第45話 反動
今回、僕たちが素材を取りに行こうとしているのは第26階層の通称〈鉱脈地帯〉と呼ばれる階層。この〈鉱脈地帯〉で採取できる〈鋼魔鉄〉と、そこでしか出現しない甲殻類型のモンスター〈クリスタルパレス〉から手に入る素材が武器と防具を作るのに必要な素材だ。
武器に加えて防具も作るということでヴィオラさん曰く、素材は大量に必要とのこと。それこそ一日やそこいらで確保できる量ではない為、4〜7日と言う期間を設けて素材集めをすることになった。
もちろん、この期間の間に何日か休息日を入れる予定なのでそれを合わせれば10日程のスケジュールで進めていく。
26階層はまだ未到達の階層、その前にも未探索の階層が続いているので僕達は安全第一で探索を進めていた。
予定では今日のうちに26階層までのルートを確立して、明日からスムーズに素材集めをできるようにしたかったのだが、僕達は22階層まで降りたところで本日の探索を切り上げた。
「ありがとうルミネ……」
「いえ……大丈夫ですかテイクくん?」
「うん、何とか。今日休めば大丈夫だと思うよ」
「そうですか……」
その理由としては僕が途中で探索もままならないぐらいに体力が無くなって疲弊してしまったからだ。
今も地上に戻るまでルミネに肩を貸してもらいながらここまで戻ってきた。
心配そうに僕を気にかけてくれるルミネに「ごめんね」と何度目かの謝罪をして近くのベンチにぐったりと座り込む。
そして給水を取って一息ついていたヴィオラさんにも一つ頭を下げた。
「ヴィオラさんもすみません。本当は今日のうちに26階層まで行きたかったのに……」
「それはいいんだが……本当に大丈夫なのか、テイク?」
「はい。何とか……」
ヴィオラさんは頭を振ると水筒を手渡してくる。それを受け取って一気に呷ると少し気分が落ち着いた。
どうして順調に探索をしていたのに急に体の調子が悪くなり、探索を中断する羽目になったのか? まだ体の傷が回復していなく、本調子ではなかったからか?
違う。
傷は完治しているし、16階層までは絶好調だった。
ならば何故こんなことになっているのか?
理由は分かりきっている。
16階層で〈亡霊の
しかしどうしていきなりこんなことが起きたのか、その理由は分からない。
今までステータスを拾ったとしても一時的な激痛に悩まされるだけで、あとは特に問題なく探索を続けることは出来た。スキルを多用した場合はその限りではなかったけれど、本当にこんなに体が気怠いのは初めてだった。
最初は本当になんてこと無かったのだ。いつもより痛みはあったけれど体を動かす事は出来たし、探索を続けることはできると思っていた。だけど時間が経つにつれてそんな事を言っていられなくなった。
常に全身が鉛のように重くなって、二日酔いをした時のような気持ち悪さがずっとまとわりついている感覚がするのだ。今もそうだ。
傍から見ても僕は調子が悪く見えるようで、その異変にいち早く気がついたルミネは「今日の探索を切り上げましょう」と提案し、有無を言わさずここまで連れ戻された。
結果的に彼女の判断は正しかった。
あのまま探索を続ければそのうち命を危険に晒す可能性もあった。それを考慮すればこの選択は正しい。
「はあ……」
空を仰いで深呼吸をする。
まだ体は気怠いがピーク時に比べれば幾分もマシだ。
茜色に染まった空を見ているとルミネは今日の探索での戦利品を抱え持ってこう言った。
「私、今日の素材の換金をしてきますね。ヴィオラさんはテイクくんを見ていてあげてください」
「分かった」
「ごめんねルミネ……」
「大丈夫ですよ。それじゃあ行ってきますね」
優しく微笑むとルミネは探協へと換金する素材を持って行ってしまう。
なんとも頼りになる彼女の後ろ姿を見送って僕は再び思考する。
スキル【取捨選択】が原因で僕の調子が悪くなったのは確定だ。ならばその詳しい要因はなんなのか? 僕は地上に戻るまでの間で一つの結論にたどり着いた。
それは、高ステータスの獲得が今回、体調が不良になった原因なのではないかということだ。
今までの【取捨選択】と今回の【取捨選択】でどこに違いがあったのかを考えれば、案外すんなりと納得出来る答えが出てきた。これは僕の中でかなり的を得た考えだと思う。
簡単にどういうことかといえば、僕の体がステータスの上昇についてこれてないのだ。今までは低いステータスでゆっくりと自身のステータスを伸ばしていったけど、今回は一気に何段階もスキップするようにステータスを上げた。
このことに僕の体は驚いて、「このままだとお前の体、ステータスに耐えきれなくて壊れるよ?」と言った感じで無意識にブレーキを掛けようとしているのだ。
その結果、こうして僕は体を動かすことまままならないぐらいに調子が悪くなった。
こう考えればしっくりとくる。
色々と納得できない点もあるけれど……今はこれ以上考えても上手くまとまる気がしない。
ともかく今回で僕が思ったことは───
「高レベルモンスターのステータスを拾って一気に自分のステータスを強化するのは難しいのかな……」
───ということ。
効率がいいのには変わりないが連続しての【取捨選択】は不可能だ。1日に1回が限度、この体の調子なら最低でも2日は【取捨選択】の使用を控えないと本調子まで戻すことは出来ないと思う。
なかなか上手くいかないものだ。あちらを立てればこちらが立たず。万能と思えたスキル【取捨選択】も完璧ではないということか……いやまあ、これを加味してもこのスキルが破格だと言う考えは変わらないんだけど……。
「焦りは禁物ってことか……」
「なんの話だ?」
思考を中断して独り言のつもりで放った言葉が、少し距離を置いて隣に座っていたヴィオラさんに拾われてしまう。
僕は独り言を拾われた気恥しさを誤魔化す。
「あ、いや、久しぶりの探索で張り切りすぎちゃったかな〜って……あはは」
「……そうか」
から笑いする僕にヴィオラさんは何かを探るような視線を向けてくる。
彼女のその視線の意図は考えずとも分かる。16階層の時からずっと僕に何かを聞きたそうにしているがそれを我慢しているのだ。
これだけ心配をかけておいて、ロクな説明をしないのは申し訳ないと思う。だけど僕はスキルの事は話さない。
彼女を信用していない訳では無い。けれど、軽々しくスキルの事を話すほどの間柄でもない。
スキルの事はあまり口外するべきでは無い。この考えは変わらない。だから心苦しいけれど耐えるしかない。
ヴィオラさんの無言の訴えに妙な緊張感を覚えながらも、気分はだいぶ良くなってきた。これなら宿屋に1人で帰れること出来るだろうと考えていると、換金に行っていたルミネが戻ってくる。
「お待たせしました!」
「1人で行かせてごめんね。ありがとうルミネ」
「いえいえ。具合の方は良くなりましたか?」
「だいぶね。これなら1人で宿屋に帰れそうだよ」
「それなら良かったです」
ホッと安堵の表情を見せるルミネ。
彼女の優しさを嬉しく思いながら、僕達は今回の稼ぎを山分けする。
ヴィオラさんは金銭ではなく、今回の探索で手に入れたモンスターのドロップや鉱石をそのまま持ち帰る。
目的の階層に行くことは出来なかったが、それでも今回取れた戦利品の中に欲しかったものでもあったのか彼女は少し表情を綻ばせて嬉しそうにしていた。
そして滞りなく金銭の分配が終了すれば、今日のところは解散となる。
「本当に1人で帰れますか?」
「うん。大丈夫だよ」
「ホントですか?無理しないでください、辛かったら言ってくださいね?」
「ありがとうね、でも本当に大丈夫だよ。それに途中までヴィオラさんも一緒だからルミネは安心して家に帰ってよ。ラビ達もお腹を空かせて帰りを待ってるよ?」
別れ際、ルミネは有難くも僕を送ってくれると申し出てくれるが、本当に帰るぐらいなら問題は無いので遠慮しておく。
「そっちの方も心配なんですけど………そうですね。それじゃあ今日のところはこれで失礼します。お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「おつかれ」
ルミネは少し表情を顰めると踵を返して僕たちとは反対方向へと歩き出す。そんな彼女を軽く見送ってから僕達も歩き出す。
「それじゃあ帰りましょうか」
「そうだな」
依然としてヴィオラさんは僕に何かを聞きたそうにしていたが、僕はそれに気付かないフリをして彼女の気を逸らす為にオーダーメイドの装備についての会話をしながら帰路へと着いた。
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