第27話 不機嫌な男

「クソがっ!!」


 路地裏に一人の男の怒声が響く。


 辺りに彼ら以外の人の気配は無く。無造作に組み上げられた木材が、男の八つ当たりによってバラバラに崩れていく。


「おいジルベール、その辺にしとけ」


「俺に指図するな!!」


 怒り狂う男の仲間が彼を宥めようとするが逆効果となる。男の怒りは増すばかりで、更に周りの建物に当り散らす。


「ここが無法地帯で良かった……」と男の仲間は心の内で安堵する。


 迷宮都市とは大迷宮グレイブホールによって様々な人が集まり、日夜、一般人なんかでは想像のつかない大金が動いている。傍から見ればそこは楽園のような賑わいを見せて、訪れる人々に夢と希望を与え続けている。


 しかし、光が存在すればその反面で必ず闇も巣食う。

 この〈無法地帯〉とはそういう場所だった。


 基本的に治安や抑止力が全域に働いている迷宮都市ではあるが、だけは例外であった。

 範囲にして、それは小さな虫食いのような極わずかな澱み。それでもここは法に縛られず、盗みや殺しなどの犯罪が日常のように行われている場所であった。


「本当に腹が立つッ!!」


「ジルベール……」


 どうして栄誉あるAランクパーティーがこんなアウトサイドにいるのか? その理由はここならをしても許されるからだった。


 ジルベール・ガベジッドと言う男はとにかく自己中心的で自分の思い通りに物事が進まないと納得のいかない人間だった。加えて極度の完璧主義者で、彼の周りにいる人間は往々にして彼の奴隷のようなものだった。


 それでも何故か男の周りには人が集まる。それは天性の才能故か、圧倒的なカリスマから来るものなのか、本人にすら分かっていなかった。


 それでもジルベールという男は持ち前の才をフル活用して、この迷宮都市でAランクパーティーという地位まで上り詰めた。


 決して全てが男の思い通りに事が運んだ訳ではなかったが、それでも概ね予想通りにここまで来ることができた。


 しかしそれが今、完全に覆された。


「クビになった時点で呆気なく死んでおけばよかったものを、あのクソ野郎は…………!」


 それは一人の少年の存在。

 使い道のないゴミ屑を完膚無きまでに踏み潰して、再起不能にしたと思っていたが、どういう訳かその予想を覆して少年は男に一矢報いてきた。


 男にとってアレは屈辱的な出来事であった。

 時に怒りとは度が過ぎると無感情になるということが分かった。

 そしてただ頭の中でこう思ったのだ。


「目の前のクズを殺したい」と。


 周りになんと言われようとも、ただぐちゃぐちゃに切り刻んで、完膚無きまで殺したい。そんな衝動に男は駆られたのだ。


 しかし、その衝動は叶えられることなく。今こうして、男は無法地帯で憂さ晴らしをしていた。

 周りの物に当たるのでは物足りず。標的を近くにいたみすぼらしい子供に移す。


 ジルベールは無表情で子供の首を鷲掴み、一気に持ち上げて勢いよく地面に投げ飛ばした。

 一度では飽き足らず。何度も、何度も、体の方向が変な向きに捻れても気にせず叩きつけた。


 気がつけば子供は無惨に息を引き取り、辺りには鮮血が飛び散っていた。


「その辺にしといたほうが……」


「だぁ〜かぁ〜らぁ〜……誰に指図してんだって言ってんだよ?」


 仲間の男がジルベールを止めに入るが、彼は睨みつけてそう答えるだけ。


 そこからもジルベールは無造作に目に付いた人間を本能のままに痛めつけた。

 しかしそれでもジルベールの怒りが収まることなく、心の内が快感で満たされることは無かった。


 やはりこの乾きを潤すのは一つだけだった。


 ───テイク・ヴァールを絶望の底に叩き落として、惨たらしく殺す───


 気づいてしまったからには衝動は津波のように押し寄せてくる。「殺せ」と「斬り刻め」と本能が訴えてくる。


 そしてジルベールの思考は一つのことに切り替わる。


 ───如何にしてあの男を殺すか───


「ジルベール?」


「…………」


 仲間の呼び掛けに彼は一切答えない。

 ただ無心に人間だったものを力強く握りしめて思考する。


 その姿は異様で、流石の彼の仲間たちも絶句することしか出来ない。


 腐った風が吹いて静寂が訪れる、


 誰も彼の思考を邪魔することが出来ない。誰も彼に話しかけることが出来ないと悟った瞬間、一つの妙に明るい声が静寂を破った。


「やあやあ!良い殺気だねぇ〜」


「「っ!?」」


 全く気配を感じさせず、突如として聞こえた声に全員が驚く。一斉に声のした方へと振り向けばそこには黒いローブを全身に纏った小柄な男が立っていた。男の表情はフードを目深に被っており確認することは出来ない。


 怪しさ全開の男はジルベール達の反応を気にした様子もなく、言葉を続けた。


「誰か殺したい人でもいるのかい?」


「……だったらなんだ」


「それ、手伝ってあげようか?」


 唐突な男の提案にジルベールは直ぐに返事をすることができない。

 いつの間にかジルベールは平静を取り戻し、いきなり現れた男を警戒していた。


 一瞬「ウザイから殺してしまおうか?」と剣を抜こうとするが、それは直ぐに無理だと直感する。目の前の男は確実に自分なんかよりも遥かに強いと感じ取ったのだ。


 だからジルベールは男の話を聞くことにした。


「何が目的だ……」


「うーん……ただの気まぐれかな?君の殺気に一目惚れしちゃった的な?」


「そもそもお前は何者なんだ……」


「通りすがりの異常者さ。それ以上でも以下でもない。じゃなきゃこんな提案するわけないでしょ?」


 要領を得ない男の返答にジルベールはたじろぐ。だんだんと気味が悪くなってきて、直ぐに男の前から離れようと考えるがどうにも上手く考えがまとまらない。


 そして男はジルベールのその考えを読み取ったかのように、彼の肩を馴れ馴れしく掴むと一つの杖を手渡してきた。

 渡された杖をまじまじと見てジルベールは困惑する。


「……これは?」


「それは。きっと君の力になってくれるよ」


 ニコリと笑った男と目が合う。

 金色のとても神々しいその瞳。ジルベールは我を忘れたかのようにその目をジッと見つめた。


「その杖の使い方はね─────」


 男はジルベールの耳元で、彼だけに聞こえる声で何かを話す。そしてジルベールは抵抗することなく男の話を聞くと「ニタリ」と歪に口元を壊した。


「君の悲願が成し遂げられるのを楽しみにしてるよ。頑張って」


「はい。ありがとうございます」


 話し終えた男は大袈裟な仕草で激励の言葉を送ると、何処かへと歩き出す。

 その姿をジルベールは恍惚とした表情で見つめていた。


 先程とはまるで違う彼の反応に仲間達は困惑するばかりだった。


 その後、ジルベールは〈無法地帯〉から移動していつも通り〈セントラルストリート〉へと訪れていた。


 何処かいつもと様子のおかしい彼は無造作に道を練り歩き。何かを探し出すかのように視線を彷徨わせていた。


 そしてピタリと歩みを止めると、一つの方向を凝視した。


 最初に彼の視界に映ったのは見覚えのある一人のエルフ。

 金糸雀色の長髪を揺らしたそのエルフは楽しそうに小さい子供達と一緒に〈セントラルストリート〉を歩いていた。


「これだ……」


 ジルベールはポツリと呟き。

 再び、気持ちの悪い笑みを浮かべるのだった。

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