第40話 既視感
既視感のある光景が広がる。
今日初めてあった人のはずなのにどうしてか、彼女の怯える姿が自分と重なる。
「おい、ヴィオラ。俺がいない間になに面白そうな話してんだ?」
「いや、あの……その……」
威圧的な男の声、それに何も言い返せず身を小さくさせて震えるだけのヴィオラさん。
そのやり取りだけで彼らの間にある上下関係が読み取れてしまう。
心の内に妙な感覚が芽生える。
目の前の彼女が今なにを思って、なにをしようとしているのか、どうしてか手を取るように分かってしまう。
この人も僕と同じなんだ。
立ち上がり地面に正座しようとしているヴィオラを制止して、僕は先程の男の言葉に対して質問をした。
「どうして彼女にオーダーメイドを依頼するのをやめた方がいいんですか?」
「ああ?」
男は目の前に立ちはだかった僕を見てつまらなそうに睨みつけてくる。明らかにお楽しみを邪魔されて不機嫌って感じだ。それでも男は僕の質問に答えてくれた。
「理由は簡単だ。この女の作る武器は全部死んでるんだ」
「……死んでる?」
「そうだ!7年間もこの工房にいるのに芽が出ず落ちこぼれ!才能が無いのに悪あがきをする馬鹿な女さ。そんな奴が作る武器なんて全部死んでるんだよ」
「……」
意気揚々と意味不明なことを言い始めた男に僕は唖然することしか出来ない。
そしてまたも既視感を覚える。
ああ……本当にどこまで目の前の男はアイツに似ている。この理屈のない自信、そこからくる無茶苦茶な言葉、態度を見ているだけで嫌な記憶が蘇ってくる。
ここまで滅茶苦茶なことを言われても反論するどころか、どんどんと萎縮してしまうヴィオラさんを見て僕の内心は穏やかではない。
そんな僕のことを他所に目の前の男は更に言葉を続けた。
「さっさと才能がないことを認めて、ここから居なくなればいいものを、「夢を叶えるため」だなんだと諦め悪くここに居着いている。この女は疫病神みたいなもんなのさ。分かったらそんな女に依頼するのなんてやめて、俺にしとけ!!」
「…………あなたに?」
「ああ!ここの工房長代理である俺様、アイアン・ベリヨンドが特別にお前に武器を作ってやる!」
嘲笑うかのように声高々に説明してくれた男は自慢げに名乗る。
なるほど、この男はヴィオラさんの直属の上司というわけか。ここまで本当に関係性が似通っていると運命する感じてしまう。
……なんと嬉しくもない運命だろうことか。
僕がゲンナリとしていると工房長代理のアイアンの饒舌さが更に増していく。
「普通ならこんな好条件で依頼を引き受けないんだが、アンタの不運さに免じて大サービスだ!全部混み混み、300万メギルで最高の武器を作ってやる!!」
自信満々に胸を張って宣下する工房長代理。
仮にもクロックバック工房の工房長代理を任せられるくらいだ。それなりに腕の良い鍛冶師なのだろうが………何故だろう、男の言葉に全く魅力を感じない。
こういう手合いを近くで見続けてきた所為か、何となくこの男の考えていることが分かる。
大方、僕とヴィオラさんの商談を盗み聞きしていたのだろう。そして僕が提示した予算の300万という金額にこの男は、理由は分からないが魅力を感じてヴィオラさんからこの仕事を奪おうとしている。
多分こんな感じだと思う。
本当にこの男はアイツに似ている。似すぎて腹違いの兄弟かなにかかと疑いたくなってきた。
そんな彼の言葉に対する僕の返答は単純明快────
「結構です……」
────普通にお断りさせてもらう。
僕はもうヴィオラさんにオーダーメイドを依頼すると決めたのだ。それをいきなりしゃしゃり出てきて「俺に依頼しろ!」と言われて誰がするというのか。客の立場からして、どう考えても印象が最悪すぎる。
「なっ……何故だ!この俺様が直々に武器を作ると言ってるんだぞ!?」
「何故と言われましても…………」
そんなことも分からないのか、工房長代理様は僕の返答に驚愕して、無駄な質問をしてくる。
その諦めの悪さと態度の悪さに「この人が工房長代理で本当に大丈夫なのか?」と心配になってくる。
そもそも商談を遮って、他の鍛冶師の仕事を横取りする工房長が何処にいるというのか……まあ今目の前にいるわけだけれど。
とにかくそんなモラルが欠如した人間になど依頼したくない。
「お前みたいな底辺探索者にこの俺様が武器を作ることなんてないぞ!?こんなチャンス二度とないんだ!おい!聞いているのか!?」
無自覚な工房長代理様は依然として煩く喚く。
その姿がまたもあの男と重なって僕の精神は遂に限界点に到達した。
衝動のままに目の前の男を殴り飛ばしたい。しかし、それは探索者として有るまじき行為だ。仮に殴ったことがばれて探協のお世話になるのは遠慮しておきたい。
だから僕はできるだけ平和的且つ穏便に無理やりニッコリと笑顔を作ってこう言った。
「僕はもうこのヴィオラさんに依頼すると決めました。なので何処か別のところで営業をしてきてもらってもいいですか?」
「…………」
それに対する男の反応は無。かと思えばわなわなと肩を震わせて、そのイカつい顔を真っ赤な怒りに染め上げた。
「後悔するぞ!!」
「構いません」
「っ…………行くぞお前らッ!!」
工房内に響き渡る大声でお決まりの捨て台詞を吐いた工房長代理様は、ようやく僕たちが使っていた商談スペースから姿を消してくれた。
「はあ……」
怒り心頭と言った様子で居なくなる彼らの背中を見て、僕は深い溜息を吐いた。
ヴィオラさんと言えば、何が起きたのかまだ状況の理解が追いついていないのか放心状態だ。
そして、数分ほどフリーズしたところで我に返ると彼女はおずおずとした感じで頭を下げてきた。
「ご、こめん……私の所為で変なことに巻き込んでしまって…………」
「いえいえ。というか今のはヴィオラさんは悪くないですよ。なので謝らないでください」
「う、うん……」
自分は何も悪くないというのに謝る、そんなところも似ている。
彼女も被害者の一人なのだ、謝る必要は無いはずなのに謝ってしまう。多分、謝ることが癖になってしまっているのだ。
一番最初は気が強くてぶっきらぼうな性格だと思っていたけれど、どんどんその印象が塗り替えられていく。
きっとこっちが素のヴィオラと言う女性なのだろう。
「それじゃあ気を取り直して話に戻りましょうか」
「あ、ああ」
そんなことを考えているとヴィオラさんはまた気を張った態度に戻り、大仰に頷いた。
その変わり身の速さと、先程のギャップが少しおかしくて笑ってしまいそうになる。だけど何とかそれを耐えて僕達は商談を再開した。
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