第38話 オーダーメイド
天高く登る太陽から降り注ぐ眩しい陽の光。本日も快晴。とても気分のいい日和だ。
相も変わらず〈セントラルストリート〉はたくさんの人で賑わっており、道を歩くだけでも一苦労だ。
それこそ、昨日一日とずっとベットの上でぐーたらと過ごしていた僕は目の前の光景にげっそりと気落ちする。
「ちょっとだらけすぎたかな……」
人間、適度に休息は必要だが、取りすぎも体にあまり良くないのだと再認識する。寝すぎで体の節々が痛い。
それでも体の不具合と言えばそれぐらいで、ジルベールとの戦いで負った傷は完全に回復していた。
これなら直ぐにでも大迷宮に潜れるコンディションなのだが、僕は薄暗い穴蔵に向かうのではなく、とある建物に向かっていた。と言うか、今の僕が大迷宮に行くのは自殺行為もいいところだ。
なぜそんなことが言えるのか?
理由は簡単。今の僕は大迷宮でモンスターと戦うための武器を持ち合わせていないからだ。丸腰もいいところ、今の僕の攻撃手段は拳で殴るぐらいなものだ。
ジルベールとの戦いで〈不屈の一振〉を折ってしまった。かなり気に入っていた武器だったが故に落胆は大きい。なんとか柄の部分は回収することはできたが、折られた刃先の方は大迷宮で行方不明だ。
という事で僕が大迷宮に向かわずに〈セントラルストリート〉をのんびりと歩いている理由は新しい武器を手に入れるためだった。
「……」
人の波を縫って迷いなく道を進んでいく。
目的地は既に決まっている。前もお世話になった名匠クロックバックが営む〈クロックバック武具店〉だ。
しかし、今回僕が向かっているのは武器や防具、オーダメイドの注文だけを受け付けている武具店の方ではなく。その店で売られている武器や防具を作っている職人達の工房だ。
店は〈セントラルストリート〉の中でも一番人通りが多く目立つ位置にあるが、工房の方は外れのちょっと奥ばったところにある。
目的地に近づくにつれて先程まで賑わっていた道ががらんと寂しくなっていく。空気も焦げ臭く、視界に少しモヤがかかる。
そこは〈セントラルストリート〉に位置していても観光客や一般人があまり近づくことは無い。所謂〈職人区〉と呼ばれる場所だ。
地図を確認しながら歩いていると目的地に到着する。足を止めて僕は思わず首を傾げた。
「ここ……かな?」
大きなドーム型の建物。その屋根からは無数の煙突が突き出してもくもくと黒い煙を上げている。築年数が高いのか、はたまた建物を酷使しすぎたのかその建物は所々がボロボロで今にも崩れ落ちそうだ。それでも絶妙なバランスを保ってその建物は平然とそこにあった。
その今にも崩れ落ちそうな建物こそが名匠アイゼンス・クロックバックが持つ工房の一つ、〈クロックバック 第二鍛冶工房〉であった。
「…………凄いな」
この迷宮都市にクロックバックの工房は全部で3つ存在する。
そして僕が今日訪れたのは見習いや、良くて中堅の鍛冶師が主に武器を作っている第二工房。さすがにアイゼンス・クロックバック本人が武器を作っている第一工房は、僕みたいな底辺探索者には敷居が高い。というか相手にされないだろう。
そもそも、なぜ武器を買いに来たのに武器を作るところに来ているのか? その理由は武器をオーダーメイドするためだ。
ジルベールの一件で手に入れた報奨金で僕の懐は今世紀最大に暖かかった。その報奨金を使いに来たのだ。どうせ泡銭なのだし奮発して初めてのオーダーメイド武器を作ろうと思ったのだ。
オーダーメイドの注文をするのならば〈セントラルストリート〉のど真ん中にある本店の方でもできるが、それは名匠クロックバックへの直接注文やその他のベテランの鍛冶師だけの話。さすがにお金があるからと言っても彼らにオーダーメイドを頼むには前金にもなりやしない。
ならば誰にオーダーメイドするのか?
それはまだこのような工房で武器を作っている新人や中堅の鍛冶職人だ。この場合は直接、工房に出向く必要がある。
「新人にオーダーメイドなんて……」と思うかもしれないが、意外とバカにもできない。腕が良くても経験がまだ浅いという理由でこういった工房にいる鍛冶師は多い。前の時と同じように掘り出し物があるということだ。
値段もリーズナブルと言うことで今の僕の手持ちでも大丈夫だ。なんなら防具の注文も出来るかもしれない。
それに今日は鍛冶師の腕の方を心配する必要は無い。もう既に注文する鍛冶師は決めているのだ。
「お邪魔しま〜す」
ワクワクと心躍らせながら工房の中に入る。
流石は鉄火場と言ったところか、外からでも感じ取れたが中に入るとその熱気に思わず驚いてしまう。延々と鳴り続ける鉄を叩きつける音、時たま聞こえる職人たちの怒号にも似た声。そこはまさに男の仕事場と言った感じだ。
初めて訪れる工房に思わず、キョロキョロと観察していると一人の職人らしき男性が声をかけてくる。
「いらっしゃい!もしかしてオーダーメイドのお客さん?」
「あ、はい」
白のタンクトップにタオル。声をかけてきてくれた男性は尋常ではない汗をかいてた。愛想のいい笑顔に頷くと、男性は額の汗を軽く拭って言葉を続けた。
「いやぁ、嬉しいよ。ウチみたいなヘッポコ工房にはアンタみたいなお客さんは珍しいからね」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだよ。やっぱりお客さんは自分の命を預ける武器や防具を買いに来るんだから失敗したくないだろ?だからオーダーメイドを頼むお客なんてのはだいたい本店か第一工房に注文するんだよ」
「やっぱりそうなんですね」
苦々しく語る男性に苦笑を返す。
すると男性は思わず愚痴をこぼしたことに罪悪感を覚えたのか、申し訳なさそうに眉根を下げると本題に入った。
「悪い悪い。こんなつまらない話よりオーダーメイドだな。今職人のリストを持ってくるよ」
「あ、もう注文する職人は決めてきてるんです」
そそくさと簡易的な販売所がある方へと向かおうとする男性を引き止める。
僕の言葉に男性は少し意外そうな顔をした。
「お?そうなのかい?」
「はい。このナイフを作った鍛冶師ってこの第二工房にいますか?」
「このナイフは─────」
僕は鞘から折れた〈不屈の一振〉を取り出して男性に見せる。
男性はマジマジとナイフを見ると大峰の部分に刻まれた名前を見て渋い顔をする。
「────なあ、アンタ。本当にコイツにオーダーメイドを注文するのか?」
「え?はい。あっ、もしかしてこの工房にいないですか?」
「いや、いるにはいるんだが……」
一気に表情が暗くなった男性は煮え切らない返事をする。そしてそのまま言葉を続けた。
「その……コイツに頼むのは止めといた方がいいと思うぞ?」
「なんでですか?」
「いや、なんでと言われても────はあ、俺は止めたからな。後で文句とか言うなよ」
「……?」
僕の返答に深い溜息を吐いた男性は投げやりにそう言うと、火事場がある奥の方へと姿を消した。
彼の言った言葉の意味が分からず僕は首を傾げることしか出来ない。
今回、僕がオーダーメイドの依頼をしたい鍛冶師と言うのがこの〈不屈の一振〉を打ったヴィオラと言う名前の鍛冶師だ。
僕はこの人の作る武器がとても気に入った。
〈不屈の一振〉はとても素晴らしい武器だった。デザインも僕好みだったし、使い勝手も良かった。
性能面でも満点だ。耐久値もさることながら〈
「いったいどんな人がこの武器を作ったんだろう……?」
男性が指名した鍛冶師───ヴィオラを呼んでくるのを待っている最中、僕は頭の中でそんなことを考えていた。
怖そうな人は嫌だな。できれば今みたい気の良さそうな人だとありがたい。イカつい顔の大柄な男が来た時はちょっと注文を躊躇うかもしれない……。
期待と不安が入り交じる複雑な心境の中、5分ほどしてその人物は現れた。
そして僕はその人物を見て思わず驚愕してしまう。
なぜなら工房の奥から現れたのはイカつい顔をしたオッサンでもなければ、スキンヘッドのナイスガイでもなく────
「……アンタが私にオーダーメイドを依頼したいって言う物好きな探索者?」
───赤毛が綺麗なとても美人な女性だったからだ。
*本日から投稿を再開致します。
明日からは19時辺りに毎日投稿していきます。
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