつもの殺風景な風景とは打って変わって、26階層はとても煌びやかに思える。
赤、黄、青、紫……と色とりどりな半透明な水晶がそこらかしこに突き出して、魔晄石の淡い光に照らされて反射している。
一見、宝石にも思えるその水晶は特に金銭的な価値は無く。そこら辺に転がっている石ころと同義だ。だけれど初めてこの光景を見た人は「記念に一つ」と言った感じで欲しがることだろう。
僕もその1人だったりする。
「やめときな。
「でも綺麗ですし……」
「そんなこと思っていられるのも今のうちだ。いいからその手に持ってる石ころを捨てな…………ルミネ、アンタもだよ」
「「ええーーー」」
こっそりとそこら辺に転がっている水晶の欠片をポケットにしまおうとする僕たちを見て、ヴィオラさんはため息混じりに注意する。
「まったく……ほら、もっと奥に行くよ。ここはもう掘り尽くされてる」
「「は〜い」」
バトルメイスでポンポンと軽く肩を叩くとヴィオラさんは先に奥の方へと行ってしまう。それを僕らは仕方なく水晶を捨ててから追いかける。
初日はまだ硬さと遠慮があったヴィオラさんであったが、探索2日目にして随分と打ち解けれた。
口数が少なく、物静かな人だと思っていたけれど実際のところ彼女は意外とお喋り好きで、面倒見がとても良かった。まさに「姉御肌」という言葉が似合う人だった。
実際、この3人の中で1番の年長者なのでお姉さんなのは間違いないのだけれど、それでもなんだか今の彼女の方が僕達はしっくりと来ていた。
キラキラと輝く水晶を眺めながら階層の奥へと目指す。
ヴィオラさんの納得できる採掘ポイントを目指して、26階層の探索を初めてから1時間が経とうとしていた。
〈鉱脈地帯〉と呼ばれるだけあって26階層には数え切れないほどの採掘ポイントが点在している。適当にピッケルで岩壁を掘ればゴロゴロと鉱石が転がり落ちてくる階層ではあるけれど、それ故にここは多くの鍛冶師や探索者の素材集めスポットなっていて、良質な素材が出る採掘ポイントの殆どが枯れ果てていた。
さらに奥の38階層にもこの26階層と同じく〈鉱脈地帯〉と呼ばれる階層があるが、38階層までたどり着ける探索者や鍛冶師というのは数が限られ、気軽に素材を取りに行ける場所でもない。その為、この26階層に人が集中する。
それ故に良い採掘ポイントがなかなか見つからない。
加えてモンスターとの戦闘もなく、今の僕達は大迷宮をただ散歩しているだけ。そりゃあ色の着いた水晶に目が奪われても仕方がないと言うものだ。
まあ正直、戦闘が少ないというのはありがたい話だった。
昨日に比べれば体の調子はだいぶマシになったけど、まだ本調子ではなかった。随分と昨日の【取捨選択】での反動が尾を引いていた。この調子なら今日の【取捨選択】は控えた方がいいかもしれない。
「……お、いい感じだ。ここにしよう」
依然として気怠い体に不快感を感じていると、ヴィオラさんは急に足を止めて担いでいた荷物を粗雑に地面に置いた。
それに習って僕達も足を止めて、彼女が「いい感じ」と言った視線の先に釣られる。
そこには何の変哲もない凸凹に穴が掘られた壁。明らかに沢山の先人たちによって掘り尽くされた採掘ポイントと言った感じ、僕からして見れば今までの採掘ポイントと何が違うのかサッパリだった。
しかし、我らが姉御には何か別のモノが見えているようでさっきまで詰まらなさそうにしていた表情を爛々と輝かせていた。
まるで宝石箱を見るような彼女にルミネはこんな質問をした。
「ヴィオラさん、私たちは何をすればいいですか?」
「えっ?ああ……そうだね、それじゃあテイクは私と一緒に採掘、ルミネは出てきた鉱石を回収して。今回集める鋼魔鉄の特徴は───」
「白濁色のちょっと手触りが滑らかな鉱石ですよね。バッチリです!」
「オーケー。それじゃあ始めようか、テイクっ!」
「わわっ!?」
役割分担と採掘素材の特徴を再確認したところでヴィオラさんは僕に一つのツルハシを投げ渡してくる。それを焦ってキャッチすれば作業開始だ。
「テイクはここを掘ってくれ。私はこっちを掘る。あまり勢い任せに掘るなよ、いいな?」
「分かりました」
鉱石の採掘なんて初めての僕はヴィオラさんに手取り足取りで壁の効率的な掘り方等を教えて貰いながら作業を進めていった。
その途中、ルミネが悔しそうに僕たちを見ていた気がするけれど、そんなに採掘をやってみたかったのだろうか?
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数時間ぶりに眺めた空はいつもの如く茜色に染る。そんな空を仰ぎながら僕はベンチに深く座り込んで大きく息を吐いた。
「疲れた……」
「こんなのでへばるなんてだらしないな。いつもあんなことよりハードなことしてるだろ」
「そのはずなんですけどね……」
そんな僕を見てヴィオラさんは意地の悪い笑みを浮かべて揶揄ってくる。
僕はから笑いを浮かべて鉛のように重くなった二の腕を優しく揉む。
3時間の採掘を終えて、僕達は今日の探索を切り上げた。
初めての採掘作業&ノンストップ作業のおかげで僕の全身は筋肉疲労によって悲鳴を上げていた。特に腕と腰が凄い。明日には酷い筋肉痛に見舞われることだろう。
「はあ……」
少し憂鬱な気分になるが、悪いことばかりではない。
ノンストップ作業のお陰で予定よりも多めに〈鋼魔鉄〉を採取することが出来た。これで昨日のイレギュラーな遅れを何とか巻き返すことが出来た。
疲労と共に充足感が訪れる。
昨日は不完全燃焼な探索になってしまったが、今日はしっかりと予定通りに探索を終えることが出来たことが嬉しかった。
見上げていた空から視線を横で今日の収穫を確認するヴィオラさんに移す。
彼女は恍惚とした表情で手に入れた鋼魔鉄を数えていた。なんともだらしないその表情に僕は何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、直ぐに目線を逸らす。
そして誤魔化すように適当な話題を振ってみる。
「今日はかなり素材が取れたと思いますけどどうですか?」
「まだ足りないな。あとこれの3倍は欲しいところだ」
「3倍……武器を作るのってそんなに素材が必要なんですね……」
思わぬヴィオラさんの発言に僕はゲンナリとしてしまう。
「鋼魔鉄の場合は特殊なんだ。この鉱石は溶かした時の約半分以上が不純物で使い物にならない。それでも後の半分はとても使い勝手の良い素材になって────」
そんな僕の為にヴィオラさんはどうして大量の素材が必要なのか、説明をしてくれるが話が深くなるにつれて理解できなくなる。
仕舞いには呪文のような言葉が乱立されてもう誰も止められなくなってしまう。
鍛冶や鉱石……武具に関わる話になると彼女は饒舌になる。
楽しそうに語るヴィオラさんを見ているとこちらまで嬉しくなってきて、話の内容はよく分からないが不思議と苦もなく聞いていられる。
特に質問などをすることはなく。ただ相槌を打ってヴィオラさんの話に耳を傾けていると、不意に楽しそうな彼女の話を遮る男の声がする。
「おーおーヴィオラ。お前みたいな無能が何をそんなに熱弁してんだ?」
「───っ……ベスタ」
今まで笑顔だったヴィオラさんの表情が一瞬にして凍りつく。
声のした方へと視線を向ければそこには下卑た笑みを浮かべてこちらに近づいくる男。その男に僕は見覚えがあった。
僕とヴィオラさんの商談中に割って入ってきた男───工房長代理のアイアンの取り巻きにいた男だ。
ベスタと呼ばれた取り巻きの男はズカズカとヴィオラさんに近づくと、彼女が持っていた〈鋼魔鉄〉を奪い取ってまじまじと見つめる。
「あっ……」
「ほう、コイツは結構な上物だ。まだ26階層でこんなのが取れるんだな。なあヴィオラ、この鋼魔鉄くれよ」
「えっ……それは……」
「あ?なんだ、ダメだってのか?」
「いや、その……」
ベスタの威圧的な態度に、ヴィオラさんは完全に萎縮してしまう。
自分勝手極まりない男の発言に僕は苛立ちを覚えて、ヴィオラさんを庇うようにベンチから立ち上がって2人の間に割って入った。
「あ?なんだてめぇ……邪魔すんなよ」
ベスタは僕を見るなりドスの効いた声で腹立たしいと言わんばかりに脅しをかけてくる。しかし、それで怯むほど僕はやわでは無い。ここで退けるはずがない。
睨みつけてくるベスタに僕も鋭い視線を向けて言葉を放つ。
「返してください。それは僕達が手に入れたモノです」
「ああ?ガキが調子乗ってんじゃねえぞ。俺はレベル4だ。痛い目見たくなかったら退け」
「いいからそれを返してください」
「チッ…………邪魔だって言ってんだよ!!」
「テイクッ!!」
ベスタは苛立たしげに右拳を作ってそれを僕の鳩尾目掛けて振り抜いた。
ヴィオラさんの悲鳴にも似た声がすぐ後ろから聞こえる。彼女からは僕が突然、無防備に殴られたように見えたのだろう。
けれど彼女の心配は杞憂となる。
なぜなら奴の拳が僕の鳩尾を貫く前に僕はそれを難なく受け止めたのだから。
「なっ……!?」
まさか拳を受け止められると思っていなかったのかベスタは困惑した表情を見せる。
僕は一向に〈鋼魔鉄〉を返そうとしないベスタにもう一度警告する。
「さっさとそれを返せって言ってるんだ。聞こえないのか?」
「うがっ!?」
受け止めた奴の拳を少しだけ強く握る。
すると直ぐにベスタは頓狂な声を上げると手に持っていた〈鋼魔鉄〉を手放した。
無造作に地面に落下しようとする〈鋼魔鉄〉を素早くキャッチして、僕は痛そうに拳を抱えるベスタにこう言った。
「返してくれてどうもありがとうございます。鋼魔鉄が欲しいんなら自分で取りに行ったらどうですか?レベル4の実力をお持ちなら余裕ですよね?」
「っ……クソガキ!お前、こんなことしてタダで済むと思うなよ……!」
忌々しげに僕を睨みつけてくるベスタ。
自分から喧嘩を吹っかけて来ておいてどの口が言うのだと思ってしまうが、少し冷静になろう。怒りが限界を超えて少し煽り過ぎてしまった。これ以上騒ぎを起こすのは面倒なので戦略的撤退を図る。
「ヴィオラさん、行きましょう」
「えっ、ちょ…………」
「この借りはしっかりと返させて貰うからな!!」
呆然とベンチに座るヴィオラさんの手を引っ張って、素材の換金をしに行ってくれているルミネがいるであろう探協へと向かう。
背後から意味のわからない言葉が聞こえてくるが全部無視をする。ああいう手合いは反応するだけ無駄だ。
昔の嫌な記憶がフラッシュバックする中、僕達は突然絡んできたベスタをなんとかやり過ごした。
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