第28話 来訪者
二日の休息日を経て、僕たちは今日も
「少し休憩にする?」
「いえ、大丈夫です。このまま行きましょう」
「了解」
安全地帯を出る前に休憩を取るかどうかの確認をするが、ルミネは首を横に振る。それに頷いて、早速13階層の探索を開始した。
休み明けということもあり、僕とルミネの調子は絶好調だった。その証拠に今日丸一日を使って踏破する予定だった12階層をあっさりと踏破できてしまった。やはり定期的な休みは大事であると再認識させてくれる。
たかが2日と思うかもしれないが、こんなに探索に影響が出ればバカにもできない。
今思えば、休みを取る感覚が長すぎた。「疲れてない」と思っていても意外と疲労というのは知らず知らずのうちに溜まってしまうものだ。怪我や病気になってからでは元も子もない。今度からは「まだ大丈夫」と思っても小まめに休息日を作ることにしよう。
無意識に隣のルミネを見ながら考え込んでいると、不意に彼女の綺麗な翡翠色の瞳と目が合う。
「テイクくん、どうかしました?」
「……いや、休みってやっぱり大事だなと思って」
「そうですね。精神的にも余裕をもって探索ができてるような気がします」
「だよね」
同意してくれたルミネは話の流れでこんなことを聞いてきた。
「テイクくんはこの二日間のお休みは何をしてたんですか?」
それは休日の過ごし方。
ルミネは何を期待しているのか目をキラキラと輝かせて聞いてくる。僕は辺りにモンスターがいないことを確認してからこの二日間でしたことを話した。
「特にルミネが面白いと思うようなことはしてないよ?」
「それでもいいので教えてください!」
「えっと……一日目は探協に行って情報収取かな」
「情報収集ですか?」
「うん。試練をクリアするためにまだ何も良い案が出てないからそのためにね。色々と参考になる話を聞けたよ。二日目はずっと部屋で武器の手入れとか、試練のことを考えてたら終わってたかな。ほら、別に面白くもないでしょ?」
「そんなことないです!とても参考になりました!!」
いったい今の薄すぎる内容の中のどこに参考になる部分があったのか定かではないが、気にしないことにする。
そして僕は勢いよく否定するルミネに苦笑しながら同じ質問をした。
「ルミネは何をしてたの?」
「乙女の休日をしりたいんですか?」
「いや、話したくなかったら別にいいんだけど……」
「冗談です。一日目は溜まってた家事を全部やって、二日目は子供たちと〈セントラルストリート〉まで買い物に行きました」
クスリとほほ笑んだルミネは楽しそうに休日の過ごし方を話してくれた。そんな彼女を見てやはり休息日は重要だと感じる。
ルミネにはちゃんと帰る場所があって、毎日彼女の帰りを待ってくれている人がいる。互いに命を預けあう関係なのだ、そのことを仲間である僕は忘れてはいけない。
「ゆっくりと休めたようで何よりだよ」
「はい」
・
・
・
13階層の探索を初めてからおよそ2時間が経過した。
特に問題もなく、順調に階層の中流域辺りまで探索を進めていた時にそいつは現れた。
「キシャアアアアアアッ!!!」
「ルミネ!!」
「はいっ!!」
そのモンスターは通常、15階層でよく目撃される蟷螂型の〈クレイジーマンティス〉というモンスター。赤黒い皮膚に異様に発達した両手の鎌が特徴的なモンスターだ。
数は1体だけのようだが、明らかにこの階層では頭1つ抜きん出た強さを誇るモンスターの出現に、僕達は驚くが直ぐに冷静さを取り戻す。
下層のモンスターが上層に出現するケースは一度実際に経験している。それに事前に話に聞いていたことだ。
『各階層の生態系が変化している』
シリルさんの言葉が脳裏にフラッシュバックする。
「勇気を糧に力を与えよ───全てを翻弄する────」
クレイジーマンティスと一定の距離を取り、出方を見計らっていると不意に背後から綺麗な唄声が聞こえてきて、体に活力が湧いてくる。
ルミネのスキル【勇気の唄】による
僕は〈不屈の一振〉を構えて、一気に飛び出す。
スキル【鑑定】でクレイジーマンティスのステータスを確認してみる。
「鑑定」
しかし、視界の端に表示されたステータスを確認して僕は気落ちする。
─────────────
クレイジーマンティス
レベル3
体力:720/720
魔力:90/90
筋力:745
耐久:756
俊敏:789
器用:277
・魔法適正
無し
・スキル
【鋼の肉体 Lv1】
・称号
無し
─────────────
強いことは確かだ。レベル3のモンスターだし、初めて見るスキルを持っている。今まで戦ってきてたどのモンスターよりも強いだろう。
それでも────
「足りない」
────僕の探している強さには一歩届かない。
だからと言って目の前のモンスターを放置する訳にもいかない。
初めてのレベル3モンスターだ。僕の今の強さがどれだけこのレベル帯のモンスターに通用するのか確認するには打って付けの相手と言える。
ルミネがかけてくれた強化は〈俊敏強化〉。それによって僕は一瞬にしてクレイジーマンティスの懐へと入り込む。
「ッ!?」
「喰らえッ!!」
簡単に距離を詰められたことにクレイジーマンティスの瞳は驚愕の色に染まるが、僕はそれを無視して胴体目掛けて〈不屈の一振〉で斬りつける。
攻撃はクリーンヒットするが柔らかそうな見た目に反して予想以上に硬い。この硬さがスキルに影響しているというのは考えるまでもない。
「キシャアアア!!」
「チッ!!」
驚いていると反撃だと言わんばかりな頭上からおおきな鎌が振り落ちてくる。
それをギリギリで回避して、一旦奴との距離を取る。
そして強化をかけてくれているルミネに指示を出す。
「ルミネ!こいつ予想以上に硬い。
「────分かりました!!」
瞬間、聞こえてくる唄声が変わって力強いものになる。全身が別の力に包まれて、これならいけると確信する。
「キシャッ!!」
今度はクレイジーマンティスから攻撃を仕掛けてくる。
体は異様に硬いみたいだが、元々の戦闘能力はそこまでのようだ。その証に攻撃が大振りすぎる。
大方、スキルの硬化能力を前提にした戦いなのだと言うのが分かる。
だがその戦い方は少し怠慢だ。
「まずは片腕!!」
「クギャッ!?」
かなりの速さで振り落ちてくる大鎌を今度は躱すことなく真正面から迎え撃つ。
さっきまで断ち切れないと思っていたクレイジーマンティスの体は、今度はいとも簡単に断ち切れた。
やはり筋力強化をかけて貰ったのは正解だった。これで問題なく目の前のモンスターを斬り刻むことが出来る。
片腕を難なく斬り落とされたことがクレイジーマンティスは予想外だったのか、今までの威勢は消え失せて、情けなくも背中を見せて逃走を図る。
「ッ────!!」
けれどそれは正常な判断とは言えない。
僕と奴の距離はほぼゼロで、一歩でも踏み込めば攻撃が届く。
むしろ背中を向けてくれたことで容易に目の前のカマキリを倒すことができる。
「これで終わりだ!!」
背中からクレイジーマンティスを一閃。
筋力強化によって奴の異様に硬い外皮は意味をなさない。
クレイジーマンティスは大量の泡を吹いて絶命した。
そこで初めてのレベル3モンスターとの戦闘は終了する。
判断や対処を間違わなければ僕達でもレベル3のモンスターを倒すことができる。それが分かっただけでも今日はこの階層に来た甲斐があった。
・
・
・
クレイジーマンティスとの戦闘を無事に終えて、僕達は今日の探索を切り上げることにした。
地上へと戻れば、陽はもう完全に落ちかけて外はうす暗かった。
「お疲れ様ルミネ。明日もよろしくね」
「はい、お疲れ様でした!」
探協での換金を済ませて報酬を分配。
僕達は互いに労いの言葉をかけて、今日のところは解散となる。
僕とルミネの帰る方向は真逆なので探協の前で別れて、1人で帰路に着く。太陽と入れ替わるように空に浮かんだ三日月を眺めて、今日の探索を思い返した。
今日は予想以上のペースで13階層まで足を伸ばせた。それにレベル3とのモンスターと遭遇してそれを無事に討伐できたのも嬉しい誤算だった。やはりシリルさんの話通り今、大迷宮の生態系は狂っているよだったし、このまま下の階層を目指せば近いうちにレベル4相当のモンスターと出会うのも不可能ではないと思えた。
後、スキル【取捨選択】にも新しい発見というか、確信に変わったことがある。
それは成長限界でステータスが拾えない状態でも、スキルは問題なく拾えるということだ。
「今まで実践する機会がなかったから不安だっけど、普通に拾えたな……」
クレイジーマンティスの死体をスキルで捨てた時、ステータスはいつも通り拾えなかったがスキルは普通に拾うことが出来た。
これも嬉しい発見だった。
ステータスは現状強くすることは出来ないが、スキルはその範疇ではない。少し考え方を変えれば僕はまだまだ強くなれるということだ。
「やっぱり、諦めるにはまだ早いってことだよね」
今日は今後の事に色々と希望の持てる、実りのある探索だった。
そのことに気分を良くしているといつの間にかもうかれこれ4年ほど部屋を間借りさせてもらっている宿屋〈赤熊の
慣れた足取りで中に入るといつも通り強面の店主、ネイトさんが出迎えてくれる。
「おう、おかえり」
「ただいまです」
身長はおよそ190cm。元探索者と言うこともあって筋骨隆々としたガタイに、鋭い目付きは初めて対面した人を必ず恐怖させることだろう。口数も少なく怖そうに思えるが、実のところ気の優しくて可愛いものが大好きな今年で45歳になるナイスガイだ。
「飯は?」
「今日は外で済ませてきたので大丈夫です」
いつも通りのやり取りをして、僕は自室に向かうために2階の階段を登ろうとするとそこでネイトさんは僕を呼び止める。
「そうだ、部屋にお客さんが来てるぞ」
「え?僕にお客さんですか?」
「ああ」
ネイトさんの言葉に僕は首を傾げる。
自慢ではないがわざわざ宿屋まで尋ねてくる友好関係を持った人間は僕には居ない。
仮にいるとすればそれは最近仲間になったルミネぐらいで彼女とは先程別れたばかりだしそれは有り得ない話だった。
「……一体誰ですか?」
緊張した面持ちで僕が尋ねるとネイトさんはその無表情な顔を少しニヤつかせてこう言った。
「〈白銀の戦姫〉アリシア・リーゼだ」
「………………え?」
その名前に僕は思わず部屋へと向かう足が一瞬にして固まるのだった。
───────────
テイク・ヴァール
レベル2
体力:870/870
魔力:145/145
筋力:728
耐久:589
俊敏:987
器用:355
・魔法適正
無し
・スキル
【取捨選択】【鑑定 Lv1】【咆哮 Lv2】
【索敵 Lv1】【鋼の肉体 Lv1】
・称号
簒奪者 挑戦者
───────────
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スキル【鋼の肉体 Lv1】
・効果
鋼のように肉体を硬化させることができる。
スキルレベルによって耐久値に補正がかかる。
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