第43話 勘違い

 代わり映えのしない大迷宮へと続く大きな入口。その周辺にはこれから大迷宮へと赴くために最後の準備を整えている探索者が沢山いる。


 その探索者を相手に出店を構えた商人がよく通る声で客寄せをして、手塩をかけて仕入れた自慢の武器や道具類を見せびらかせていた。


「……」


 そんな喧騒の中、僕は1人寂しくポツリと近くのベンチに座り込んで人を待つ。

 勢いよく吹き出る噴水を眺めていると、その水越しに見慣れた人物が写った。


 円形の噴水をぐるりと回って、金糸雀色の長髪を揺らしたエルフの少女は僕の座っているベンチへと駆け寄ってくる。


 僕の前で立ち止まるとその女の子は花が咲いたように破顔した。


「お待たせしましたテイクくん!」


「いや、全然だよ。おはようルミネ」


「おはようございます!」


 僕はエルフの少女───ルミネに挨拶をすると彼女は返事を返して「お邪魔します」と一言断ってから隣に座り込んでくる。


 体を楽しそうに横に揺らしながら鼻歌を歌うルミネ。

 今日は随分と上機嫌だ。実に一週間以上ぶりの探索だが、気負いは全く感じられない。寧ろ「待ってました!」と言わんばかりに目をギラギラとさせている。

 予想外の休息期間となってしまったが、しっかりとリフレッシュしてくれたようだ。


「久しぶりの探索だけど、その調子なら今日はいつも通り探索しても良さそうだね」


 体の調子や感覚を思い出す意味も含めて今日はいつもよりのんびりと、慣らしていく感じで探索を進めていこうと思っていたけれどその心配は無用のようだ。


 ルミネは元気をアピールするためか力こぶを作るポージングをした。


「はい!元気が有り余ってるので余裕です!さっそく大迷宮に入りますか?」


「あ、ちょっと待って。今日はあともう1人来るんだ」


「もう1人?」


 元気よく大迷宮に向かおうとするルミネを引き止めると、彼女は小首を傾げる。


 工房を後にした後、僕はルミネに大迷宮の探索を再開することは伝えたが、すっかりと武器をオーダーメイドすることや素材集めの事、ヴィオラさんの話をするのを忘れていた。


 そのことを思い出して、ルミネに説明をする。


「このまえ話せばよかったんだけど、実は武器のオーダーメイドをすることになって、今日はその素材集めも兼ねて探索をしようと思うんだ。それで、オーダーメイドを頼んだ鍛治職人が素材集めを手伝うって言ってくれたんだよ」


「オーダーメイドですか……」


「うん。泡銭だし一気に使っちゃおうかと」


「良いですね。そういうことなら喜んで素材集めをお手伝いさせていただきます」


「ありがとう」


 快く協力してくれると言ってくれたルミネに感謝すると、彼女はずいっと顔を近づけて満面の笑みでとある質問をしてきた。


「ちなみに今日同行する予定の鍛治職人さんは男性ですよね?」


「いや……女性の方ですけど…………」


 笑顔のはずなのに妙に迫力のあるルミネに僕は後退りしながら素直に答えた。すると彼女は心底ガッカリしたようなため息を吐く。


「はぁ〜……………」


「……何かまずかった?」


「いえ別に……ちょっとテイクくんの手癖の悪さにガッカリしてただけです……」


「て、手癖?なんのこと?」


 身に覚えの無い謂れに僕は聞き返すが、ルミネはそっぽを向いて答えてくれない。突然不機嫌になってしまった彼女に「どうしたのだろう?」と困惑しているともう1人の待ち人が現れた。


「待たせて悪い───って何かお取り込み中か?」


 落ち着きのある少し低めの声に振り返るとそこには一人の美女。


 陽の光に照らされた紅の髪はさらりと風に靡いて、きりりとした三白眼とスっと伸びた鼻筋は冷ややかでとても美しい。すれ違う探索者達の視線は自然と彼女に流れていく。


「あ!ヴィオラさん、おはようございます。いえいえ、大丈夫ですよ」


 困り眉を作って僕とルミネを交互に見ている鍛治職人のヴィオラさんにニコリと笑みを浮かべる。


 ここでヴィオラさんがいなくなってしまったらルミネがずっと不機嫌なままで話が進んでしまう。それを回避するために彼女にはしっかりとここにいてもらわなければ。


「……そうか?ならいいけど……」


 空気を読んで居なくなろうとするヴィオラさんを何とか引き止めて、僕は態とらしく咳払いをする。


 本日の役者は揃った。色々と変な勘違いをしているであろうルミネに弁明すべく僕は簡単にヴィオラさんを紹介する。


「えーとルミネ、こちらがさっき話した僕の武器を作ってくれて、素材集めも手伝ってくれるヴィオラさん」


「ど、どうも……」


「……………」


「そしてヴィオラさん、このエルフの女の子が僕のパーティーメンバーのルミネです。ルミネ挨拶を……ルミネ?」


 ぎこちなく挨拶をしたヴィオラさんに流れでルミネの紹介もするが、その彼女は何故か一言も喋らない。


 何事かとルミネの方を見れば彼女は何故か放心状態。絶望したかのようにヴィオラさんを見るその目は死んだ魚のように濁っていた。


 本当にどうしたのだろうかと心配になってルミネの肩を掴んで揺するが反応はない。

 ルミネは無抵抗に揺られていると次第にくつくつと笑い始めた。


「あはは…………すごーい美人さん。テイクくんはこういう大人な女性が好みだったんですね。これは無理、勝ち目がないです。こんなの反則です。なんですか?当て付けですか?どうやったらそんなにおっきくなるんですか?」


「えっと……なんかごめん……?」


「謝られるのが一番心に来ます!!?」


 ルミネは急に我に返ると半泣きで悲痛に叫ぶ。彼女はそのまま不貞腐れたようにそっぽを向くと急に僕の左腕にしがみついてきた。


「ちょっ……ルミネさんっ!?」


「けどこのまま潔く負けを認められるはずがありません!テイクくんは絶対にあげません!」


 狼狽える僕を無視してとんでもない事を言うルミネ。


 いったい彼女はなんの話をしているんだ? 分からないがとにかくこの状況は宜しくない。何とかルミネに離れてもらおうとするが、彼女はがっちりと僕の腕をホールドして離れようとしない。


 そんなルミネを見てヴィオラさんは僕にとても冷えた視線を送ってくる。


「……なかなか個性的な仲間ね。大変仲がよろしいことで……私、やっぱり邪魔だったか?」


「待ってくださいヴィオラさん!何か多大なる勘違いをしてます!そんなクズ男を見るような目で見ないでください!?」


「テイクくん!私よりもその女を選ぶんですか!?」


 心臓を突き刺すようなその鋭い視線に僕は耐えきれずにヴィオラさんに訴えかける。すると数秒の間を置いて、彼女は我慢が出来ないと言った感じでクスクスと笑い始めた。


「……ヴィオラさん?」


「ごめんごめん。あまりにも予想通りの反応をしてくれたから面白くて……」


「……え?」


 僕が戸惑っているとヴィオラさんはお腹を抑えながら謝ってくる。

 そして依然として臨戦態勢のルミネの方を見るとヴィオラさんは言葉を続けた。


「からかってごめん。安心しろ、アンタの大切な人は取らないから。私とテイクはあくまで依頼人と請負人……仕事の仲だ」


「……本当ですか?」


「ああ」


「……分かりました、信じます。疑ってすみませんでした……」


「どうもありがとう」


 諭すようなヴィオラさんの言葉にルミネは渋々納得して僕の腕から離れる。


 そしてルミネとヴィオラさんは改めて自己紹介をして、お互いに握手する。そんな二人を見て僕は呆然とするしかない。


 依然としてイマイチ話の流れについていけないでいると、ヴィオラさんは僕に一つのナイフを手渡してきた。


「オーダーメイドができるまではそのナイフを使え。急拵えだけどないよりはマシだろ?」


「あ、ありがとうございます」


 受け取ったナイフを鞘から抜くと、とても急拵えとは思えない綺麗な銀色をした刀身のナイフが出てきた。

 そこで僕はようやく正気に戻る。


 色々と疑問は残るが、とにかく顔合わせは無事に終わったし、2人も軽く打ち解けられた感じだ。

 考えても分からないことはいくら考えても分からない。忘れよう。


 気持ちを切り替えて、僕はナイフを装備する。


「それじゃあ挨拶も程々に、メンバーも集まったんで大迷宮に入りましょう。詳しい戦闘での役割分担は道中で軽く説明します」


「分かりました!」


「分かった」


 そして僕達は素材集めのために大迷宮へと足を踏み入れた。

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