第29話 再会
「…………」
大迷宮での探索を無事に終えて、帰宅。後はシャワーを浴びて眠りにつくだけだと思っていたけれど───僕は自室の扉の前でかれこれ10分ほど立ち尽くしていた。
何故自分の部屋なのにすぐ中に入らないのか? その理由はこの中に僕を訪ねてやってきたお客さんがいるからだ。別にただのお客さんならいいんだけど、今回はどうやらそういう訳でもない。
こんな夜遅くに訪ねてくる友人など僕には微塵も存在しないが、一人だけ心当たりを思い出す。
ネイトさんの話が本当ならばこの扉の向こうに、迷宮都市最強のSランクパーティー〈聖なる覇者〉の
なぜ彼女がこの宿屋を訪ねてきたのか?
理由は全く分からないが、いつまでもここで立ち尽くしているわけにもいかない。
僕は深く深呼吸をした後に意を決して扉をノックした。
コンコンコンと3回扉をノックすると直ぐに「どうぞ」と女の子の声が返事をする。それを確認して僕は扉を開けた。
「失礼します───」
部屋に入った瞬間で迎えてくれたのは絶世の美少女。腰まで伸びた白銀の長髪に、蒼色の瞳。一瞬で目の前の少女に見惚れてしまう。
「おかえりなさい、テイク」
艶やかな唇からは抑揚ない平坦な声が出る。昔を知っている人からするとそれに少し違和感を感じてしまう。
けれどもそこには確かに〈白銀の戦姫〉こと僕の幼馴染───アリシア・リーゼがいた。
「久しぶりだね、アリシア」
「ええ、本当に久しぶり」
微かに口元を綻ばせて笑みを零したアリシアは座っていた椅子から立ち上がると僕の目の前に立った。
身長差はそれほど変わらない。僕が目線ひとつ高いぐらいで、アリシアは女の子にしては身長が高い方だ。
本当に久しぶりの幼馴染との対面に柄にもなく緊張してしまう。
そんな僕の緊張を知ってか知らずかアリシアはグルグルと周りを回って僕を観察するとこう言った。
「テイク、背伸びた?」
「え、どうかな?そんなに変わってないと思うけど……」
「ううん、絶対に伸びた。前見た時より逞しくなったね」
「そ、そうかな?」
「うん」
観察するだけでは飽き足らず、アリシアはペタペタと僕の体を触り始める。そして仕舞いには僕に抱きついてきた。
「えっ、ちょ!?アリシアさんっ!?」
「ずっと会いたかった……やっと会うことができた」
唐突な彼女の行動に僕は動揺することしかできない。アリシアは僕の慌てた様子を気にすることなく更に強く抱きついてきた。
「本当に変わったねテイク。1年も見ないうちに見違えた」
「そりゃあ僕もただボーっと生きてるわけじゃないからね。変わりもするよ。アリシアは……あんまり変わらないね」
「……それは何処を見て言ってるの?」
「じょ、冗談です……とてもお美しくなられましたね……」
ジトリと鋭い視線を向けられて怯む。
抱きつかれているからよく分かるけれど、あまり大胸筋の方はパンプアップしていないようだ。
「……まあいいよ。久しぶりに会って喧嘩なんてヤだから許してあげる」
「ありがとうございます」
そんなことを密かに考えているとアリシアは満足したのか抱きつくのを止める。
久方ぶりの幼馴染との邂逅はちょっと変な雰囲気から始まってしまった。
何とか話の方向性を正すために僕はわざとらしく口を開く。
「それにしてもそっか……もう1年もこうして会ってなかったんだね」
彼女と最後に顔を合わせたのは実に1年前。「大規模な遠征に行く」と言ってから噂でしか話を聞かなかったが、ようやくその遠征も一段落着いたのだろうか?
「うん。会いに来れなくてごめんね?」
そんなことを考えていると、アリシアはその綺麗な顔を悲しそうに萎ませる。
別に僕は彼女を責めて言った訳では無い。これにどちらが悪いという話はなく、むしろ彼女が僕なんかに使う時間は微塵もないというだけの話だった。
「謝らないでよ。アリシアが大変なのは知ってるから」
彼女はこの迷宮都市で頂点と呼ばれているパーティーに所属して、そしてそのパーティーの中でも中核を成す存在だ。だから必然的にこうして会う時間が少なくなっても不思議なことではなかった。
そんな僕の気持ちを他所にアリシアは表情を一転させて、頬を可愛らしく膨らませて拗ねる。
「私はずっとテイクに会いに行きたかったの……でもアトスのバカが…………」
「〈
「バカはバカだもん……階層更新に行くから会いに行くのはまた今度にしてくれって……自分勝手な事ばっかり……」
グチグチと文句を垂れるアリシア。
流石に階層更新を放ったらかしにして僕に会いに来るのは勘弁して欲しい。
相変わらず彼女の中での優先順位は少しおかしいようだ。
愚痴の止まる気配のないアリシアに苦笑しながら僕は質問をした。
「あはは……それで今日はどうしたの?いきなり部屋にいるってネイトさんに聞かされた時は驚いたよ」
「久しぶりのオフだからテイクに会いに来た」
アリシアの簡潔な返答に、やはり僕の予想は正しかった。でもそれだけが理由ではない気がして僕は続けて聞いた。
「……それだけ?」
「それだけ……ダメだった?」
「いや、ダメってことは無いけど……」
急に押しかけてくるものだから何か別の大事な用事があると思っていたけど、そういう訳でもなかったらしい。
困惑した僕を見てアリシアはクスリと笑って言葉を続けた。
「良かった。それじゃあ今日、私ここに泊まるね」
「えぇ!?きゅ、急に何言ってるのさ!」
これまた突然な宣言に僕は驚く。しかしアリシアはさも当然かのようにこう言った。
「久しぶりに会ったんだもん。テイクと色々とお喋りしたいし、いいでしょ?」
「いや、それはさすがに……」
そりゃあ小さい頃はよく一緒に同じベットで寝て、将来の事やその日聞いた冒険の話を2人して夜が開けるまで語り合ったものだけれど、お互いの年齢的にそういうのはもう控えた方がいいと思う。
上目遣いでおねだりをしてくるアリシアに、僕は直ぐにこの提案を拒むことが出来ない。そしてどうやってこの状況を打開するべきか頭をフル回転させているとアリシアはポツリと言った。
「聞いたよテイク。パーティーをクビになったんでしょ?」
「っ!?」
どうして彼女がそのことを知っているのか? その理由は分からない。
明らかに動揺した僕を見てアリシアは言葉を続ける。
「その後、ソロで探索者を続けてたんだよね?探協の掲示板でレベル2になったのも見たよ。本当に辛いことがあったのによくここまで頑張ったね」
再び僕に急接近してきたアリシアは優しく僕の頭を撫でた。
とても愛おしいものを見るような彼女の熱い視線に僕は上手く言葉を返すことが出来ない。
「ねえテイク─────」
僕の名前を甘い声で囁くアリシア。しかしその言葉は途中で遮られてしまう。
「───テイクくんいますか!?」
「「っ!?」」
唐突に勢いよく開け放たれた部屋の扉。僕達は思わず何が起きたのかと目を見開いて硬直してしまう。部屋に入ってきたのは一人のエルフの少女。僕はその少女をよく知っていた。
彼女は驚いた僕たちを気にした様子もなく、鬼気迫る様相で僕とアリシアの間に割って入ってくる。
そしてエルフの少女───ルミネは今にも泣きそうな顔で口を開いた。
「大変なんです!ラビたちが……ラビたちが!!」
「ちょっ、ちょっと一旦落ち着いてルミネ!どうしたのこんな時間に───」
錯乱しているルミネを何とか宥めようとするが彼女は一向に落ち着く気配がない。
何をそんなに慌てているのか分からなかったが、直ぐに次のルミネの言葉で理解する。
「───ラビたちがジルベールに攫われたんです!!」
「っ!!今なんて!?」
耳を疑う。
そもそも経緯が全く読めなかった。どうして奴がルミネの弟妹たちを攫う理由がある?
頭の中にはいくつもの疑問が浮かぶ。
「これを見てください!」
間髪入れずにルミネから一つの紙切れが渡された。
それにはこう書かれていた。
お前の仲間の家族は攫った。助けたかったらテイク、お前一人で22階層に来い。
ジルベール
丁寧に差し出し人の名前まで添えられてある。
「───あのクズ野郎っ!!」
一気に頭に血が上って行くのが分かる。
自分の不甲斐なさにとことん嫌気が差してくる。まさか、こんなにも早く
……いや、言い訳は後だ。
今、僕がやらなければいけないことはただ一つ。
「ねえテイク、その子はいったい───」
「───ごめんアリシア、用事ができたちゃった。今から僕はちょっと外に出なくちゃいけないから、悪いけど今日のところは帰って」
全く状況の掴めていないアリシアが僕に質問してくる。しかし今はそれに一から答えている暇はない。ことは一刻を争う。
僕は直ぐにアリシアから視線を切るとルミネの方を向いて謝罪をする。
「ごめんルミネ。ちゃんとした謝罪は後でさせて欲しい。ちょっと行ってくるよ」
「行っちゃダメです、テイクくん!これはあの男の…………」
僕の腕を掴み取り、止めようとするルミネ。可愛らしい顔を台無しにして泣きじゃくる彼女を見ると心が締め付けられる。
「大丈夫。君の大切な家族は僕の命に変えても必ず助ける」
僕はルミネの手を優しく振りほどいて、自室から飛び出す。
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