第36話 報酬
慣れた足取りで間借りしている宿屋〈赤熊の窼〉へと僕はたどり着いた。
「いらっしゃ───なんだお前か、随分と遅いお帰りだな」
早足で中へと入った僕を出迎えてくれたのは店主のネイトさんだ。
退屈そうにカウンターで店番をしていた彼はからかい気味に言ってくる。
「ちょっと色々とありまして……ご心配をお掛けしました」
「いきなり夜中に飛び出して全く帰ってこないから死んだのかと思ったぜ」
「まあ……似たような目にはあいましたかね……」
冗談交じりにケラケラと笑うネイトさんに僕は苦笑を返すことしか出来ない。
そんな煮え切らない僕の反応を見てネイトさんは首を傾げる。
挨拶も程々に僕は軽く会釈をして自室のある2階へと向かう。廊下の一番奥の角部屋、そこが僕の自室だ。
今回はこの前と違って部屋の中に誰かいるということはなく。中はガランとしていた。
久しぶりの一人の時間に謎の安堵感を覚えながら、僕は早速、視界の端にずっと表示されていた文字に意識を集中させる。
すると控えめに浮かんでいた表示は目の前にデカデカと現れた。
──────────
報酬の受け取りが可能です。
報酬を受け取りますか?
──────────
ジルベールを殴り飛ばしたことによって試練のクリア条件である『合計値が4500以上の敵の討伐』が満たされて試練をクリアすることが出来た。
その報酬をようやく受け取る事ができる。
僕は高揚した気持ちを沈めつつ、即答した。
「受け取る」
『選択を確認。試練をクリアしたことにより、成功報酬が与えられます。
報酬として〈能力値の解放権〉を獲得しました。〈能力値の解放〉を実行しますか?』
「はい」
僕の答えに久方ぶりに聞いた気がする無機質な声が聞こえてきて、報酬の受け取りとその実行を確認してくれる。
数秒の沈黙の後、無機質な声は続けた。
『選択を確認。能力値の解放を実行します…………成功しました』
「よし!それじゃあ早速ステータスを───」
呆気なく終わった報酬の受け取りに僕はすぐさまステータスの確認を行おうとするが、〈天啓〉の声はまだ続いた。
『試練のクリア条件を大幅に超える敵の討伐に成功した為、スキル【取捨選択】より特別報酬が与えられます。報酬を受け取りますか?』
「え?特別報酬?」
予想外のその言葉に僕の思考は一瞬停止しかける。
『クリア条件を大幅にクリアした』ってことはステータスの合計値が4500以上を余裕で超えていたジルベールを倒したから追加で報酬を貰えるということだろうか?
なんとも嬉しい誤算だ。死ぬ気で殴り飛ばした甲斐が有る。
一瞬戸惑いはしたが、これを受け取らない理由はない。貰えるものは全部貰っておこう。
「受け取る」
『選択を確認。特別報酬として固有魔法〈不屈の焔〉の適正を獲得しました』
「魔法!!……いやちょっと待って固有魔法ってなに?」
意気揚々と特別報酬を受け取ったが、初めて聞く単語に僕は首を傾げる。
特別報酬として魔法の適正が貰えたのはとても嬉しい。僕には元々、どの属性魔法にも適性がなくて一生魔法は使えないと思っていたから大興奮モノだ。
しかし、僕が貰えた魔法の適正は少し様子がおかしい。
〈固有魔法〉
持てる知識を総動員しても全く聞いたことの無い単語だ。普通の魔法とは何が違うのだろうか?
そもそも魔法と言うのは7種類(火・水・風・雷・土・闇・光)の属性に分けられる。
世界に存在して、生物の体内にもある魔力を媒介に世界の法則に触れる力。適性がある者にしか扱うことができないスキルと同じく特別な力だ。
僕が貰った適正〈不屈の焔〉はこの7種類の属性にどれも当てはまらない。
いや……この名前を見るに分類するならば火属性に当てはまるのだろうが、そもそも〈不屈の焔〉なんて言う属性は存在しないから、やはりどの属性にも当てはまらないと思う。
「鑑定……」
考えても分かりそうにないので困った時のスキル【鑑定】で〈不屈の焔〉の詳しい効果を見てみる。
────────
【不屈の焔】
不屈の信念が消えない限り、永遠に燃え続ける炎を生み出す。
────────
「…………何だこの魔法?」
内容を見て僕はさらに首を傾げる。
正確性にかけるぼんやりとした内容だ。唯一、脳死で「凄い!」と分かるのは詠唱不要魔法だということ。
基本的に魔法を発動する場合は、2小節から最大で15小節になる詠唱を唱える必要があるのだが、この詠唱不要魔法とは文字通り長ったらしい詠唱が全く必要が無いということ。魔法を発動するためのトリガーとなる短い言葉がそのまま詠唱として機能して、魔法が発現してくれる。
この詠唱不要魔法は高位の魔法使いがよく使う技術として有名だけど。元々の魔法が詠唱不要と言うのは初めて聞いたかもしれない。
「謎が多すぎる……」
鑑定をしたことによりさらに謎が深まる魔法〈不屈の焔〉。効果を見ただけではなんとも言えないので、これは実践で使用してみて検証が必要だろう。
イマイチ、凄いのか凄くないのか微妙な内容に、最初は「僕にも魔法の適正だ!」と喜びはしたが今は内心複雑だ。
それでもないよりはマシ。昨日の自分よりも強くなれたのは確かなのでこの新しく手に入れた魔法を前向きに受け入れる。
「まあでも魔法は魔法だし、やっぱり嬉しい……!」
スキルには劣るが魔法も探索者を夢見る少年少女の憧れの象徴だ。
僕も小さい頃は「こんな魔法が使いたい!」とか「この魔法であんな事をしてみたい」とよく夢想したものだ。
探索者になって、色々と初級の
けれど今こうして別の形で、聞いたことのない魔法だけど自分に魔法の適正ができたということはシンプルに嬉しい事だった。
「ふう……」
大方、特別報酬なる魔法適性〈不屈の焔〉の確認が終わって一息つく。
怒涛の展開で脳の理解が追いつかなかったが、なんとか落ち着いてきた。
今の事で改めて感じたことは、本当に【取捨選択】というスキルは「おかしなことばかり起こるスキルだな」ということ。
一番最初の進化から始まり、破格の効果内容、はたまた成長限界を解放するための試練、そして今しがた手に入れた固有魔法。
「本当にこの力はなんなんだろう?」
一介のスキルと呼ぶには規格外すぎる能力。それをこの身で体験すればするほど分からなくなる。
いつかこのスキルの謎が分かる日が来るのだろうか?
なんてことを考えながら僕は勢いよくベットに寝転がる。
「……」
少しの間、何も考えずに目を瞑って再び勢いよく体を起きがらせる。
「鑑定!」
そして僕は特別報酬によって遮られてしまった自分のステータスの鑑定を改めてする。
実に3日ぶりのステータス確認。能力値的にはステータスを拾っていないので変わりないだろうが、能力値の解放をしたことによってステータスの表示に何か変化があるかもしれない。
そんな期待を込めながら表示されたステータスを見て、僕は絶句する。
その理由は─────
「の、能力値の数値が減ってる!?」
────全てのステータスが以前よりも減っていたからだ。
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