第44話 久しぶりの探索

 鬱屈とした洞窟内。頼りになるのは辺りに埋まっている魔晄石か予めて用意していた松明やカンテラなどの明かりのみ。

 久方ぶりの大迷宮は何一つ変わっておらず、殺風景な光景が広がっている。


 逆に1週間やそこらで劇的に変化していた方がおかしな話なのだが、それでも何も変わっていないことに少し安心感を覚えてしまう。


「ふぅ……」


 程よい緊張感が全身を駆け巡る。

 呼吸を繰り返す度に感覚が鋭くなり、弛みきった気持ちを引き締めてくれる。


 まだ大迷宮の入口も入口、そんなに気張る必要も無いのだが自然とスイッチが入ってしまう。


 色々とやらなければいけないことや試したいことが沢山だ。

【強者打倒】によって減ってしまったステータスを取り戻すことや、新しく手に入れた魔法【不屈の焔】の使用感の確認、それから新しい武器と防具を作るための素材集め。


 いつにも増して気分が高揚する。

 早くモンスターと戦いたい。


 はやる気持ちを何とか抑えて第1階層の平坦な一本道を先頭で進んでいると後ろから女性陣の楽しげな会話が聞こえてくる。


「え!ヴィオラさんってレベル3なんですか!?」


「まあな」


「鍛治職人さんなのに私よりもレベルが高いなんて……」


「鍛冶師でも大体の奴はレベルは2……高い奴で5とかもいるぞ」


「そうなんですか!?」


「ああ。新米の頃はよく試作の武器を作るために大迷宮で素材集めをするんだ。だから大体の鍛冶師はある程度戦えるし、こうやって探索者の素材集めに同行することもある。実際に「自分の目で素材を目利きして選んだ方が良い」って言う拘りの強い奴もいるぐらいさ」


「なるほど。面白いですね!!」


「……そ、そうか?」


 ヴィオラさんの鍛冶師事情を聞いて、純粋な子供のように目をキラキラと輝かせるルミネ。


 最初の方はどうなることかと思ったが、2人は変なわだかまりもなく打ち解けてくれたようだ。あまり口数の多いヴィオラさんではないが元気ハツラツのルミネの前ではそういうわけにもいかないらしい。


 怒涛の質問攻めにいつの間にかスラスラとお喋りに興じて、満更でも無さそうだ。

 また新たに見つけた彼女の一面に、やはり女の子なのだと思った。工房で初めて会った時はかなり荒んでいたというか、寂しそうな雰囲気だった。


 話を聞いて、境遇を知ればそうなってもおかしくない、寧ろ当然なのだが、やはり人間というのはつまらない顔をしているよりも笑っていた方がいいと思う。

 今、後ろで楽しそうにお喋りをしている2人の女の子を見て強く思った。


 それと同時に────


「どんな理由があろうと、人を悲しませることをするのは最低なことだ……」


 ───工房で出会った男の事を思い出す。あの、人をただの道具としか思っていないような、自分が楽しければ何をしても許されると思っているような、厚顔無恥で醜悪な笑みがフラッシュバックする。


 何事もなければいいけど……なんて思うが、ああいう手合いの人間は必ず何かをしでかしてくる。ジルベールの時でそれは嫌というほど思い知った。


 思い過ごしならそれでもいいのだ。

 とりあえず気に止めて、警戒しておこう。


 背後から聞こえてくる会話に耳を傾けながら僕は大迷宮の奥へと歩みを進めた。


 ・

 ・

 ・


 探索を開始してから2時間。現在、僕たちがいるのは大迷宮16階層。

 目的地へと向かう道中、何度かモンスターとの戦闘を繰り広げたけれど、順調にここまで来ていた。


 今もその何度目かのモンスターとの戦闘中だった。


 眼前に立ちはだかるのは3体の霊体型モンスター〈亡霊の暗器ナイト・シーフ〉。ボロきれのような外套に、揺らりと宙を舞う錆びたナイフ。顔は無いのに腕と足はあるというアンバランスなモンスターだ。


「ルミネ!」


「はい!!」


 背後で援護に徹するエルフの少女に合図を出す。その瞬間、力強い唄声が聞こえて、全身に活力が湧く。


「2体は僕が引き受けます!残りの1体はお任せしてもいいですかヴィオラさん?」


「任せな!!」


 簡潔に相手する数を決めて駆け出す。


〈亡霊の暗器〉はレベル2のモンスター、戦闘が久しぶりなヴィオラさんでも危なげなく対処できる相手だ。それに何かあっても直ぐにルミネがフォローに入れるように用意はさせてある。僕は目の前の2体に思う存分集中できる。


「鑑定」


 互いに邪魔をしないように適切な距離を取って、僕は対峙した2体の〈亡霊の暗器〉のうち右の方にスキル【鑑定】を使う。


 ────────

 亡霊の暗器ナイト・シーフ

 レベル2


 体力:400/400

 魔力:130/130


 筋力:489

 耐久:580

 俊敏:856

 器用:458


 ・魔法適正

 風


 ・スキル

【短剣術 Lv2】


 ・称号

 無し

 ────────


 ステータス的には似たり寄ったり。あっちの方が俊敏が少し高いくらいだ。2体同時に相手取るのは普通なら無理かもしれないが、レベル4のモンスターを複数体相手にした時と比べれば可愛いものだ。


「ッ……!!」


 ヴィオラさんから借りたナイフを構えて一気に懐まで飛び込む。

 2体の〈亡霊の暗器〉は特に驚いた様子もなく、急接近した僕にナイフで斬りかかってくる。


 揺らりと舞っていた刃が不意に加速した。

 挟み込むように両側面から襲いかかってくる2つの攻撃に、僕は慌てることなく対処する。

 一つは体勢を極限まで屈ませて回避。もう一つは屈んだ勢いを使って〈亡霊の暗器〉を足払いで体勢を崩す。


 十分に反撃の余裕が出来た事を確認してから、攻撃を空振りして突っ立っている〈亡霊の暗器〉に斬りかかる。


「はぁあッ!」


 攻撃は〈亡霊の暗器〉の胴体部分にクリーンヒットするがイマイチ手応えがない。

 やはり、霊体型のモンスターは実態があっても物理攻撃の効きはイマイチだ。筋力が高ければゴリ押しも可能だが、今の僕はゴリ押しできる程の筋力はない。


 ならば────


「これでどうだ───」


 ───魔法で倒すまでだ。


 大きくバックステップして距離をとる。そして左手を前に突き出して、魔法の引金トリガーとなる言葉を紡ぐ。


「───灯れッ!!」


 詠唱と呼ぶにはあまりに短いその言葉は問題なく魔法を発動させた。

 眼前に少し橙黄色が強い巨大な炎が出現する。熱いはずなのだが火傷をする気配はなくて、妙な安心感を覚える。


 発現した炎は舞うように渦を巻いて独りでに〈亡霊の暗器〉に襲いかかった。


「─────ッッッ!!」


 声は聞こえないが苦悶の様子を見せる〈亡霊の暗器〉達。


 振り払おうとしても炎は執拗にまとわりついて、奴らの全身を焼け焦がす。時間経過で炎は弱まることなく、寧ろ煌々とその強さを増していく。


 そしてトドメと言わんばかりに、まとわりついた炎は爆ぜると2体の〈亡霊の暗器〉は力なく地面に倒れた。

 僕の戦闘はそこで終了する。


 戦利品を確認する前に残った1体を任せていたヴィオラさんとルミネの方に視線を送ると、彼女達も無事に倒せたようだった。


 黒焦げになったモンスターを一旦放置して彼女達の元へと行く。


「お疲れ様、2人とも」


「お疲れ様ですテイクくん!」


「問題なかったようね」


 声をかけると2人は涼し気な顔で返事をする。

 見た感じ2人とも怪我はないようだし、全員無事に戦闘を終えることが出来た。


 その事に安堵して、僕はヴィオラさんとルミネが倒した〈亡霊の暗器〉の元へと近づく。どうやら2人は物理でゴリ押したらしい。まあレベル3のヴィオラさんの筋力なら可能だろう。


 徐にモンスターに近づいた僕を見てルミネは心配そうに僕を見てくる。


「スキルを使うんですか?」


「うん。ステータスは高いし、スキルも魅力的だからね。ちょっと周りの警戒をお願いしても大丈夫?」


「……分かりました」


 渋々と頷いたルミネに「ありがとう」と苦笑をこぼして僕はモンスターへと向き直る。途中、視界の端に映ったヴィオラさんは僕たちのやり取りに首を傾げていた。


 彼女に【取捨選択】の説明をしていないので当然と言えば当然なのだけれど、多分この後訪れるであろう光景を彼女にどうやって説明すべきか……。


 なんて事を考えながら僕は今日はじめてのスキル【取捨選択】を発動させた。


「消去」


『スキルの発動を確認。触れた対象にステータスが存在。死体からステータスとスキルの分離、一時消去に成功。

 続けて【取捨選択】に入ります。死体を本当に捨てますか?ステータスを本当に捨てますか?』


「死体は捨てる。ステータスは拾う」


『選択を確認。死体はスキルの亜空間へと収納されます。ステータスとスキルを割り振ります……成功しました』


 久しぶりの選択に「ようやくまた強くなれることができる」と内心で喜ぶが、直ぐに全身を駆け巡る激痛によってその喜びは半減する。


「うっ────ぐぁっ─────!!」


「ど、どうしたいきなり!大丈夫か!?」


 地面を苦悶の声を上げてのたうち回る僕にヴィオラさんは驚いて駆け寄ろうとする。そんな彼女をルミネが「大丈夫です」と言って引き止める。

 僕も直ぐに「大丈夫です」と答えたいところなのだけど、そういうわけにもいかない。


 久しぶりにステータスを拾った所為なのか、それとも今までで一番高いステータスを拾った所為なのか、いつもより痛みが尋常ではない。

 それに痛みの他に内蔵が逆流するかのような気持ち悪さと吐き気が襲いかかってくる。


 何とか嘔吐するのを耐えて、痛みが引くのを待つ。5分ほどしてようやく痛みと吐き気が和らいで来て、何とか正気に戻ることが出来た。


「はぁ……はぁ……」


「大丈夫ですかテイクくん?」


「……うん。大……丈夫……」


 直ぐにルミネが駆け寄ってきて僕に水の入った水筒を手渡してくれる。それを受け取ると一気に僕は呷った。


 そんな僕を見てヴィオラさんが我慢できないと言った様子で質問をしてくる。


「お、おい、テイク。今のはなんだったんだ?大丈夫なのか?」


「大丈夫です。ご心配をおかけしてすみません……」


「大丈夫ならいいんだが、今のは……」


「僕のスキルの反動みたいなものですかね。詳しいことは聞かないでもらえるとありがたいです」


「だ、だが……」


「すみません」


「…………わかった」


 当然の反応を見せてくるヴィオラさんに僕は少し強引にこの話を終わらせる。


 結局、上手い言い訳は見つからない。それにまだ気持ち悪くて、言い訳どころではなかった。今日はもう【取捨選択】を使わない方がいいだろう。

 想像以上に高ステータスを拾うのは体にかかる負担が大きいようだ。


 自己分析をしながらもう一度水筒を勢いよく呷る。

 そして、ルミネの気遣いで少し休憩を取らせてもらうことにする。


 休憩中に確認したステータスは激痛に耐えた甲斐あってかしっかりと上がっていた。これで【強者打倒】で捨ててしまったステータスを全て帳消しにできた。






 ───────────

 テイク・ヴァール

 レベル2


 体力:1070/1070

 魔力:225/225


 筋力:1017

 耐久:969

 俊敏:1643

 器用:663


 ・魔法適正

 不屈の焔


 ・スキル

【取捨選択】【強者打倒】

【鑑定 Lv2】【咆哮 Lv2】【索敵 Lv2】

【鋼の肉体 Lv2】【短剣術 Lv1】←NEW


 ・称号

 簒奪者 挑戦者 選択者

 ───────────

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