第30話 救出

 大迷宮グレイブホール第20階層。

 ルミネから渡された紙切れを頼りに、僕は全速力で22階層を目指していた。


 ジルベールがいるとされている22階層まで残り2階層。真夜中の大迷宮は人の気配が微塵もなく。モンスターの息遣いしか感じられない。


 普段の探索では階層全体を隈なく探索することを徹底している僕だが、この緊急事態でそんな悠長なことをしている暇などない。


 完全マッピングされた地図を頼りに最短距離で階層を駆け抜ける。


 初めてソロで訪れた13階層よりも下の階層は、僕が予想していたよりも魔窟と化していた。

 出現するモンスターも今まで戦ってきたものとは比べ物にならないぐらいステータスもその特性も厄介で強力なものばかり。

 20階層ともなればそれは顕著に現れた。


 スキル【索敵】でなるべくモンスターとの接敵を避けてはいるが、それでも完璧に戦闘を避けることは出来ない。


 眼前にはボロボロに刃こぼれした片手剣を構える豚人型モンスター〈プラウドオーク〉。20階層ではポピュラーなレベル3のモンスターだ。


「グギャァァァ!!!」


「邪魔だ!!」


 鑑定でステータスを見るのも時間の無駄だ。僕はスキル【咆哮】でプラウドオークの動きを硬直させて、一気に〈不屈の一振〉で首を掻っ捌く。


 何とかスキル【咆哮】が発動して、難なくプラウドオークの討伐に成功する。

 力なく倒れ伏した肉塊を一瞥して僕は直ぐに先へと進む。

 今は【取捨選択】をしている時間さえ惜しかった。


「っ…………!」


 全速力で洞窟を駆け抜ける中、頭の中で考えるのは「どうしてこんなことになったのか?」と言う後悔ばかり。


 どうしてジルベールはルミネの家族を攫ったのか? どうして直接僕に接触してこなかったのか? 今回、こんな行動に出た奴の動機はなんだったのか?

 疑問は無数に浮かぶが、直ぐに答えは出る。


 全ては僕の所為だ。


 パーティーをクビになってから今までジルベールからの厄介事はなかった。「荒れている」と言う話は聞いていたけれど、特に何も無かった。


 それがたまたまこの前、大迷宮の前で奴と遭遇して反抗的な行動を取ってしまったら、今回こんなことになってしまった。

 この前の一件で僕は完全な虎の尾を踏んでしまったのだ。


 余程、下に見ていた僕に反撃をされたのがジルベールのプライドを傷つけてしまったのだろう。その結果がこれだ。


 まさか僕に直接来るのではなく、その近くにいたルミネの家族を狙うというところがジルベールの屑さを表している。


 これが1番僕を挑発できて、確実に助けが来ない状況で僕を1人で呼び出せる方法だとや奴は確信しているのだ。

 実際、僕は奴の思惑通りに1人で勝手に飛び出してこんなところまで来ているのだから、その作戦は大成功だろう。


「クソッ…………!!」


 冷静になるべきなのに、無意識に頭の中は怒りに支配されていく。


 ルミネとその家族を巻き込んでしまった自分に対する怒り。こんな馬鹿げた行動に出たジルベールに対する怒り。


「お前だけは絶対に許さない……!!」


 もう冷静な判断などできるはずがなかった。僕は怒りに身を任せてそのまま目的の22階層へと向かった。


 ・

 ・

 ・


 大迷宮第22階層。

 持てる能力と知識を使って僕は3時間という速さで目的の階層までたどり着いていた。


 スキル【索敵】をフル活用してモンスターとの戦闘を避け、同時に攫われたラビ達の気配も探る。

 順調に代わり映えのしない鬱屈とした洞窟を駆け抜けて、気がつけば22階層の折り返し地点へと差し掛かろうかと言うところでそれを見つけた。


「っ!!」


【索敵】にモンスターとは別の反応。それは人のもので確かに3つ感じ取れた。


「この先は……安全地帯セーフティーポイントっ!!」


 走る速度を更に速めて、僕は一直線に反応のした方へと向かう。


 そして薄暗い道を抜けた先にはだだっ広い空間があった。そこにモンスターの反応は皆無で、不思議と安心感のある場所。所謂〈安全地帯〉だった。

 安全地帯に出た瞬間、僕は足を止めて辺りを見渡す。


 ロクな休憩もせずにここまで来た所為か、呼吸は乱れて、足もガクガクと軽く震えている。ドクドクと心臓が脈打つ音が鼓膜を支配して煩い。

 喉がカラカラに乾いて直ぐにでも水を飲みたかったが、それを我慢して目的の人物を探す。


 そしてそれは直ぐに見つけることができた。

 安全地帯の中央、そこには手足を縛られされ声を出せないように口元を猿轡で拘束されたエルフの子供たちがいた。


「ラビ!レビ!ロビ!」


 彼らを攫ったはずのジルベールの姿が見えないが、そんなことを考える前に僕の体は動き出していた。

 まずは目の前の子供たちを保護することが先決だ。僕は瞬時に判断して、ラビたちに駆け寄る。


 しかしラビたちは駆け寄ってくる僕を見て、何かを訴えるかのようにモゴモゴと騒ぐ。

 最初は助けが来たことを喜んでいるのかと思ったが、距離が近づき表情が良く見えるようになるに連れて、彼らが苦しそうに表情を歪めているのに気がつく。


 そして何とか緩んだ猿轡が口元から離れて、声を自由に出せるようになった長男のラビから必死な叫びが聞こえる。


「来ちゃダメだテイク!!これはアイツの罠─────」


 その悲痛な叫びは途中で聞こえなくなり、やってきたのは凄まじく大きいナニかに叩き飛ばされる衝撃。


「えっ────ア────っ!?」


 横から来た衝撃に僕は反応することが出来ず、無防備に体をくの字にさせて吹っ飛ばされる。


「「「テイク!!!」」」


 遠く、耳鳴りがする中で僕を呼ぶ子供たちの声がする。

 けれど、それに反応する余裕は無く。気がつけば僕は岩肌剥き出しの大迷宮の壁に叩きつけられていた。


「────がハッ!!?」


 新しく手に入れたスキル【鋼の肉体 Lv1】のおかげで何とか外傷はないが、その衝撃は体内にまで及ぶ。

 肺に溜まった空気が逆流して、臓物も一緒に吐きでるのではと思うほど口から苦悶の声が出てしまう。


 そのまま力なく地面に倒れ伏してふと視界に入った地面を確認すれば軽い血溜まりが出来ていた。


 それが誰の血によってできたものなのかは考えるまでもない。

 表面上はなんとか負傷は逃れたが、予想以上に内の方は損傷が酷いようだ。


 そんな事を考えていると遠くから甲高い笑い声が聞こえてきた。


「クハハハハハハハハハッ!ざまぁないなぁ、テイクぅぅぅ!!」


「っ!!」


 視線を何とか声がする方に向けると、そこには憎たらしい笑みを浮かべたクソ野郎───ジルベール・ガベジットの姿が映る。そしてその背後には3体のモンスモンスターがいた。


「な………んで…………」


 視界に入ったモンスターに僕は驚愕する。


 漆黒の外皮に鋭く尖った8本の足。無数にある真紅の瞳は気味が悪い。一言でそのモンスターの姿を言い表すのならば蜘蛛。しかし、その大きさは普通の蜘蛛から考えると規格外で、推定12mを超える巨大さだった。


 どうして安全地帯にモンスターが存在するのか疑問だが、それよりも気になったのはそのモンスターの種類。

 それは大迷宮第35階層以降で出現するはずのレベル4モンスター〈崇高なる毒糸アラクネ〉だったのだ。


「いいねいいねぇ!俺はその顔が見たかったんだぁ!!」


 困惑する僕を見て楽しそうに表情を歪ませるジルベール。そんな奴の右手にはいつもの直剣ではなく、不気味な杖が握られていた。


 ジルベールはゆっくりと縛られたラビ達の元へ近づくと無造作に近くにいたレビの綺麗な金糸雀色の長髪を掴んで引っ張った。


「クハハッ!いやいや、まさかお前がこんなに早くここまでたどり着くとは思ってなかったぜ。相当、このガキどもが大切なんだなぁ?」


「いやぁ!痛いよ!!やめてっ!!!」


「っ…………!!」


 煽るようなジルベールよりも、泣きじゃくるレビの姿に目がいく。


 3人の中でも一番気弱で大人しい性格のレビにとって今の状況は地獄でしかない。早く彼女を助けなければ────。


「ジル……ベールッ!!」


「だからを付けろって言ってんだろうが。テメェは何回言ったら分かるんだよ、ああッ!?」


「きゃぁぁああああああ!!」


 何とか立ち上がってジルベールを睨みつける。それが奴は気に入らなかったのかレビの髪を更に乱暴に引っ張る。

 泣き叫ぶレビの姿に耐えきれず、僕は体の痛みも忘れて飛び出していた。


「お前ッ────くっ………!」


〈不屈の一振〉を構えて奴の懐に突っ込む。しかし、それは目の前に立ち塞がった3体の崇高なる毒糸アラクネによって阻まれる。


「おおっと……ちょっと熱くなりすぎたな。安心しろよ、殺さねえ。俺は優しいからなぁ、お前にチャンスをやるよ」


「……チャンス?」


 立ち塞がった崇高なる毒糸アラクネ達は僕に攻撃をしてこない。そして、崇高なる毒糸アラクネの影に隠れてジルベールはこんな提案をしてきた。


「このガキども返して欲しかったら目の前にいる崇高なる毒糸アラクネを全部倒して見せろ。そうすれば助けてやるよ」


 表情は見えないが、声音からして奴はこの状況を心底楽しんでいる。

 それがとても耐えられず、今すぐにでもジルベールをぶん殴りたい衝動に駆られるがそれはどうにも叶わない。


 奴の思惑通りになるのは癪だが、背に腹は変えられない。

 選択は一つだけだ。


「………本当だろうな?」


「ああ、神〈ゼインシュバルト〉に誓おうじゃないか」


「……わかった」


 態とらしい奴の誓いに腹の底からふつふつと怒りを感じるが我慢をして、僕は奴の提案を飲む。


「せいぜい足掻いて見せろよ?ゴミ捨て係」


 ニタリと笑みを浮かべたままのジルベールは高みの見物と言わんばかりにラビ達を連れて、高台になっている岩場に移動した。


 そして奴の合図を皮切りに崇高なる毒糸アラクネ達との戦闘が始まる。

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