第31話 VS崇高なる毒糸

「さあ行け!俺の従順なる下僕ども!!」


 怪しげにキラリと先端の宝石が光る杖をふるって、ジルベールは声高々に〈崇高なる毒糸アラクネ〉に指示を出す。


 3体の巨大な蜘蛛は無数にある深紅の瞳を僕に向けて、同時に襲いかかってきた。


「「「キシャアアアアアアアッ!!」」」


「クッ……!!」


 視界一面に蜘蛛のグロテスクな口内が広がる。物量で押しつぶさんばかりの崇高なる毒糸アラクネたちに僕が取れる行動は回避のみ。

 全速力で崇高なる毒糸アラクネたちの隙間を縫ってのしかかり攻撃を躱す。


 何とか躱すことには成功するが、崇高なる毒糸アラクネが躊躇なく全体重を地面に叩きつけたことにより地面が大きく揺れる。


「クソっ……」


 揺れに対処が遅れて、間抜けにたたらを踏んでいると別の崇高なる毒糸アラクネが丸太のように太い足を頭上から振り落としてきた。


 無理やり横に飛んで回避するが完全には躱しきれずに、攻撃が掠ってしまう。


 ゴロゴロと地面を転がるとまた別の崇高なる毒糸アラクネが大きな口を開いて噛み付いてくる。

 転がる勢いを利用して、両腕で力一杯に地面を押し上げて跳躍する。


「隙が無さすぎるッ………!」


 狂いの無い怒涛の連携攻撃。

 一体だけでも厄介なレベル4のモンスターが3体ともなれば、その全ての対処は尋常ではない集中力を要する。回避するだけで精一杯だ。


 これで、この3体の巨大蜘蛛を全て倒さないといけないというのは、レベル2の僕には苦重すぎる。

 しかし、そんな弱音も言っていられない。ラビ達を助ける為ならば多少の無理や犠牲は厭わない。何としてでもこいつらを倒すんだ。


「鑑定────」


 蜘蛛達の頭上を舞う中、奴らのステータスを確認する。


 まずは僕と奴らの間にどれだけの差があるのかを明確化させる必要がある。それにどんなスキルを持っているのかも確認出来れば、いち早く対処もしやすい。


「────なっ………!?」


 視界に半透明のウィンドウが表示されて、崇高なる毒糸アラクネのステータスが表示されるが僕はそれを見て驚愕する。


 ─────────────

 崇高なる毒糸アラクネ

 レベル4


 体力:10??/10??

 魔力:?08/?08


 筋力:1?5?

 耐久:?17

 俊敏:9??

 器用:22?


 ・魔法適正

 無し


 ・スキル

 【鋼糸 Lv3】【毒霧 Lv3】

 【超再生 Lv1】


 ・称号

 蜘蛛を統べる者

 ─────────────


 能力値がハッキリと表示されないのだ。

 どの能力値も虫食いのように数字が文字化けしていて正確な数値を読み取ることが出来ない。幸い、魔法適性やスキル、称号は問題なく表示されているが、これは予想外だった。


 スキル【鑑定】は格上すぎる相手のステータスを鑑定した時にこんなことが起きるのだろう。今まで同格か下のモンスターしか鑑定してこなかったから知らなかった。なんとも嬉しくない発見だ。


 僕の鑑定のスキルレベルがもっと高ければ問題なくステータスを確認することができたかもしれないが、それは今言っても仕方がない。手に入れた情報だけで何とか戦うしかない。


「分かっていたことだけどさすがはレベル4……物凄く強い」


 数値をはっきりとは確認できないが、それでも目の前の蜘蛛たちが馬鹿みたいに強いのには変わりない。

 何とか地面に着地をして、この化け物たちとどう戦うか考えようとするが、それを易々と許すほど蜘蛛たちは悠長ではない。


「キシャアアアアアアア!!」


 1体の崇高なる毒糸アラクネは再び僕に向かって突進。他の2体は突っ込んだ1体を援護するかのようにスキルの【鋼糸】と【毒霧】を噴射してくる。


「はぁあああああッ!!」


 鋼糸は〈不屈の一振〉で切り捨てて、毒霧は拡散するように迫ってくるので着弾にはまだ時間がある。その間に突っ込んできた崇高なる毒糸アラクネの一つの足を横一線に切断して機動力を削ぐ。


「なっ…………!」


 しかし何とか切断した足は瞬く間に切断面から肉が生えて再生して元通りになる。

 スキル【超再生】の能力だと判断した瞬間、鞭のようにしならせた脚が僕の体に叩きつけられる。


「うっ────ぐっ────!!」


 回避は間に合うはずもなく、モロに攻撃を喰らう。再び体は勢いよく吹き飛ばされて、そのまま体は大迷宮の壁に着弾する。


 全身に走る激痛に苦悶の声を漏らす。普通の人ならば今の攻撃だけで体は真っ二つに折れてグシャグシャになっていることだろう。しかし、スキル【鋼の肉体】のお陰で何とか全身の骨が軋む程度で済む。


「うっ……」


 崩れた瓦礫に埋もれながら何とか痛む体に鞭を打って立ち上がる。


 直ぐに立ち上がらなければ奴らの追撃に対応が遅れて本当に死を覚悟しなければならない。おちおち痛いだの休みたいだのと言ってもいられないのだ。


〈不屈の一振〉を構え直して次なる攻撃に備える。頭の中では「どうやってこの化け物たちを倒すか?」その事ばかりを考える。


 圧倒的に僕の切れる手札が少なすぎる。

 一撃必殺の技があるわけでもなければ、堅実にダメージを蓄積して相手を葬ることもこの実力差では不可能。

 何度、頭の中でシュミレートしてみてもこの状況は詰んでいる。


 だからと言って簡単に諦められるはずがない。


「キシャアアア!!」


「チッ……!」


 頭上からまた蜘蛛の足が振り落ちてくる。

 それを〈不屈の一振〉で何とか迎え撃ち、攻撃を逸らした。


「「「頑張れテイク!!」」」


 必死に僕の名前を呼んで応援してくれる声がする。それだけで諦めない理由は十分だった。


 けれども決定打には欠ける。状況は不利になる一方だった。


 時間が経てば経つほど崇高なる毒糸アラクネたちの攻撃速度とその間隔は短くなり、雨のように降り注ぐ。


「クッ……」


 そして僕はそれを躱すので精一杯で為す術がない。


 疲労が溜まり、集中力が切れ始める。攻撃を完全に躱しきることはもうほぼ不可能で、全身に大小様々な傷ができ始める。

 こんな限界の状況でもまだ生き残れているのは、目の前の蜘蛛達が手加減をしているからだ。


 まるで「獲物を直ぐに食べるのは勿体ない」と言わんばかりに目の前の化け物達は、僕を小突くように痛めつけてこの状況を楽しんでいる。


 ふと、蜘蛛のキラリと光る赤い瞳と目が合う。その瞳に映された自分はとてもボロボロで情けなくて、今に崩れ落ちても不思議ではない状態だ。


「キシャッ!!」


 一つの白いぐるぐる巻きの糸塊が飛んでくる。それは途中で網のように広がると一直線に僕に襲いかかってきた。


 躱さなければいけない。

 頭ではそう理解していても体は動いてくれない。

 もう本当に限界だった。


「あっ─────」


 そう考えているうちに僕は無防備に鋼のような硬さを持った糸に囚われた。

 気の抜けた声が出たかと思えば、視界が急に半回転して地面に倒れていた。


 地面を揺り動かしながらゆっくりと3体の蜘蛛が近づいてくる。


 終わった。


 無意識に頭に浮かんだ言葉はそれだった。

 何とか意地で頑張ったが、いざその時が訪れれば呆気ないものだ。


「クハハハハハハハハハッ!いやいや!無能にしてはよく頑張ったじゃねえか!どうやってそこまで強くなったかは知らないが、流石にお前にこの蜘蛛どもは苦が重すぎたなぁ!!」


 無様に地面にひれ伏した僕を見て、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 結局、あの腹の立つ顔面をぶん殴ることが出来なかった。本当に最後までお前は僕を苦しめてくれたよ。


「テイク!やだよ!立ってよ!!」


「頑張ってテイク!!」


「テイクぅぅぅッ!!」


 高笑いする傍らで泣きじゃくる子供たちの声も聞こえてきた。


 不甲斐ない探索者で申し訳ない。ルミネに「助ける」と約束したのに、それは果たせそうにない。本当に口ばかりで中途半端な自分に嫌気がさす。諦めが悪いだけで、結局僕は何も成し遂げられない無能だった。


 後悔が尽きない。それでも終わりは無情にもやってくる。


 気がつけば崇高なる毒糸アラクネたちはすぐそこまで来て、僕をその真っ赤な瞳で見下していた。


 1体の崇高なる毒糸アラクネが僕にトドメを刺そうとする。

 先端が鋭い鎌のような足を振り上げて一思いに僕のチンケな首を真っ二つにしようとする。


 その瞬間、視界に映る全ての物、事象がゆっくりになる。

 走馬灯が流れる。小さい頃のアリシアと遊んだ楽しい記憶、探索者となって雑用係として地獄の日々を過ごした記憶、そして最近までのルミネとの冒険の記憶。次々とフラッシュバックする。


「……ごめん」


 誰にも届かない声でそう言った。

 そして視界一面に鋭い足が映ると同時に僕は目を瞑って、その瞬間を待つ。


 激しい音と衝撃がして、ズブリと首を刎ねられた気がした。

 しかし、どういう訳か一向に痛みはやってこず、何なら今も意識はこうして鮮明としている。


「キシャアアアアアッ!?」


 予想と全く違う反応に違和感を感じていると、1体の蜘蛛が断末魔を上げる。

 それに更に違和感を感じて、堪えきれずに僕は目を開いて状況を確認した。


 そして視界に広がった光景を見て絶句する。


「な………んで……………」


 目の前には白銀の長髪を靡かせた1人の少女。傍らには真っ二つに斬り伏せられた蜘蛛の死体。


 全く予想だにしない状況に理解が追いつかない。


 困惑していると背を向けて立っていた少女がこちらに振り向く。その少女を僕はよく知っている。片時も彼女の事を忘れたことなんてない。


「遅くなってごめんね、テイク」


 そこにいたのは〈白銀の戦姫〉アリシア・リーゼだった。

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