第41話 正式依頼
マナーの悪い乱入者によって場は完全に掻き乱されたが、僕達は再び座り直して話を再開する。
ヴィオラさんも落ち着きを取り戻して、最初のような雰囲気に戻った。
しかし、それでもまだ彼女の中にはさっきの男の言葉や、光景がチラついてるのかその瞳には迷いが見て取れる。
揺れる瞳は僕を恐る恐る見つめて、ヴィオラさんはおずおずと言った。
「────本当にあたしでいいのか?」
「もちろんです」
「でも……聞いただろさっきの話────」
不安げなヴィオラさんに僕は即答するが、それでも彼女は何か躊躇っている。
「───あの男が言っていたことは概ねあってるんだ。私は落ちこぼれだし、才能も無い。やっぱり私なんかにオーダーメイドを頼むのは……」
まるで自分から僕を遠ざけるように、これ以上変なことに巻き込まないようにと、無理やりに貼り付けた虚勢で誤魔化そうとしている。けど、隠しきれていない。
そもそも、周りが何と言おうが関係ない。
僕はもう選択したのだ。
「僕は貴方に依頼すると決めました」
「っ……なんでそこまで私に拘るんだ……?」
「言ったじゃないですか。僕はあなたの武器に惚れたって」
「まっ、また惚れたって…………」
途端にヴィオラさんは顔をりんごのように真っ赤にさせる。体調が悪いのかと心配なるが、それでも僕は言葉を続けた。
「ヴィオラさんの作る武器は死んでなんかいない。才能だってありますよ。素人目ですけど、武器の性能は凄い良いし、使い手のことを思ってよく考えて作られています。僕は貴方の武器に何度も命を助けられました。だから僕は新しい武器もヴィオラさんに作って欲しいんです!」
「本当に……?本当に……そう思うのか?」
「はい!お世辞でこんなこと言いませんよ。だから自信を持ってください…………なんて僕みたいな底辺探索者に言われても嬉しくないですよね」
気分が昂り、思いのままに熱く語ってしまった。その気恥しさから自虐気味に苦笑するがヴィオラさんは顔を俯かせて固まってしまう。
そこは「そうだな」的な肯定の反応を見せて欲しかったのだけれど、何も反応が返ってこないと更に恥ずかしくなってしまう。
体温がどんどんと上昇していくのを感じながら、どうやってこの地獄の空気を切り替えればいいのかと困っているとヴィオラさんは突然、「グスっ」と鼻を啜って泣いてしまった。
「えっ!?ど、どうしたんですか!?僕なんか変なこと言っちゃいました!?」
「ご、ごめん!そういうのじゃないんだ……大丈夫……大丈夫なんだ。私はアンタの言葉が嬉しくて……本当に嬉しくて……」
ヴィオラさんも自分が泣いてる事に気がついていなかったようで、焦ったように涙を拭って謝る。その姿を見て僕は我慢が効かずにこんな事を聞いてしまう。
「あの……もしよかったらなんですけど、どうしてヴィオラさんがあんなことを言われているのか教えて貰えませんか?」
「……え?」
ここの工房長代理を務めるアイアンと言う男は「この女の作る武器は死んでいる」と言っていた。けれど素人目から見ても僕は到底そうは思えない。
というか、ヴィオラさんはこんなところで燻っている鍛冶師ではないと僕は思う。〈特殊付与〉をできる鍛冶師はとても貴重な存在だ。それができる彼女なら直ぐに様々な探索者から引っ張りだこの売れっ子鍛冶師になれるはずだ。
けれども現実はそんなことは一切なく、寧ろ彼女は「無能」のレッテルを貼られている。この理由が僕には理解できなかった。
本当は話したくないことが沢山あるだろうし、出会って間もない僕が聞くべきことではないことかもしれない。それでも僕は知りたかった、放っておけなかった。
この人は僕と違ってちゃんとした才能があるのだ。それが正当に評価されないなんて酷すぎる。
「聞いても面白くない話だぞ……?」
「それでも僕はあなたの事が知りたい」
「気分とか悪くなるかもしれないし、依頼するのを辞めたくなるかもしれない……」
「絶対にそんなことはありません。僕は貴方に武器のオーダーメイドをする、これは決定事項です」
「……分かった、話す。実は────」
涙を流しながら不安げな彼女は決心したように事の経緯を話してくれた。
そして僕はそれを聞いて、あの時、あの男を本当にぶん殴ればよかったと後悔することになる。
どうしてヴィオラさんがここまで虐げられているのか?
その理由は彼女が彼女であるから。つまりは女であるからだという。
あの工房長代理の言い分では「女が男の世界である鍛冶をするなど生意気だ」と言うことらしい。
これだけの理由で彼女は今までこの7年間ものあいだ虐げられ、苦渋を飲まされ続けてきたのだ。作った作品をバカにされて、本店に売られたとしてもゴミのように扱われて人目に着くことはほぼない。
くだらない、本当にくだらない。
まるで子供の虐めだ。いや、それよりもタチが悪い。ここまで幼稚な話は聞いたことがなかった。
それでもヴィオラさんがこの工房を辞めずに鍛冶師を続けている理由は一重に自身の夢を叶えるためだった。
その夢とは────
「私の夢はアイゼンス・クロックバックの武器を遥かに超える最高の一振をこの手で作ることなんだ」
「最高の一振…………」
───名匠アイゼン・クロックバックを超える武器を作ること。
そのためにヴィオラさんは彼の営む工房に……鍛冶師と言う世界に飛び込んだ。
「……やっぱり無理だと思うか?」
呆然とした僕の様子を見てヴィオラさんは不安げに聞いてくる。恐らく彼女は僕が今の話を聞いて呆れていると勘違いしているのだろう。
実際はその逆だ。僕は彼女の夢を聞いてとても親近感を覚えた。
呆れることもなければ馬鹿にすることも無い。できるはずがない。
「いえ……ますますヴィオラさんに僕の武器を作ってもらいたくなりました」
「え?」
「だって将来、世界に名を轟かせる名匠に初めてオーダーメイドの依頼ができるんですよ?こんなに光栄なことはありません」
「っ……アンタ、それ本気で言ってるのか?」
「本気ですよ。絶対にヴィオラさんはアイゼンス・クロックバックを超える最高の一振を作れる」
自信を持って宣言する僕に何故かヴィオラさんは「信じられない」と言いたげに目を見開くとまた泣きそうになってしまう。
そんな彼女を見て僕は改めてお願いする。
「ヴィオラさん。僕の武器を作ってくれませんか?」
「……本当に私でいいんだな?」
「はい。ヴィオラさんがいいんです」
「…………分かった。改めて引きうけてやる」
「ありがとうございます!」
握手を交わして、正式にオーダーメイドの依頼が取り決まる。
何故だか再び顔を真っ赤にさせて恥ずかしがっているヴィオラさんを見て僕は微笑む。
そして直ぐに武器の細かい要望や、素材は何を使うのかなどの話に移る。
すると再びヴィオラさんは気まずそうに目を伏せた。
「どうしたんですか?」
「その……依頼が決まって早々こんなこと言うのは申し訳ないんだけど───」
「はい」
「────その……多分さっきのこともあってアンタの武器を作る素材は工房から支給されないと思う……」
「つまり?」
「武器を作るための素材集めからしなきゃいけないと思う……ごめん……」
「なんだ、そんなことですか。全然大丈夫ですよ!」
申し訳なさそうに頭を下げるヴィオラさんに僕はそう言う。
それぐらいならなんてことは無い。寧ろ、素材代が浮いていい事だ。それにより自分好みの武器を作れるということだ。
僕の反応が予想していたものとは違ったのかヴィオラさんは驚いたように聞いてくる。
「い、いいのか?」
「ええ、いいですよ。具体的には何階層にどの素材を取りに行けばいいですか?」
「ああ、それは────」
拍子抜けした様子のヴィオラさんに気にせず返答すると、彼女は毒気が抜かれたように素材の指定をしてくれた。
そしてそこから「どんな武器がいいのか?」「刃の長さは?」「グリップの太さは?」「重量は?」などと僕が求める武器の細かい擦り合わせなどした。
素材は持ち込みということで予算に余裕ができたので、防具もオーダーメイドしてもらうことにして、それらの打ち合わせも行った。
「───それじゃあ2日後に大迷宮の前で」
「はい。よろしくお願いします」
「こっちこそ……それじゃあな───テイク……」
「ええ、また!」
3時間ほどしっかり話し込んで大体の素材の数、武器と防具の構想も定まったところで商談兼打ち合わせは終了となった。
打ち合わせの結果、ヴィオラさんも素材集めに同行するとのことでその予定も決めて今日のところは解散となった。
別れ際、ヴィオラさんの雰囲気が最初よりも明らかに柔くなったのは気の所為ではないと思う。
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