第32話 白銀の戦姫

 煌びやかに宙を舞う白銀の長髪。

 薄暗く、殺風景な大迷宮に大輪の花が咲いたようだ。それはとても幻想的な光景で思わず見惚れてしまう。


 幼馴染が僕を守るように立っている。懐かしい感覚だった。小さい頃はよくこうして彼女に守ってもらっていた。


「もう大丈夫だからねテイク」


 優しい声音に一気に安心感が押し寄せてくる。

 どうしてここに彼女がいるのか? そんな疑問が浮かぶけれど、直ぐに答えは出る。

 彼女の事だ、色々と事情を聞いて僕を助けに来てくれたのだろう。


 本当に昔から変わらない。

 僕が本当にピンチの時には当然のように君は現れてくれる。


「アリ……シア……ごめん……」


「うん、謝らないで。テイクは私が守ってあげるから」


 右手に持った細身の直剣を一振して、僕を拘束していた糸が綺麗に解ける。

 アリシアは僕から視線を切ると目の前の崇高なる毒糸アラクネたちを睨む。


 そんな光景を高台から見下していたこの事件の主犯───ジルベールは肩をわなわなと震わせて怒りを顕にした。


「何故お前がここにいるんだ!アリシア・リーゼぇぇぇぇええッ!!」


「話は全部、ルミネ・アドレッドから聞いた。ジルベール・ガベジット、貴方、こんなことをしてどういうつもり?探索者として有るまじき行為だわ」


「うるせぇよ!俺はただ死ぬほどムカつくゴミ屑を殺せればそれで十分なんだ!横からしゃしゃり出てきて邪魔すんじゃねぇよ!!」


 ジルベールは怒鳴ると手に握った不気味な杖を光らせて、崇高なる毒糸アラクネたちに指示を出す。


「行けお前たち!あの女を殺せ!!」


「「「キシャアアア!!」」」


 崇高なる毒糸アラクネたちは一斉にアリシアに突撃する。

 しかし彼女はそれを気にした様子もなく、何かを我慢するかのように奥歯を噛み締めていた。


 そして次の瞬間に訪れた光景にジルベールは絶句する。


「………ゴミ屑って誰のこと?」


「───は?」


「ゴミ屑って誰のこと!?」


 一閃、瞬き一つの間にアリシアへと襲いかかった崇高なる毒糸アラクネ2体が木っ端微塵に無数の肉片へと成り代わる。


 最後の断末魔さえ出すことが許されなかった崇高なる毒糸アラクネたちだったモノは、大量の血溜まりに落ちた。


 圧倒的だった。これがレベル8の、Sランクパーティーで最大火力メインアタッカーを務める探索者の実力。


「……」


 思わず言葉を失う。

 体の拘束はとっくに解けていたけれど、僕はただ彼女の剣技に見惚れて地面に伏したままだった。


 そこでようやくボロボロの体に鞭を打って立ち上がろうとすると、綺麗な唄声と共に体の痛みが引いていく。

 その歌声にも聞き覚えがあり、直ぐに誰の声か分かる。


「大丈夫ですかテイクくん!?」


「ルミネ……」


 スキル【勇気の唄】を発動させて僕の元に駆け寄ってくるエルフの少女。アリシアが来た時点で彼女も一緒にここに来ているのは何となく察しが着いていた。


 ルミネは立ち上がろとする僕の体を支えてくれる。

 ふわりと優しい香りが鼻腔を擽り、ドキドキと胸が高鳴る。そんな僕を気にすることなく彼女はスキルの力で僕の傷ついた体を癒してくれる。


 形勢は一気に逆転した。

 あともう少しで僕を殺せると思っていたジルベールは、呆気なくアリシアによって肉片に変えられた蜘蛛を見て依然として絶句するばかりだ。


「これで貴方を守る駒はいなくなった、大人しく負けを認めて」


「ふ、ふざけるなぁ!それ以上近づいて見ろ!?このガキどもがどうなっても知らねぇぞ!!」


 アリシアの言葉でジルベールは我に返ると、腰に携えた真紅の直剣を抜いてラビたちに剣先を向けた。


 剣を向けられたラビ達の顔は恐怖に染まり今にも泣き出しそうだ。

 その光景に思わずルミネはスキルを中断して叫ぶ。


「いや!やめて!!」


「クハハハハハハハ!!そうだよなぁ?コイツらを殺されたら困るよなぁ?だったらちゃんと俺の言うことを聞くべきだよなぁ?」


 ラビ達を人質に取り勝機を見出したジルベールはニタリと気味悪く笑う。

 しかし、それを無視してアリシアは一気に地面を蹴った。


 風が吹く。それは本当に一瞬の出来事だった。


「だからなに?」


「─────はぇ?」


 今まで目の前にいたはずのアリシアはまるで瞬間移動をしたかのように高台にいたジルベールの元まで躍り出る。そしてジルベールが反応する前にラビ達を抱えてルミネの元まで戻った。


 レベル5のジルベールでも反応できない速度。それは強者にしか許されない強行突破だ。

 またも形勢は傾く。


 人質を失ったジルベールは高台で一人呆然とすることしか出来ない。それに追い打ちをかけるようにこちらに戻ってきたアリシアが奴に向かって剣先を向けた。


「これで本当に終り」


「化け物が…………!!!」


 淡々と放たれた言葉にジルベールは忌々しいげにアリシアを睨みつける。

 だがそんな奴の反抗的な態度も負け惜しみのように見える。


 実際、あとはジルベールを拘束するだけだ。アリシアがいればそれも一瞬で終わるだろう。そしてこのことを探協に報告して、然るべき罰を奴に受けてもらうだけだ。


 これで一段落着く。そう思ったその時だった。


「ふざけるな……まだだ、まだ終わってねぇぇぇぇぇええ!!!」


 地団駄を踏んでジルベールは喉を潰さんばかりに叫ぶ。

 その姿は駄々をこねる小さな子供のようで、とてもレベル5でAランクパーティーを束ねるリーダーの言動とは思えない。


 そんな奴のどうしようもない反応にアリシアは呆気を取られる。

 すぐにでもあのどうしようもないクズを拘束しにかかろうとしたが、思わず足を止めて困惑してしまう。


 その隙だった。


「───来い!魔龍ッ!!」


 ジルベールは手に持っていた杖を天高く掲げると叫ぶ。奴の声に呼応するかのように今までよりも一層強く杖は光り輝いた。


 安全地帯セーフティーポイントを覆い尽くすその強い光に僕達は目を伏せる。

 そして一つの咆哮と共に光が収まった。


「グルゥガァアアアアアアアッッッ!!」


「「「っ!?」」」


 耳を劈くようなモンスターの声。その咆哮一つで地面は振動して、壁に亀裂が入る。


 そこに現れたのは1体の漆黒の龍。


「どうしてコイツがここに……」


 見上げるほどの大きな巨体に翼を広げた一体の龍を見てアリシアは忌々しげに呟いた。

 そんなアリシアの反応を見てジルベールが煽るように叫ぶ。


「クハハハハハハッ!!本当はコイツを呼び出すのは嫌だったんだが背に腹は変えられない!せいぜい足掻いて見せろよ?」


「貴方………!!」


 アリシアはその険しくなった視線をジルベールにぶつけると再び漆黒の龍の方へと向き直る。


「鑑定────は?」


 僕は無意識に目の前に佇む龍を鑑定した。

 そして表示されたステータスを見て絶句する。


 ───────────

 魔龍

 レベル?


 体力:????/????

 魔力:????/????


 筋力:????

 耐久:????

 俊敏:????

 器用:????


 ・魔法適正

 ??????


 ・スキル

 ??????


 ・称号

 ??????

 ───────────


 何も分からない。

 部分的にとかの話ではない。僕の今の実力では目の前の龍のステータスを読み取ることは完全に不可能だった。

 その初めての体験に僕は驚愕と同時に恐怖する。


 ただ呆然とすることしか出来ない僕達にアリシアはポツリと言った。


「……逃げて」


「───え?」


「今すぐこの階層から逃げて、流石の私でもこの龍を相手にするには気を使ってる余裕はないから」


「この龍って………」


 細身の直剣を構え直して僕たちの前に立つアリシアに聞く。


「ジルベール・ガベジットも言っていたけどこいつは〈魔龍〉。深層58階層で出現するレベル7のモンスター」


「っ!!」


「こいつのヤバさが分かったら早く逃げて……もう時間が無い」


 僕の質問に短く答えたアリシアは漆黒の龍へと疾走する。そんな彼女の後ろ姿を見ていると強く腕を引かれた。


 視線をそこに向けてみれば焦った様子のルミネとラビ達がいた。


「逃げましょうテイクくん!ここは危険です!!」


「でも……」


「〈白銀の戦姫〉が心配なのは分かります!けど、ここにいても彼女の足でまといになるだけです!!」


 躊躇う僕を叱責するルミネ。

 彼女の言っていることは正しい。ここでグズグズしていてもアリシアの邪魔になるだけだ。それでも僕は、まだやりのここしたことがあるような気がして、踏ん切りがつかない。


 そうしてルミネに無理やり腕を引かれて安全地帯から離れようとしていると、視界の端に一つの影が映る。


「ごめんルミネ。まだやり残したことがある」


「え?」


 その影とはあの〈魔龍〉を呼び出した元凶───ジルベールだ。

 奴はアリシアを魔龍に押し付けて、階層の奥へと進む方の出口からこの混乱に乗じて逃げ出そうとしていた。


 僕は無理やりに引っ張るルミネの手を優しく払ってジルベールの方を注視する。そんな僕を見てルミネは全てを察したようだ。


「テイクくんまさか……」


「このままアイツを逃がす訳にはいかない。ルミネはみんなと一緒に────」


「────ダメです!今のテイクくんはスキルで回復したとは言えボロボロなんです!そんな状態で危険な───死ぬようなことしないでください!!」


 僕の言葉を遮ってルミネは怒鳴る。その瞳には涙が溜まっており、今にも溢れだしそうだ。

 そんな必死な顔をされてしまえば参ってしまう。僕はその顔には弱いんだ。


 けれど、この瞬間だけは退けないモノがあった。

 僕は詰め寄るルミネをそっと遠ざけて、彼女に背を向ける。


「ごめんね、ルミネ」


「っ…………どうして!!」


「本当に個人的な理由なんだ。馬鹿だと言われて仕方ないほどにね……でも絶対に退けない。大丈夫、約束するよ、絶対に生きて帰ってくるって」


「テイクく─────」


 呼び止めようとするルミネの言葉を最後まで聞かずに、僕は駆け出す。


 依然として全身が軋むように痛む。意識もまだ朧気だし、絶対にこんな状況で戦うべきではないと言うことは分かっている。


 それでも────


「どこに行く気だ……


「テイクてめぇ………!を付けろって何回言えばわかるんだ?」


 ──── この落とし前は僕がつけなければいけない。だからここでアリシアに全てを任せて、この男を逃がしていいはずがない。


 この男は絶対にここで倒す。

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