第39話 商談

「……アンタが私にオーダーメイドを依頼したいって言う物好きな探索者?」


 熱風に靡くセミロングの赤髪。目付きは鋭く、その女性は睨みつけるように僕を見つめる。歳の方は僕よりも2つか3つ上と言ったところか。とても大人びて見える。


 鉄火場に咲く一輪の紅蓮華。


 その人を見た瞬間に思い浮かんだのはそんな言葉。


「……」


 思わず僕は息を飲む。


 予想を大きく裏切られた。

 もっと筋骨隆々の筋肉達磨みたいな男が出てくるとばかり思っていたのだけど、まさかこんなに美人な女性が出てくるとは夢にも思わなかった。


「……聞いてんの?」


「っ……!?」


 目の前の女性は返事をしない僕を訝しげに思ったのか一歩近づいてくる。

 僕は反射的に女性から目線を逸らした。


「?」


 そんな僕の反応を見て、女性は更に首を傾げる。


 失礼なことをしている自覚はある。初対面で相手の目を見ないなんてのは論外だ。しかし、今はそんな無礼を許して欲しい。


 目の前の女性は更に僕に近づこうと接近してくる。


「ねえちょっと……」


「ひぃっ……」


 色々と目のやり場にすごく困る。


 基本的に鍛冶師の工房と言うのは一日中、大量の炭で炎を焚いている。その為、工房の中というのは地獄のような暑さをしており、そこにいるだけで無限に汗が吹き出る場所だ。


 そんな鉄火場で武器を打っている職人達と言うのは往々にしてタンクトップ1枚や上裸など涼し気な格好をしているわけで、目の前にいる女性もその例に漏れずとても薄着だ。


 上は涼し気な黒のタンクトップ1枚、圧倒的に防御力が低すぎる。肌色がチラついてしまって落ち着かない。今まであってきた女性の中で1番の大きさだ。「何が」とは他の彼女達の名誉のために明言しないが、とにかく大きいのだ。


 見てはいけないと思っていても、男の性が勝手にそれに引き寄せられる。

 そんな葛藤に苦しんで、挨拶もせずにいると目の前の女性は大きなため息を吐いた。


「はあ……もう一度確認するけど。アンタ、私にオーダーメイドを依頼したいんだよな?」


「は、はい……」


 目を逸らしたまま頷くと女性は再び深いため息を吐く。


 やはりずっと悲鳴をあげて顔を逸らしたままというのは失礼だ。流石にそろそろちゃんと目を見て話す必要がある。そうだ、首から下は無いものと思おう。顔だけに集中していれば大きなお山に視線が吸い込まれることも………ない!!


 決心をして女性の方に顔を向ける。そして僕は今までの非礼を謝罪した。


「す、すみません。失礼な態度を────」


「はあ……それじゃあ、依頼は取り下げだな?」


 しかし僕の謝罪は最後まで聞き入れられることはなく、女性の飽き飽きとした言葉に遮られる。


「…………え?」


 全く話の流れが分からず僕は首を傾げる。

 どうしてそんな話になるのだろうか?


 僕の気の抜けた表情を見て、女性も眉間に皺を寄せる。そして嫌々と言った様子で女性は言った。


「依頼しないんだろ?」


「……しますけど?」


 全く意味のわからない決めつけに僕は即答で否定する。女性は僕の返答を聞いて更に表情を険しくさせた。


「は?だってアンタ、私を見た瞬間に気まずそうに目を逸らしたじゃないか。あれは私みたいな女にオーダーメイドをするのは嫌だって意味だろ?」


「はぇ?」


 そして彼女の言葉に今度は僕が首を傾げる。


 僕が気まずそうにしていた……のは、あの態度を見たらそう思われても仕方がないし、実際に気まずかった。しかしそれは目のやり場に困ったからであって、別に性別は関係ない。


 そもそもなんでそれが理由でオーダーメイドを断ることになるのかよく分からないが、僕が初対面で変な態度を取ってしまったから話がややこしくなったわけで、まず僕がやるべきことは謝罪と誤解を解くことだろう。


 そう考えて僕は改めて目の前の女性に謝罪する。


「えっと……勘違いをさせてしまってごめんなさい。

 まずは自己紹介からですね、僕はテイク・ヴァールと言います。今日はオーダーメイドの依頼に来ました」


「私はヴィオラ……本当に私に依頼をしに来たのか?」


 ようやく互いの自己紹介をしたところで、目の前の女性───ヴィオラさんはおずおずと確認をしてくる。それに僕は首肯した。


「はい」


「気を使ってるとかではなく?」


「使ってませんよ。本当にヴィオラさんに武器を作って欲しくて来ました」


 疑り深くヴィオラさんは確認をしてくる。相当、ファーストコンタクトの印象が悪いらしい。

 苦笑しながら肯定した僕にヴィオラさんは更に聞いてくる。


「じゃあなんで私を見た時に目を逸らした?」


「うっ……それは─────」


 なんとも聞かれたくない質問をして来るヴィオラさん。本当は直ぐに返答するべきなのだろうが出来ない。


 言えない。言えるはずがない。その立派なお山に視線が釘付けになりそうなのを必死に我慢していた……なんて口が裂けても言えるはずがない。


 しかしここで黙ってしまえばヴィオラさんがまた不審がってしまう。なので僕は咄嗟にこんな言い訳を口にした。


「────それは、ヴィオラさんみたいな綺麗な女性を初めて見て、ちょっと照れてしまったんです!!!」


「きれ─────!!?」


 工房の入口内に響き渡る僕の声。それを聞いて一気に顔を真っ赤にさせるヴィオラさん。


 うん。我ながら勢いに任せすぎたことを口走ってしまった。今言ったことは決して嘘ではないが、わざわざ大声で口に出すことでもない。ちょっと必死になりすぎた。


 ・

 ・

 ・


 お互いに冷静さを取り戻して、商談の話をするために設けられた簡易的な応接スペースへと案内された。


「まあ座れ」


「し、失礼します……」


 冷静さを取り戻したと言っても気まずさは依然と尾を引いており、僕はまたヴィオラさんの方を見れないでいる。


 挙動不審でいるとヴィオラさんが話を切り出す。


「……執拗いようだけど確認だ。アンタは私に本当にオーダーメイドを依頼したいんだよな?」


「は、はい」


「こんな無名の、しかも女鍛冶師にオーダーメイドを頼むなんて、私が言うのもあれだけど……アンタ相当な変わりもんだな」


「そ、そうでしょうか?」


 胸を張ってどかりと椅子に座り込んだヴィオラさんは呆れたように言う。僕が不思議そうに首を傾げると彼女は言葉を続けた。


「自覚なしか……まあいい。そもそもどうやって私のことを知ったんだ?」


「このナイフを前にクロックバック武具店で買ったんです。性能が良くて、使い勝手も抜群で、すごく気に入ってた一振で……それで大峰の部分に刻まれている作成者の名前を見て………」


「これは確かに私が作った武器だ……これを本店で買ったってわけか?」


「はい」


 僕は折れた〈不屈の一振〉を取り出してヴィオラさんに見せる。それを見てヴィオラさんは信じられないと言った様な顔をする。


「最初は他のナイフに隠されるように埋もれて全然気ずかなかったんですけど、たまたまこのナイフを見つけて性能を確認してみたら値段に反してとても高性能で……「このナイフだ!」って即決でしたね」


「アンタ、【鑑定】が使えるのか?」


「あ、はい」


「なるほど……」


 僕の説明を聞いて一人納得するヴィオラさん。いったい、何が「なるほど」なのだろうか?

 疑問は浮かぶが、僕は一旦それを忘れて言葉を続けた。


「それでこんな素晴らしい武器を作った人に、是非僕の新しい武器を作って欲しくて今回、依頼をしに来ました」


「そ、そうか……」


 僕の「素晴らしい」と言う言葉に敏感に反応したヴィオラさんは満更でも無い様子で頷いた。


「だいたいの理由は分かった。滅多にない話だ、引きうてけやるよ」


「ホントですか!?」


「ああ。それで、予算はいくらだい?」


 そしてしっかりと仕事を引き受けてくれる言質を取って、細かい商談の話へと入っていく。


 無名の鍛冶師はオーダーメイドもお値打ちと言うのはよく聞く話だけど、実際の細かい値段相場など僕は知らない。


「300万メギルです!」


「300万!?」


 なので、今自分が出せる最高額をそのまま言うと、ヴィオラさんが椅子から立ち上がって驚愕した声を上げる。

 僕は彼女の反応を見て「少なかったかな?」と不安げに聞いてみるが────


「えっと……足りませんか?」


「その逆だよ!!」


 ────どうやらそういうわけでも無いらしい。


 キレ気味に答えたヴィオラさんは懇切丁寧に新人や無名鍛冶師のオーダーメイド依頼料の相場を教えてくれた。


 なんでも、素材量や制作料などコミコミで一つの武器をオーダーメイドするのに普通は高くても100万メギルくらいで作って貰えるらしい。

 意外と安く済む事に安堵した僕はどうせならとこんなお願いもしてみる。


「それじゃあ防具も一緒に作って貰えませんか?」


「それじゃあ……ってついでみたいに……まあ別にかまいやしないけど……」


「ありがとうございます」


 何故か僕を呆れた様子で見てくるヴィオラさんは不意にこんな質問をしてきた。


「一つ聞いてもいいか?」


「なんでしょう?」


「そんなに金があるなら私みたいな鍛冶師より、もっと腕の良い鍛冶師に頼もうとは思わないのか?」


 さっきみたいに疑うと言うよりかは、単純な興味のこもった視線と質問。

 確かに詳しい相場を聞いた限り、これだけあればもう少し上のランクの鍛冶師にオーダーメイドを注文することも可能だろう。


 けれど───


「───僕はヴィオラさんの作る武器に惚れたんです」


「ほ、惚れた!?」


 ───僕はどうしようもなく彼女の作る武器が気に入ってしまった。

 あの瞬間にあの他の武器に埋もれた〈不屈の一振〉を見て運命を感じたのだ。


「はい。僕はヴィオラさんの武器を初めて見た瞬間から────」


「おい、ボウズ。悪いことは言わねえからその女に頼むのは止めといた方がいいぜ?」


「え?」


 その熱意をヴィオラさんに語ろうとするが、それは他の男の声で遮られてしまう。

 声のした方に振り向けば、そこにはイカつい顔をした3人組の男たちが立っていた。


 どいつもこいつもむさ苦しい柄の悪そうな男だ。その中でも一番毛深く、汗だくな男が前へと出て声をかけてきた。


「聞こえなかったか?そいつに武器を作るのはやめとけって言ったんだ?」


「……どうしてですか?とういうかあなた達はなんですか?ヴィオラさ───」


 不愉快な笑みを浮かべる男たちに不快感を覚えてながら、ヴィオラさんの方に向き直る。すると彼女の様子がおかしいことに気がつく。


「っ──────」


 視界のヴィオラさんは気だるげだった表情を恐怖に染めて、身を寄せて肩を震わせていた。


 そんな明らかに怯えた彼女を見て、急に話に割り込んで来た男たちはさらに威圧するように僕たちの商談を邪魔してきた。

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