第33話 強者打倒
中盤にある
「どこに行く気だ……ジルベール」
「テイクてめぇ………!さんを付けろって何回言えばわかるんだ?」
態と安全地帯から離れて、追いかけた男───ジルベールはまさか僕がここまで追いかけてくるとは思わなかったのか一瞬だけ驚いた表情をする。ここならアリシアの邪魔をすることなく集中することができる。
しかしジルベールは直ぐに余裕を取り戻す。
「まあ今は許してやるよ。それで?ゴミ捨てしかできないお前が何をしようってんだ?」
「ここでお前を倒す」
〈不屈の一振〉を構えて戦闘体勢に入る。
そんな僕を見てジルベールは堪えが効かないと言わんばかりに、腹を抑えて大爆笑した。
「クハハハハハハッ!!誰が誰を倒すって?お前が?俺を?おいおいテイク、寝言は寝て言えよ!レベル1の雑魚がレベル5に適うはずがないだろうが!!」
「今はレベル2だ」
「だとしてもだよ!お前、馬鹿か?脳みそ腐ってんじゃねぇの?」
僕の訂正を聞いて更にジルベールはツボに入る。
ゲラゲラと腹の立つ笑い声が煩いが、奴の反応は至極真っ当だ。普通はレベル2だろうがレベル5の探索者を打ち負かすなんてのは不可能だ。
その証拠に僕は奴のステータスを正確に見ることが出来ない。
───────────
ジルベール・ガベジット
レベル5
体力:1?2?/1?2?
魔力:?57/?57
筋力:1??0
耐久:9?1
俊敏:1??9
器用:102
・魔法適正
火
・スキル
【剣聖 Lv2】
・称号
───────────
しっかりと見れたのは〈器用〉さだけ。正確な数字がわからなくてもレベル5、相当な強さなのは変わらない。
それでも僕は選択した。
自分の手でこの男を打ち倒し、今回の件に対してしっかりと落とし前をつけると、過去を精算して先に進むと。
無謀だろうとなんと言われようとも、馬鹿にされて笑われようともやると決めたのだ。
僕は笑い続けるジルベールを黙って睨みつけた。そしてそんな僕を見てジルベールは笑うのを止めると真紅の直剣を抜いて構える。
「クハハハハハハ…………そうかぁ、本気かぁ……なら仕方ねぇな、お望み通り殺してやるよ」
「───っ!!」
今までの腑抜け切った様子とは一転して、ジルベールは肌を突き刺す程の殺気を表に出す。
思わずその殺気にビクリと体を震わせてしまうが、何とか正気を保つ。
「正直なところよぉ……あの蜘蛛たちにお前を殺させるのは何だか物足りなかったんだ。やっぱり、せっかく殺すなら自分の手で木っ端微塵にしてぇよなぁ!?」
「クズが……」
トラウマが完全に無くなった訳では無い。少しでも気を抜けば恐怖で立つこともままならないだろう。それでも今この瞬間、なけなしを勇気を振り絞って立ち向かう。
先にしかけてきたのはジルベールだ。
「はっ!やっぱりパーティーを抜けてから生意気になったよなテメェ!!」
中段に剣を構えたまま奴は真正面から一直線に突っ込んでくる。
その速さは今まで戦ってきたどのモンスターよりも速く、これを躱すのは困難を極める。僕にできることは受けて立つのみ。
瞬く間にジルベールは僕の目前までたどり着き、素早く剣を振り抜いた。〈不屈の一振〉でその斬撃を受け止めようとするが、それは上手くいかない。
「飛べ!!」
短い掛け声と共にジルベールの斬撃は僕のナイフに阻まれる前に加速して、僕の右脇腹を掻っ捌く。
咄嗟に異変に気づいた僕は体勢を後ろに崩して、剣の軌道から少し外れるが完全に躱しきることはできない。
「くっ────!?」
鋭い刃に肉が裂かれる感覚と共に激痛が走る。
確実に剣を受け止めたと思ったが、ジルベールの剣は不規則な加速を遂げて僕の脇腹を斬った。少しの間、何が起きたのか分からず、頭は混乱するが直ぐに冷静さを取り戻す。
伊達に6年間も同じパーティーにいた訳では無い。今の剣筋には見覚えがる。
「へぇ……今ので殺しきれないか。レベル2になったってのはどうやら嘘じゃないみたいだな」
それは奴のスキル【剣聖】の能力だ。
スキル【剣聖】は攻撃特化型のスキル。剣術の成長率と剣を装備している時の筋力に超補正がかかって、複数の〈
今、ジルベールが使ったのは〈剣技〉の一つ。剣を任意のタイミングで加速させることが出来る〈
単純そうな技に思えるが、その単純さ故にとても使い勝手がよく、応用も効くため、厄介な技だ。
例えば────
「よし、それじゃあ次はこの速さについてこれるかな?」
────加速の調節が自由自在なのだ。
再び中段から剣が振り抜かれた。先程よりもその剣は速く、そして僕の構えたナイフをすり抜けるかのようにもう一段階、不規則に加速する。
「くっ───!!」
防御は疎か回避も不可能。今度は右太腿をさっきよりも深く斬られる。
これが〈疾風〉の厄介なところだ。何段階にも剣速を上げることができて、加えて軽い加速なら連続発動も可能。最速では音速を超えると言われている。
そこまでの速さとなればかなりの集中力が必要なようで連発はできないみたいだが、それでも厄介には変わりない。
何とか一旦距離を取って落ち着きたいところだがそれを許すほど目の前の男は僕を舐めてはいなかった。
「どんどん行くぜぇえ!?」
ジルベールは剣の届く範囲内にピッタリと僕を収めつつ、〈疾風〉で加速させた剣を斬りつけてくる。
何度か斬撃を防ぐことに成功するが、それでも圧倒的に受ける傷の数が多い。
このままではじわじわと全身を斬られているだけで終わってしまう。
そう判断した僕は起点を作る為に我武者羅にスキル【咆哮】を発動させる。
「発ッ!!!」
「なんだその煩ぇ声は!!」
「うぐっ!?」
しかしスキル【咆哮】は全くジルベールには通用しない。奴は苛立たしげに怒鳴り返すと僕の腹部を斬りつける。
やはり以前、大迷宮の前でやったように上手くはいかなかない。
あの時は相手の油断を逆手をとってスキルを使えたが、今目の前の奴は一ミリの油断もない。
「大口叩いた割に大したことねぇなぁ?俺を倒すんじゃなかったのか?」
「うぐぁっ!!」
状況は一方的だ。反撃をする隙も与えて貰えずにただ好き勝手に斬られるだけ。
全身がズキズキと痛む。立っているのもやっとだ。意識も朦朧としてきた。
「肩透かしだな。もう少し楽しませてくれると思っていたが、もうお前を斬るのも飽きてきた────」
せっかくルミネに傷を治してもらったのに、それを無駄にするように深手を負ってしまった。今の僕を見たらきっと彼女は憤慨することだろう。
「────死ね」
「────かっ────はっ─────」
一振の真赤な直剣が僕の胸を突き刺す。瞬間、全身に今まで以上の痛みが走り、逆流した血液が口から大量に吹きこぼれた。
分かってはいたことだけど、やはり実力は圧倒的。防戦一方で一回たりとも反撃することなんて出来なかった。
大量の血が流れているのが分かる。このままいけば、いずれ僕は出血死するだろう。呆気ないものだ。間違いなく僕はここで死ぬ。
それでも僕はまだこの男を倒すことを諦めてはいない。例え死ぬのだとしても、最後に一矢報いてやる。
「ジル……ベール…………!!」
胸に突き刺さった剣を左手で掴み取りそれを自らの手で深く突き刺していく。
「っ─────お前!!」
それによって僕と奴との距離は強制的に接近する。
ある一定の深さまで剣を刺し込めば、ジルベールは僕の攻撃範囲に入る。
唯一僕がこいつに攻撃を当てれるタイミングがあるとすればこの瞬間だけだ。
「正気か────」
ジルベールは僕の行動を見て咄嗟に剣を手放して距離をとる。
けれど僕はやつを逃すつもりは毛頭ない。
自ら武器を手放した奴の手を鷲掴み、動きを遅延させる。
それだけで十分だ。あとは思い切り腕を振り切れば〈不屈の一振〉は奴の首を狩り取ってくれる。
「はぁああああああああああぁぁぁッ!!」
最後の力を振り絞って僕は思い切り叫ぶ。そんな僕を見てジルベールは怖気付いた様子で言った。
「────狂ってやがる!!」
その言葉に僕はほくそ笑む。
狂ってる? 結構だ。お前を倒せるのならいくらでも僕は狂ってやる。
僕は
振り抜いた〈不屈の一振〉は何にも阻まれることなくジルベールへと向かっていく。
「これで確実に殺れた」そう確信するが、ジルベールは既のところで脇差にしていた不気味な杖を取り出して僕の攻撃を防御する。
一回だけの防御で杖はバラバラに砕け散るが、その一回が戦況を覆した。
結局のところ。僕の決死の一撃は奴に届かなかったのだ。
「クハハ………クハハハハハハッ!残念だったなテイク!!」
マグレで防御に成功したジルベールの勝ち誇った高笑いが聞こえてくる。
僕の気迫に怖気付いてた人間が何を言っているのかと腹が立つが、結果が全てだ。僕はそこで本当に負けたのだ。
力なく僕は倒れた。
ジルベールは僕の元へと近づくと胸に刺さった剣を僕から抜いてこう言った。
「今度こそ死ね」
天高く振り上げられた真紅の剣が僕に振り落ちてくる。
僕の体は微塵も動こうとはしない。もう全ての力を使い果たしたのだ。回避は不可能。ただ殺されるのを待つのみ。
後悔が残る。悔しくて叫びたい。約束を守れないことが申し訳ない。そんなことばかりが頭を過ぎる。
けれども何が一番悔しいかと言えば、目の前の男をこの手で倒すことが出来なかったことだ。
あと少しで死にそうなのに僕はまだ諦めることが出来ないでいる。何とかならないのかと我儘ばかり考えてしまう。
どうしても僕は目の前の男をこの手で打倒したくて我慢ならない。
そう強く願った瞬間、無機質な声が聞こえてきた。
『選択を確認。スキル【取捨選択】を発動します。【取捨選択】の権限により、スキル【
それは唐突な言葉だった。
意味のわからないその言葉に頭の理解は追いつかないが、追いつく前に直感した。
僕は無意識に叫んでいた。
「寄越せッ!!!」
『選択を確認。派生スキル【強者打倒】の獲得に成功。スキルの発動を行います。全ステータスの────』
そして無機質な声を無視して、あと少しで到達する剣に向かって全力で〈不屈の一振〉を打ち付けた。
刹那、相当な威力でぶつかりあった二つの刃は同時に激しく砕け散った。
それによって僕は奴のトドメを回避することに成功する。
「なっ───どうして!?」
驚いたジルベールの声が聞こえる。
けどそれがどうでも良くなるぐらい気になることがあった。
それは今まで全く動かなかった体が動かせることと、不思議と疲労感は完全に消え失せて逆に無限に活力が湧いてくること。
恐らく────というか確実に今しがた手に入れたスキルの効果なのは考えるまでもない。しかしゆっくりと考えるのは後回しだ。
今は────
「これで本当に終わりだ!!」
───目の前の呆けた男を全力でぶん殴ることだけを考えればいい。
右拳を振りかぶり、一気に目の前のジルベールに放つ。ジルベールは咄嗟に両腕でガードの姿勢を取るが関係ない。
今の僕なら奴のガードを貫いて顔面を砕くことが出来る。
「はぁああああああああああぁぁぁ!!!」
「やっ、やめ─────うごッ!?」
思い切り振り切った渾身の右ストレートは予想通りガードを破り、その腹の立つ顔面を一発殴り飛ばした。
間抜けな声と共にその綺麗な顔面が潰れたジルベールは体を宙に吹っ飛ばして、力なく地面に叩き倒れた。
思い切り振り抜いた拳の勢いで僕も地面に情けなく転げ落ちる。
「はぁ……はぁ……やった────」
尻もちを着きながら地面に倒れて、立ち上がる気配のないジルベールを見て呆然と呟く。
「───やった……やったんだ!!」
次第に目の前の男を自分が倒したのだと実感が湧いてくる。
しかし喜びも束の間、僕の体も相当な限界を迎えていた。
「あれ…………?」
エネルギーの供給が切れたかのように僕は地面へと倒れる。
先程まで力が溢れていたのに、今は微塵もそれを感じることは無い。
どうしようもなく眠気が襲ってきて、僕は目を瞑る。
そして睡魔に抗うことが出来ずに僕は意識を手放した。
遠くなる意識の中、また無機質な声が聞こえてきた。
『合計値が4500以上の敵の討伐を確認。試練がクリアされました。成功報酬が与え────』
しかしそれを最後まで聞くことはできず、僕は意識を失った。
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