第34話 入院
灰色の砂嵐が視界を埋め尽くす。
無限に続く荒野には強風が吹いて、その場に立っているのもやっとだろう。
辺りを見渡すが自分以外にそこには誰もいない。
そこはどこまでも殺風景で寂しげな場所だった。
すぐにこの景色は夢なのだと分かった。
何をするでもなく僕はただ目の前の荒野を眺め続ける。
徐に足を動かしてみるとすんなりと前に進んだので、そのまま僕は荒野をまっすぐに歩く。
空を見上げてもそこには何も無い。不思議な光景が目の前には広がっている。
太陽がなければ雲もなくて、青い空もない。何かある様でそこには何も無い。
「…………」
荒野は無限と思えるほどに続いて、どれだけ歩いても景色は変わることは無い。
「僕は何をしているのだろうか?」と歩いていくうちに分からなくなって歩く足はピタリと止まった。
そこで不自然に場面が切り替わったように一人の幼い少年が現れた。
「……」
少年は僕に気づく様子はなく、背を向けてしゃがみこんでいる。
無言で一生懸命に何かをしているその少年が気になって、僕は後ろからこっそりと何をしているのか覗き込んでみた。
視界に入ったのは無数に積み上げられた石。一定の高さまで石を積み上げるとまた新しく石を積み上げ始める。
少年は一生懸命に石を積み上げていた。
「こんなところで何をしてるの?」と訪ねようとしたがどういう訳か声が上手く出てこなくて、僕はただ少年が石を積み上げていくのを眺めていくばかり。
そして3つ目の積み上げられた石が一定の高さまでいくと、少年は不意に僕の方を向いた。
「っ!!」
突然振り向いたことに驚くが声は出ない。少年は満面の笑みで僕を見るとこう言った。
「選んで!」
その言葉を聞いた瞬間に視界は暗転して夢から覚める。
・
・
・
「………重い」
体に何かが乗った苦しさで僕は目を覚ました。
一番最初に視界に入ったのは見知らぬ高い天井。そして首を重みの方へと向けるとそこには僕のお腹を枕にしてスヤスヤと眠る2人の少女の姿があった。
右側に金糸雀色の綺麗な髪色をしたエルフの少女、左側を透き通るような白銀の長髪を流した少女。
そのとても眼福な光景に内心歓喜するが、それを堪能するには少し状況が悪かった。
別にどちらがそうという話ではないのだが、とにかくお腹が圧迫されて苦しい。呼吸がままならなくて目を覚ますくらいなのだから結構なものだ。
もう僕のお腹は限界に近い。
気持ちよさそうに眠ってもらっているところ申し訳ないが、2人には起きて貰いたい。
苦しいのもあるけれど、色々と確認したいことがあった。
「ここはどこなのか?」とか「ジルベールはどうなった?」とか「なんで2人は僕のお腹を枕に寝ていたのか?」とか、段々と目が冴えていくうちに頭の中は疑問で埋め尽くされていった。
その疑問を解決するために僕は一思いに目の前の2人の少女の肩を軽く揺すった。
「あの……2人とも起きてもらっていいですか……?」
「「んん…………」」
「…………」
僕の問いかけに2人の美少女はモゾりと身を動かすと、艶やかな甘い声を出す。
思わず宜しくない感情が込み上げてくるが、何とか気合いで我慢をして根気強く僕は2人を起こす。
3度目の呼び掛けで2人の少女は同時にムクリと起き上がり、眠け眼を僕に向けてきた。
数秒間、4つの綺麗な瞳に見つめられる。そしてさらに数秒後、綺麗な瞳は驚いたように大きく見開かれた。
「「テイク(くん)!!!」」
息ピッタリに名前を呼ばれて、これまた息ピッタリに僕に詰め寄る2人の少女───アリシアとルミネ。
2人の物凄い圧に僕は思わず体を起き上がらせてベットの背にベッタリと後ずさる。
アリシアとルミネはそれでも僕にさらに詰め寄ってくる。そこで僕は気がつく、2人の瞳には大量の涙が溜まっていることに。
「もう!本当に心配したんですからね……!」
「無茶しすぎだよテイク。このまま目を覚まさないかと思っちゃった……」
「ご、ごめんなさい……」
男は女の涙に弱い、とはよく言ったもので。僕はついに我慢が聞かずに泣いてしまった2人にただ謝ることしか出来ない。
本当に自分勝手な事をしたし、沢山心配と迷惑をかけてしまった。謝っても謝りきれない。
僕はしばらくの間、2人の女の子に誠心誠意、謝り続けた。
そして、何とか2人が泣き止んでくれたところで僕は色々と彼女たちから話を聞いた。
まず一つ。
今僕が寝ているのは探協で運営している治療院の一室ということ。
ジルベールとの死闘を何とか制した僕はそのまま力尽きて安全地帯ではない、大迷宮のど真ん中で意識を失った。
僕が逃げるジルベールの後を追いかけていたのを確認していたアリシアは〈魔龍〉を問題なく討伐した後に倒れた僕を見つけて回収、この治療院へと運んでくれた。
正直、意識を失った時は死を覚悟したが、何とかルミネや治療院の回復術士達のお陰で一命を取り留めた。そして三日三晩、僕は死んだように眠っていたらしい。
息はあるけれど、寝返りなども全くせずに微動だにしない。そんな僕を見てアリシアとルミネは心配してくれて、ずっと付きっきりで看病をしてくれていたと言う。
2人が僕のお腹で寝ていて、僕が目を覚ましたのを見て泣いていたのもそれが理由で本当に2人に心配をかけて申し訳なくなってしまった。
二つ目にジルベールがどうなったのか?
これに関しては僕を回収したアリシアがついでに顔面が凹んで気絶したジルベールも回収して、探索者協会に今回の件を説明して突き出したらしい。
ジルベールは僕よりも一日早く目を覚ましたようで、様々な事実確認と事情聴取を経て容疑を認めた。これに探索者協会はジルベールの探索者の資格を剥奪して、犯罪者として大牢獄〈無限迷宮〉へと投獄されることが決まった。投獄された後もまだ色々と取り調べは続けられているとのことだ。
これによりAランクパーティー〈紅蓮の剣戟〉は実質的な解散となり、他のパーティーメンバーも厳罰をくらったらしい。もうこの迷宮都市での活動は不可能だろう。
今回のジルベールの事件を重く受けとめた探索者協会は、大迷宮や探索者の管理方法を改めて、再びこのような問題が起きないように努めると表明を出したらしい。
それほど今回の一件は大きな問題となった。
一連の流れでジルベールの悪事を阻止し、捕縛した功績を称えられ、探協は僕たちに感謝の意を込めて褒賞金を出すことにした。
最初、この話を聞いた時はそんなものを貰っていいのか迷いもしたが、アリシアとルミネは気にせず受け取るそうなので僕も強制的に受け取ることになった。
「ちょっと情報量が多いな。それに…………」
ジルベールも投獄され、ラビ達も無事に助け出すことができた。これでひとまず問題が全部解決した……と思いたいが、どうにも今回の事件はそう単純なものでは無いらしい。
安全地帯にモンスターが出現した事や、ジルベールが持っていた謎の杖、そして最深層にいるはずの〈魔龍〉の出現など、色々と今回の事件は謎が多い。
目下、投獄中の
言葉だけを聞けばしらばっくれているようにしか思えないが、実際の反応からするとどうやらそうでも無いらしい。
何かしら魔法やスキルが関与しているのは間違いなく。裏でジルベールを手引きした者がいるのではないかとの話。
気になるところではあるが、今の僕にできることは無いのでそこら辺は専門家に任せるしかない。
「悩むだけ今は無駄か────」
話を聞き終わって、たった3日間で起きたにしては脳の処理に困る情報の多さに苦笑してしまう。
そして僕は姿勢を正して改めてアリシアとルミネに頭を下げた。
「────本当に今回は僕の所為で迷惑をかけてゴメン!!」
今回の事件の元凶はジルベールだが、その奴の目的は僕を殺すこと。ならば言い換えれば僕にも責任はある。本当に2人には迷惑をかけてしまった。
しかし当の巻き込まれた2人の少女は別方向で怒りを僕に向けてきた。
「どうしてテイクが謝るの?」
「そうです。テイクくんは何も悪くないです。寧ろ、すぐにラビ達を助けに行ってくれたじゃないですか」
「いや、でも……」
彼女たちは優しい言葉をかけてくれるがそれでも僕は納得できない。
そんな僕を見透かしたようにアリシアとルミネが言葉を続けた。
「あまり自分だけで背負わないで。テイクは本当によく頑張った。今はゆっくり休むことだけ考えていればいい」
「そうです!回復術士さんのお話では傷は完全に塞がっているけど3日ほど絶対安静とのことです」
「……ありがとう2人とも」
その2人の言葉に僕は心の底から感謝をした。
なんだか一気に緊張の糸が解けた。
ようやく脳の処理が追いついてきて、色々と整理をつけられてきた。そう実感するとどっと疲れを感じてくる。
今思い返せば全身切り傷だらけで、仕舞いには剣で胸をガッツリと貫かれているのだ。回復術士のお陰で傷は綺麗さっぱりなくなっているが、それでも体が疲労を感じていないはずがない。
ルミネの話では3日は安静とのことだし。ゆっくりと休ませてもらおう。
「ふわぁ……」
不意に大きな欠伸が出てしまう。
眠たげな僕を見てアリシアとルミネはゆっくり休むように言ってくれる。
2人の言葉に甘えて起きたばかりだけど、もう一度眠ろうかとすると彼女たちは衝撃的な事を言ってくる。
「安心してテイク。この入院中の3日間は私が付きっきりで看病してあげるからね」
「何言ってるんですか、テイクくんのお世話は私がします」
唐突な2人の宣言に僕は困惑する。
いや、正直そこまでしてもらうのは気が引ける。それに2人ともお互いにそんな暇はないだろう。アリシアは所属しているパーティーの事、ルミネは家のことなどをしなければいけないはずだ。
そう思い、2人の申し出を断ろうとするが既に彼女たちには僕の声は聞こえない。
「ずっと気になってたんだけど貴方、テイクのなに?」
「私はテイクくんの仲間です。貴方こそ何なんですか?」
「私はテイクと将来を誓い合った仲。久しぶりに2人きりになれるチャンスなんだから空気読んでくれない?」
「何で私が空気を読まなきゃいけないんですか?それを言うならテイクくんの看病をするのは仲間の務めです。貴方こそ空気を読んでくれませんか?」
「……は?」
「は?」
もうなんかバチバチで怖い。一触即発とはまさにこのことだ。2人とも笑ってるはずなのに、目が全く笑っていないのだ。宛ら今から殺し合いを始めても不思議ではない気迫だ。
今まで「2人は優しいなぁ」と暖かい気持ちになっていたのに一気にその暖かかった感情が恐怖に塗り変わる。
正直なことを言えば普通にちゃんと知識のある看護師さんに看病されたかったが、それを今言えば目の前の2人に何をされるか分かったものでは無いので僕は無言を決め込んだ。
2人の凄まじい睨み合いはそれから1時間ほど続いた……。
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