第42話 不躾な男

 煌々と燃えたぎる炎。

 そこは異常な熱波に満たされており、立っているだけでも大量の汗が吹きでる。


 1歩間違えれば溶けてしまうのではと思うほど熱いそこは、かの有名なアイゼンス・クロックバックの弟子たちが武器や防具を作るための〈クロックバック 第二鍛冶工房〉だ。


 その工房長代理を務めるアイアン・ベリヨンドは工房長代理の権限として宛てがわれた部屋で不機嫌気味に涼んでいた。


「……」


 明らかに面白くなそうに眉間に皺を寄せて、背もたれの付いた椅子にどっかりと全身を預ける。


 頬杖を付いてカンカンと鉄の打ち付けられる音を聞いていくうちに、どんどんと彼の不機嫌さに拍車がかかる。

 少しして我慢の限界は訪れて、その岩のようにゴツゴツとした拳を机に叩きつけた。


「クソっ……!あのクソガキ、俺の申し出を断りやがって……!!」


 忌々しげに先程のやり取りを思い出して唸る。


 そもそも、どうしてアイアンがこんなに不機嫌なのか?

 その理由は先程、工房の表にある簡易応接室でのとある少年とのやり取りが原因であった。


 せっかくの金儲けのチャンスを逃した。


 たかが300万のオーダーメイド依頼であったが、適当に要望通りの武器を1日や2日で仕上げるだけでそれだけの金が貰えるのならば楽な仕事だ。小銭稼ぎにはちょうどいいとアイアンは思っていた。


 しかし、どういう訳か少年探索者はアイアンの申し出を断ると、最初に依頼しようとしていたこの工房で一番の無能な女───ヴィオラの方を選んだ。

 このことがアイアンのプライドを傷つけ、怒りを増幅させた。


「ふざけんじゃねぇぞ……」


 こんな屈辱は久しぶりだった。

 ここ数年で感じることのなかった感情に、アイアンはどうにも気を落ち着ける事ができないでいた。

 それもこれもここ数年、アイアンはそれなりに満足な人生を送れていたからだろう。


 アイアン・ベリヨンドが名匠アイゼンス・クロックバックに弟子入りしたのはもう15年も前の話だった。

 アイアンは僅か3年の下積みを経て鍛冶師として頭角を現した。そして更に5年後にはこの〈クロックバック 第二鍛冶工房〉の工房長代理を任せられるまでに出世した。


 まさに順風満帆な人生だと言えるだろう。23歳という若さで工房長代理にまで上り詰めて、ゆくゆくは第一工房の工房長、出世街道まっしぐらだと思っていた。

 だが、どういう訳かこの7年間、アイアンは出世どころかこの第二工房で燻っていた。


 それでもアイアンは現状に満足して生きてきた。「有名な鍛冶師の鍛冶工房の工房長代理」字面だけ見れば立派な肩書きだ。それなりに権力もあって、大体のことは自分の思い通りに事が進む。


 大抵の探索者は自分が「この工房で一番偉い」と言えば、今まで頼もうとしていた鍛冶師に見向きもせずに、「武器を作って欲しい!」と言ってきた。どんな時もそうだった。当たり前だと思っていた。


 なのに今日は違った。到底納得出来るはずがなかった。

 思い出しただけで腹の奥底がふつふつと煮えたぎる。


 次第にその怒りは少年からこの工房で働く女性───ヴィオラへと移り変わる。


「本当に気に入らないぜ……!!」


 クロックバックの全工房で唯一の女性───ヴィオラ。彼女はアイアンが第二工房の工房長代理を任せられたのと同時に、アイゼンス・クロックバックへと弟子入りしてこの第二工房へとやってきた。


 当時、12歳という幼さで男ばかりのむさ苦しいこの世界にやってきたヴィオラは、最初こそ周りにチヤホヤとされ、歓迎されていた。だがアイアンは初めて会った時からヴィオラの事が気に入らなかった。


 女の癖に「アイゼンス・クロックバックを超える武器を作る」とのたまい、鍛冶職人の世界へと土足で上がり込んだ。


 最初は全く使い物にならなかった。

 チビで力がなくて、直ぐに鉄火場の暑さに倒れる。鉄を叩くどころか、基本的な雑用も全く出来ず。仕事の邪魔でしか無かった。


 その癖、自分の夢を声高々と毎日のように宣言して、何度「やめちまえ!」と罵詈雑言を浴びせても鍛冶師を辞めることは無かった。あの反抗的な目をアイアンは今も忘れることが出来ないでいる。


 それでもアイアンは「この厳しい世界にはついて来れない」と高を括り。直ぐにヴィオラはこの業界から姿を消すと思っていた。

 しかし、その予想は大きく外れることとなる。


 3年もした頃、ヴィオラは鍛冶の腕をみるみるうちに磨いて頭角を表し始めた。彼女には才能があったのだ。

 あの出来事は今でもアイアンは忘れられなかった。


 たまたま工房に訪れていたアイゼンス・クロックバックが彼女の打っている武器を見て一言「よくできている」と褒めたのだ。

 滅多に人を褒めることの無いあの名匠が、3年やそこらの女が作った武器を褒めた。この事実がアイアンにはとても気に食わなかった。


 自分ですら、まだ彼に直接言葉で賛辞を貰ったことがないのに、そこら辺にいる小娘が彼に褒められた。その事実が本当に腹立たしくて、気が狂いそうになった。

 その時を境にアイアンは全権力を使って彼女を潰すと決めた。


「このまま行けばあの女は必ず大成して、自分よりも高みを登る」そう本能で感じ取り、危惧したアイアンはどんどんと卑劣で汚い手に染めていった。


 彼女の作る武器は常に日の目が浴びることがないようにゴミ同然に扱い、彼女が使える素材も必要最低限のものしか与えない。そして周りにも彼女の手助けをさせないために様々な噂や、時には賄賂を渡した。

 彼女の出世を阻み、ここまでやってきた。


 このままどんどんと圧迫していき、いずれは完全に潰して鍛冶師としての人生を終わらせる。そう思っていなのに、ここに来ての今回のオーダーメイドの話はアイアンにとってとても都合が悪かった。


 所詮は底辺探索者のオーダーメイドかもしれないが、今まで鳴かず飛ばずだったヴィオラがいきなり大口の仕事を受けて、それを成功させればまた彼女に日の目が当たる。


 そこから本当の実力が判明し、認められるというのはどうしても避けたい事態であった。


「どうすればいい……」


 アイアンは思案する。

 仕事もせずに、冷静になった思考でこれにどう対処するべきかを。


 そんな時、不意に扉がノックされた。

 アイアンが思考を中断して「入れ」と言うと、一人の男が慣れた様子で入ってきた。

 その男はアイアンの横によくいる2人の下っ端のうちの一人───デルという男だ。


 デルは部屋に入るとニタリと悪い笑みを浮かべてこう言った。


「アイアンさん。今、正式にあのクソガキがヴィオラにオーダーメイドの注文をしました。内容はナイフ一本と軽装防具一式です」


「額は?」


「ちょうど300万ベルドです」


「素材は?」


「工房に素材申請は来てないのでまたいつもの如く自分で取りに行くんじゃないですかね?」


「カカッ!そうか……」


「アイアンさん?」


 デルの報告を聞いたアイアンはくつくつと楽しそうに笑うと、一つの妙案を思いつく。そして不思議そうに首を傾げた下っ端のデルにこう言った。


「おいデル、明日からヴィオラを監視しろ。そんでもってアイツが大迷宮に行くような素振りを見せたら俺に報告だ」


「また何がするんですか?」


「ああ」


 デルの質問に頷くとアイアンは椅子から立ち上がり、部屋を後にする。

 その後ろ姿はやけに上機嫌で、先程までの機嫌が嘘のように思えた。

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